有限会社Ayleeds社長日記。継接ぎだらけですが、世界一周旅行もやってます。

プチ社長日記:さかもと未明さんブログの話

切込隊長がSPA!で連載していた関係だと思うのですが、
さかもと未明さんのブログが紹介されていたので覗きに行きました。

・・・僕、この人好きだなぁーと改めて思いました。

SPA!でも『ニッポンの未明』は必ずチェックします。最近はフェルディナント山口さんも連載を始められたので、俄然SPA!がオモシロクなってきております。

僕はけっこう女性作者による漫画が好きで、桜沢エリカさん、中尊寺ゆうこさん、さかもと未明さんの漫画が好きですね。

残念ながら中尊寺ゆうこさんが逝去されたので、残るメンバには是非頑張っていただきたいと勝手に思ってます。
その中で、桜沢エリカさんが、訳のわからん小賢しい財テク漫画を描きだしたので先行き不安感が募っております。
なんつーか、『私たちは繁殖している』で、割かしハッピーライフの描写(実はそうでもないみたいだが)が多くなった内田春菊さんと同じものを感じてしまいます。
パワーダウンっつーんですか。書いている本人は楽しいのかも知れませんが。

その点、唯一の資産形成が『中古マンション購入』という未明さんは、そっちの路線に走ることはないでしょうという意味で安心です。

ただし、ブログを読めば分かるとおり、アナーキー(本人はバークだと主張)な方なので、その『中古マンション』すら売り払って、ボロ株相場へ、鉄火場へ突入してしまうような危うさはあります。素敵ですね。

未明さんがやるなら、僕もちょっとくらいお供として買ってもいいかなとか考えてしまいます。
サンライズテクノロジーとか。んで、買った瞬間、監理ポスト行きとか。

基本的に今は『愛と性』をど真ん中に据えて波動砲的な破壊力を持って語られていますが、ゆくゆくは社会・政治なども視野に入れたアンドロメダ級の拡散波動砲ブログになることを期待しています。

考える素材を一杯提供してくれるブログということで、巡回対象にケテーイ。
いや、いい一日だった。さて、寝るか。

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==※今日の備考(リンク)※===
さかもと未明さんのブログ:賛否両論わかれるところでしょうね。まぁ、それが魅力ということで。


==相場===
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プチ社長日記:名前について考えるの話

おつかれちゃーん♪
ちょっと前の話だけど、あるタレントの友達が本名を使うか芸名を使うか軽く悩んでいたんですよ。
個人的には過去にも似たような相談を受けたのをデジャブとして感じながらも、『名前なんて、どっちでもええやん』という意思表示をしました。

・・・名前って、そんな大事なんですかね?

セントレア市も、揉めに揉めたじゃないですか。あと、さいたま(平仮名)とか。

まぁ、地名の場合は、『俺の住む土地なのに勝手に決めやがって』感があるのは致し方ないですね。土地に愛着もあるだろうしね。

でも、そー考えると『名前の問題』は名前そのものよりも、寧ろその『愛着』みたいなものにあるのかな〜、とか思うんですよ。
決定プロセスもそうですけど、『思い入れ』っつーんですか?

名前、、、、それも自分ではない第三者の付けた名前というのは、その思い入れ度合いで当事者に愛される・愛されないの分水嶺があるのかな、と。
つまり、芸名とかでも、ある人がそれなりに一生懸命考えてくれてのことなら、それを名乗ってもいいんじゃん、みたいな。その程度です。
落語家とかそうですよね。多少変な名前でも、師匠がくれたら喜んで名乗る。歌舞伎なんて、名前をみんなで使い回してるし。
『思い入れ』より『重い入れ』。名前の『重み』みたいなものでしょうか?

勿論、ふざけた理由でふざけた名前を付けられたら、それはもう断固拒否すべきです。
でも、その場合も、名前が悪いんじゃないですよね。その背後にあるものが悪い。

一例を挙げますと、山の手線限定だか首都圏限定だか忘れましたが、『E電』という言葉があります。知ってる人の方が少数派じゃないでしょうか?
最近はスイカを使うので切符を買わないのですが、よく見ると<E>の字が今でも切符に刻印されてると思います。
でも、誰もE電なんて言葉を使わない。だって、『E電』の言葉の由来が

『イイ電車だから、E電。』 (・∀・) イイ!

ふざけるな

という言葉が聞こえてきそうです。いや、実際、非難Go!Go!ってな感じだったわけですよ。
で、みんな無視する。誰も<E電>なんて言わない。愛のない名前をみんなでシカトという、非常にロックな出来事だったのを覚えています。

そーいう意味ではセントレアもロックな出来事と言えますかね。『お上の押し付け名称断固拒否』みたいな。

一方、さいたまは受け入れてしまったので、ロックが足りないと。
まぁ、さいたまだから仕方ないですね。それが『さいたまクオリティ』ということで、逆にイイ味だしてますし。

で、繰り返しになりますが、問題は『名前そのものより思い入れ』の方なので、名前そのものは(その背景は別として)どーでもいーんじゃんというのが個人的な考えです。

話ちょっと逸れますけど、『名実ともに』っていう言葉があるじゃないですか?
この言葉って、『名前と実体は離れている』ということを暗に前提として認めてますよね? だから所詮、名前なんて実体と離れてていいんですよ。

しかも、昔って名前を変える機会が多かったじゃないですか?
義経は牛若丸だったし、武田信玄は梵天丸だったし、みたいな。

だから、ひょっとして、『名実ともに』っていうのは、『名前に実体が追いつく』のではなくて、『実体にあわせた名前を名乗った』ときにも当てはまるかも知れないな〜とか考えちゃいますね。推測ですけど。
いずれにせよ、『名前倒れ』をアジャストするチャンスは昔はあったので、より一層、名前には拘泥しなかったのではないでしょうか?

ただ一方で、この『思い入れ』を逆手にとったアイデアを持った方がいます。清水義範の『言葉の国』という本だったと思います。

(今、名古屋にいるのでわかりませんが、)その中に、

『暴走族』を取り締まりたければ、マスコミはじめ『暴走族』という言葉(名前)をやめたらいい。『おならプープー族』とでも紹介すれば、『おぅ、俺おならプープー族に入るぜ』という諸氏は減るはずである。

みたいな一節を読んだことがあります。なるほどなぁ、と。
これだけ読むと『だから名前は大事』なんて声が聞こえてきそうですよね。

でもね、やっぱりそれは違う。それは『おならプープー族』という言葉が悪意に満ちた言葉だからであって、その悪意に問題があると思うんですよ。ボーッとしてると、そこを見誤りそうですけど。いや、どーでもいーんですけど。

少なくとも、芸名A、B、たとえば『由香』と『由佳』の違いがどうとか、そーいう問題とは別だと思うんですよ。

そして、たとえ悪意に満ちた名前を付けられても、その実体を真に理解する人にとっては、やはりどーだっていいんじゃないでしょうか?
名前は実体と離れてても良いわけで、当然、実体の方が大事なわけですから。

例えば『暴走族』が『おならプープー族』と言われていても、真に青春の悩み抱えた少年は盗んだバイクで走り出すわけですよ。行き先もわからないまま、15の夜に。
『名前がダサいから』とか言ってるやつは、ロックが足りない。ロックじゃない。

・・・
ということまで記述したところで、突然ですが眠たくなってきたので『実体の前では名前などラベルにすぎないから、どーでもいーじゃん』論あるいは、『子供の名前どれがいい?とかチョンガーの僕にアフォな相談してくんな』論のファイナル・アンサーにしたいんですが、いいですか?
すっげー中途半端ですけど。

まぁ、駄目だと言われても、寝るんですけどね。あっはっは。

*********
実は、『日本一ロックな企業とはどこか?』ということを考えていて、その伏線の心算だったのだけど、長くなっちゃった。
つーわけで、ロックな企業の話は今度、気が向いたら。今日はもう寝ます。

おやしみ。
 


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プチ社長日記:自殺についてダラダラ考えるの話


おつかれちゃーん♪

今週は、先週インフルエンザで逝っていたもう一人のメンバ(先輩)も復活し、『いやー、暇ですなぁ。あっはっはっは。(゜∀゜)』などと昼間は余裕をこいていたのですが、なんか夜更けに資料作成を頼まれ、しかもその出来映えが微妙で超しんなりする。 ( ´・ω・) ・・・

明らかに寝たほうがいいのだが、つらつらと巡回対象のブログをチェックしていると、隊長の日記からこのブログへと辿りつく。

隊長のブログによると、このブログのエントリの後、自殺願望のある作者 @ニート が警察から銃を盗ろうとして捕まったそうである。

願わくばこの事件でニートを貶めるような報道等がなされないで欲しい。
ヴァカに限ってすぐそーいう言葉と結びつけて騒ぐからね。
また、本人にとっては不服かも知れないが、結果として怪我人が出なくて本当によかった。
(もしかしたら、第三者に拘束されることをどこかで期待していたかも知れないが。)

これを機会に、自殺というテーマを材料に、つらつらと考えてみる。

***
自殺について 最初に断っておくと、僕自身は自殺の肯定者である。別に自殺を勧めている訳ではなく、人生の終焉としてはアリかなと思っているという意味において。
僕の知人も何人か自殺で逝っている。彼らの心情を慮るだけでも、否定する気にはなれない。

自殺について 歴史的に見ると、 生殺与奪を自己の完全なる支配下におくことは、旧来、日本で認めれてきたものであり、自殺を否定するのはキリスト教的価値観の頒布によるところが大きい。(例:細川ガラシャの逸話)

キリスト教は一神教であり、多様な価値観を認めないという点でも、為政者にとって便利な宗教であると言える。

ここから先は私見だが、一神教を”利用”する為政者にとっては、隷属する労働力が自殺なんぞして減少すると不利益を蒙るので、自殺を否定するようになったと思われる。
これが日本古来の八百万の神に代表される多神教だと、価値観が多様化しており、結果として『死』というものに対する向き合い方も千差万別、自殺もアリとなるであろう。
キリスト教・イスラム教に限らず、一神教の誕生した場所が砂漠地帯など厳しい環境で、多神教が温暖湿潤な地域に現れることは、決して偶然ではない。
厳しい環境において多様な価値観を認めていては、その共同体全体としての存続問題に関わるからである。
当然、厳しい環境においては、労働力が希少であるため、労働一単位あたりの限界効用が温暖湿潤な地域のソレに比べて高く、結果として為政者側は自殺を禁ずるルールを後から加えたのではなかろうか?


なぜ、こんな話を夜明け前にダラダラ書いているかというと、「『自殺=悪』と考えるのは、結局、キリスト教に代表される西洋的な価値観に囚われた単なる思考停止じゃないですか皆さん?」と言いたいわけで、自殺を図ろうとしたことを愚行と断罪するのはいかがなものかと思うわけ である。それは最早、被支配者としてのスキームに立ってるのではないだろうか。
( 注:今回の事件については、隊長はじめ、ネット上では愚行と断罪する目だった動きは無い。 ここでは一般的な自殺に対する世間の評価について述べていると理解いただきたい。)

自殺しようと思い至る過程で、今回の事件の当事者がニートであったということについては、ニュースとしての話題性はあがるのかも知れんが、個人的にはニートという社会で冷たい目で見られる存在だからというより、彼をとりまく時間の流れに 最大の問題があると思 う。
彼のブログを読み進んでいると、自己というものを客体化して捕らえる表現が目立つ。平たく言えば突き放して書いている。これは彼の頭の中に『自己とは 何か?何のために生きるのか?』という問いがあった為だと言うのは推論として突飛なものではあるまい。

『自己とは何か?』といった問いについて取り組むのは哲学の領域である。
哲学が華ひらいたのは古代ギリシャの時代であるが、それは何故かというと、奴隷の存在により市民階級の人々は『ヒマだったから』というのが大きい。
(注:念の為書いておくと、奴隷制度がここまで徹底していた時代も他にない訳で、音楽が聞きたければ奴隷が楽器を弾くという、そういう世界。何と言うか、鎖で繋がれて強制労働というイメージは鉱山で働く奴隷 などの場合で、家庭で使用する奴隷は、どっちかというと使用人に近かった。
ただ、奴隷は所詮奴隷なわけで、『喋る家具』程度の位置づけであった。)

時間が有ると、忙しい人には気づかない、、或いは気づいていないフリをしている、、自己の内面への旅に出ることができる。
これが古代ギリシャにて哲学を猛烈に発展させた理由である。

今回のニートは同じ状況だと言える。

ただし、時間のある人間すべてが自己と対峙するわけではない。
例えば、炊事・選択・掃除といった家事の大部分を機械に助けられている現代の主婦は、ほんの数十年前の主婦よりも遥かに時間を持っているのだが、 この場合はどうなのだろうか?
きっと、彼女たちも、意識しているかどうかはともかく、そう言った問いの周辺部へは進むのではないだろうか。
しかし、その場合においてすら、大部分を占めるある程度器用な人は、何か他のことで時間を潰すことでそこから目を逸らすことができるのだ。
方法は何でもいい。何かジャズダンス習ったり、ヨン様追いかけたり、不倫にはしったりでも良い。
何も無ければ、自己を見るしかない。何かそこから目を逸らすものがあればよいのだ。

結局、『自己を見つめなおす』ということは、相当な苦痛を伴う作業であるから、目を逸らせられる人間は、その深淵を覗き込むことなどしようとしない。

『 井の中の蛙』的な人間でない限り、『自分が何のために生きているのか』といった、最も重要なテーマに対峙することは楽な作業ではない。
僕自身の場合は、答えを見つけられず途方に暮れてしまう。

主婦に限らず、仕事や子供や伴侶のために生きていると思うことができる人は、その深淵を覗き込むことはない。
ただし、今回の事件の当事者である彼の場合は自分をごまかす為の仕事や伴侶がなかった。
自己と向き合わざるを得なかったのだ。

気の毒という他ない。そういう意味で、彼はあまりにも無防備すぎた。

しかし 僕としては、苦痛に苛まれながらもその深淵を見続けた彼の思考の過程には敬意を表したい。

今回のケースを、『社会の脱落者が自殺しようとした』と片付けるのは簡単だ。

でも、考えてみて欲しい。
君や僕が、『自分が何のために生きているのか』といったテーマに対峙した時、そして、その深淵から目を逸らす手段もない時、僕らもまた、『死』という回答を選ばないと言えるだろうか?
その思考の果てに至った『自殺』という行為は、その問いの前提であるこの世界との繋がりを『解放』するものであると言えるが、それを愚かな行為だと言えるのだろうか?
それとも、君はそういった問いに対する回答を既に持ち合わせているのだろうか?
そうでない場合、 実は、真に愚かな行為というのは、そういう深淵から目を逸らし続ける、生ぬるい僕らの日常にあるのではないだろうか?

さらに、その生ぬるい日常から降りることを是としない理由が、僕らのためだけでなく、他の誰かに望まれているからであるとしたら、僕らは一体、どうすればいいのだろう?
 

 

ま、どーでもいーんだけど。
 

【追記】
(2/26 AM3:16)一部表現を変更。

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==相場===
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プチ社長日記:谷川俊太郎さんの詩の話


先ほどのエントリーで、自分でも『朝のリレー』風だなと思って、ちょろっと予防線としてコメントしたのですが、
ちゃんと調べてみると
そのまんま『朝のリレー』で激しく照れる。(照)
やっぱプロにはかないませんな。表現シブすぎ。
しかも、何かTVコマーシャルになってたのか。TV見ないから知らなかったよ。(汗)

まぁ、とりあえず豚キムチ飯の美味さの感動が伝わればそれでいいです(汗汗)。

『朝のリレー』の解釈上、ちょっと気になるのは夏のグリーンランドみたいに白夜(えーっと、その反対の意味で)状態の時はどーすんだという点。

マラソン状態ですか?それはキツイだろ。
そんな突っ込みは野暮なんですけどね

改めて見ると、この詩イイな〜。(・∀・)y━・~~~イイ!

でもね、谷川俊太郎氏の詩といえば、兄貴が笑いながら教えてくれた以下の詩が強烈です。多分、20年くらい前なんですけど、あまりにも強烈だったので谷川さんの名前を覚えたのはその時なのです。

===男の子のマーチ===

おちんちんはとがつてて
月へゆくロケツトそつくりだ
とべとべおちんちん
おにがめかくししてるまに

おちんちんはやらかくて
ちつちやなけものみたいだ
はしれはしれおちんちん
へびのキキよりもつとはやく

おちんちんはつめたくて
ひらきかけのはなのつぼみ
ひらけひらけおちんちん
みつはつぼみにあふれそう

おちんちんはかたくつて
どろぼうのピストルににてる
うてうておちんちん
なまりのへいたいみなごろし

          『あなたに』東京創元社より

 

 

コメント自粛。


(汗汗汗)

 


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==※今日の備考(リンク)※===
『朝のリレー』:CMの空の映像も素敵ですね!


==相場===
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プチ社長日記:ふと考えたことの話


君が幸せな夢を見て微笑んでいる頃、

フランス娘は男にお別れのキスをし、

ロシアの男はコートの襟を立てて家路へと急ぎ、

アジアでは娘が身体を売っている。

太平洋の島では朝日に老人が目を細め、

都会では青い目の男がオフィスでコーヒーを飲み、

ペルーでは老婆が古代の遺跡に沈む夕日を眺めている。

僕が君や彼らに思いを馳せるように、

君や彼らは僕のことを思ってくれることがあるのだろうか?

明け方の街の片隅で、

豚キムチ丼食べてるこの僕のことを。

(゜Д゜) ウマー!


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==※今日の備考(リンク)※===
ちょっと『朝のリレー』風ですね。。

==相場===
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プチ社長日記:怒りのやり場の話


おつかれちゃーん♪

あいかわらず相場は放ったらかし。
だいたい仕事終わってから相場みようと思っても、証券サイトのメンテ時間だったりするわけだよ。
まぁ、バイ&ホールドだからマターリでいいんですけど。

眠いなぁ。。。いろんな意味で。

この黄昏た生活に対する怒りはどこへ持って行けばいいのだろう?

怒りにまかせて突き上げた拳(コブシ)で、電気を消して寝る日々。


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==※今日の備考(リンク)※===
なし。

==相場===
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プチ社長日記:事務連絡


おつかれちゃーん♪

なんだか眠れない。。 ( ´・ω・)

気晴らしに、別ブログでの趣味の創作物ネタを考えていたのだが、
それすらもいきづまった。

”今までに人を裏切り、傷つけ、反乱分子をコミュニティから追放するなど社会的に抹殺し、あまつさえ、未遂に終わったものの人を殺害しようとしたことのあるような人間にも、『幸せになる権利』というのが宗教以外に許されるのか”というテーマだったのだが、結局、神にでもならないとそんな結論なんて出ねーよという解釈に行き着き、昨今の純愛ブームに激しく逆行するもの書いてどーすんだという思いもある。
別に営利目的ではないから流行なんてどーでもいーんだけど。
いや、もう無理、マジで。1行も進まねー。

ただ、気になるのは、数名の誰かに読んでいただいているということ。ログを見ると誰かが定点観測的に読まれているようなので、突然閉鎖するのも気が引ける。でも書くのも辛くなってきた。

もし、こちらの方も読まれているのなら、コメントなりに何らかの符牒と足跡を残していただきたいです。僕の連絡先を教えます。(先方のコメント欄は出来が悪いので閉鎖中)

卑怯なことは充分承知していますが、ご意見をきかせていただきたいのです。

よろしくお願いします。

(何か日記でも何でもなくなってしまいましたが。)

プチ社長日記:根性焼きの話


おつかれちゃーん♪

何となく、ふと自分の左腕を見ると、所謂『根性焼き』なる痕が目に留まりました。
『こんな痕くらい、すぐに消えよう』と思ってたのですが、数年たっても意外にバッチシ残ってて、自分の肌の新陳代謝の衰えに思いを馳せてしまいます。

僕が何で根性焼きしたかというと、ヤンキーの兄やんの『根性』なるものがどんなにすごいのかという好奇心や、中途半端に心理学をかじって『痛み』というものを考えていたところに、たまたま精神的打撃を蒙った時期が重なり、『よーし、パパ、精神的苦痛の肉体への転化とやらを試しちゃうぞー。』ってな軽いノリでジュッとやって今に至る、と。若いね。

まぁ、それはいいんですが、後日、仕事の先輩とキャバクラなる竜宮城みたいな所で飲んでいると、そこのお嬢さんが目ざとく見つけ、根性焼き話になったことが思い出されました。

根性焼きというのはタバコの構造上、小さなリング状に火傷し、場合によっては隆起するので、根性焼きを知っている人間は相手の根性焼きを見抜くのは容易いのです。

そのお嬢さんは肩に5つも根性焼きがあるのを見せてくれました。だから僕の根性焼きなどすぐに看破されました。
今までこちらが気を遣うほど静かだった彼女は、急に饒舌になり、怒涛のように根性焼きを入れるに至る経緯を語り始めました。

曰く、今まで付き合っていた仲間についていけなくなり、これまでの爛れた人生(援交とかヤクザの情婦とかレイプ体験とか)への決別として仲間の前で根性焼きをした。
そして今でも、(他人からみれば美しい肩に勿体無い)その火傷を見ては誇らしく思う、と。。。。

僕は、会って1時間もしない他人の人生の深淵をいきなり目の当たりにし、
(゜∀゜;)
『いやぁ、人に歴史ありですなぁ。』とか毒にも薬にもならない感想を述べるのが精一杯でした。

さらに彼女は、『アンタもそうやったんちゃうん?(はあと)』と聞いてきました。

違います。物凄い勢いで違います。

僕は殺伐とした環境とはほど遠い、数こそ少ないものの仲間に恵まれた幸せな高校ライフでした。天文部部長だったし。
馴れ合いの中でマターリお星様など見つめて微笑んでいる、平和を愛する一介の市民なのでございます。
僕としては貴女のお話で充分おなか一杯でございます。
タクシーで高速道路をぶっ飛ばす位の料金体系の店ですから、いくら私の懐が痛まないとはいっても、早々に退散したいわけでございます。。。

しかし、、彼女のうっとりとした『オマエは私の仲間だ光線』にやられてしまったのでしょうか、いやいや、こんな所で話の流れを変えるのはスマートでないという
大人の判断だったのでしょう、気づくと僕はこんなことを言っていました。

(゜Д゜) 『おぅ。こー見えて俺も昔はヴィンヴィンにとんがっててよぉ。。。』
 

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プチ社長日記:暇なら暇での話


おつかれちゃーん♪

なんだか忙しくて、今日もバッチリこんな時間までやっておった訳ですが、
仮に、『3日くらい、好きなことしてていいよ。』とか言われても、思いつくのは

『麻雀・メタルギアソリッド3・漫画喫茶』

というキュートでヘルシーな自分に乾杯。


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プチ社長日記:無職日記が終わる日の話

あけまして おめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

新年なので、遂に日記の名前を変更するに至りました。
『無職日記』改め『プチ社長日記』

『社長日記』とかにしてしまうと、ライブドアのホリエモンや、2ちゃんねるのひろゆき氏などを想像されるでしょうが、まぁ『社長』といってもピンキリで、寧ろ個人事業主と言える僕なんぞは彼らと遥かに離れた存在なので、その辺の誤解を回避するために『プチ社長日記』としました。

因みに、『無職日記』と読者はほとんど被らないのでご存知ないと思いますが、僕が友人の所に間借りしている創作物のブログも、最近の忙しさを加味すると管理しずらいので、ここは『心の兄貴』としてヲチしている切込隊長のブログ形式をお借りして、このブログに統合しようかとも思ってます。
が、いきなり創作物を、僕と面識のある方も読者に多いこのブログに掲載するのはウレシハズカシ朝帰りでいやーんという感じ。 どうしたものか。。。。

結局、『無職日記』は、一時はその座をゆずったものの、数ある『無職日記』の中でもGoogleの検索Hit1位を守ることができました。これも偏に皆様のおかげです。
特にTBやコメントをいただいた方、リンクを辿りに辿って僕のメールアカウントにメールを送ってくださった方など、結構励みになりました。
なんか誰も見てないだろーと思って好き勝手書いてたんですが、結構見られてるもんなんですね(照)。メルマガに紹介された時など、マジ焦りました。

まー、僕としてはですね、『無職日記』の頃と会社作った今とは何の変化もなくてですね、相変わらず毎日暗中模索してて、いろいろと由なし事を考えたりしてるんですよ。
どちらかというと、僕よりも周囲の方の対応がちょっぴり変ったくらいで、だから何なんだという、そんな感じなわけですよ。

寧ろ以前に勤めていた会社を、できるだけコソーリ辞めた(送別会とか照れくさくて嫌いなので)のですが、その時の方が変化はありましたね。いろいろ自由な時間ができて、嬉しかったです。

会社を作ったのは経験としては面白かったけど、なんかトンデモナク面倒くさそうだということや、辞めてみて保険料の支払いなどを見るにつけ『大会社ってのは偉大だね♪』という感想を持つ僕としては、どこかで職探してサラリーマンに戻ることに特に抵抗もないわけで(雇ってくれたら、の話ですけど)、また『無職日記』に戻る可能性もかなり高いのですが、まぁ、せっかくだから逝けるとこまで逝ってやろうという感じです。あっはっはっは。

せっかくだから一匹者としての面倒さや苦労なんかも経験してみたい。
で、それを皆さんにお伝えできればいいかなぁとか考えています。

株の方は、秋から基本的に相場が弱いことや、僕が忙しかったこともあって詳しく書けなくてすいませんでした。
結局、集計したら今年は目標収益に微妙に届きませんでした。最後の双日の不調さが痛手でした。
とはいえ、双日は前提が変わっていないのでストロング様子見であることに変わりなく、これから2007年に向けて日本はかなり厳しい状況に向かいつつあることを鑑みると、相場にもそれなりの注意が必要なので、もう少し注力して書けたらな、と思います。

資金としても、今年の前半にはリスク資産への再配分で種銭3000万体制に戻し、2005年末には4500万を目標に頑張りたいと思います。
、、いや、相場やってる人にとっては、目標額を立てるのってとても重要だと思ってるので、恥ずかしげもなく宣言して自分に気合を入れてるわけですよ。元旦だし。(汗)

リスク資産はその名のとおり、一文無しになる可能性もあるわけで、決して相場をナメないようにヲチしていこうと思います。
実際には、会社の法人口座と資金を分割するので、個人の戦力表示に変化はないかも知れませんが。

いや、ホントどーなるんでしょーねー、僕は。

ま、結婚してないんで、仕事・相場に限らず、今のうちにとれるだけのリスクをとっておこうと、そういう布陣なワケですよ。小さなことですけど、僕なりにかなり勝負の一年になる予感。
唯一のメリットは『退屈しない』ことなんですが、どーなることやら。。。

皆さんは、去年を振り返りどのような感慨を持ち、今年の抱負をどのように持っておられるのでしょうか? 今年は今まで以上に気になります。

これからも、皆さんの生暖かいご愛顧をおねがいいたします。
皆さんにとっても、良い一年でありますように。


2005年 元旦

いりー&吉光

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