プチ社長日記:『アフリカ陸路縦断#13:ナイロビ(ケニア)〜アディスアベバ(エチオピア)』の話

平成から令和に元号が変わる2019年のG.W.に、アフリカ縦断第5回トライアルでまたもアフリカに行ってきました。
今回は10連休ということもあって、気付いた時には良い飛行機のチケットが取れず、金曜日にお休みをいただいて1日早く出国したものの、何故かオランダ経由でナイロビに到着です。

■ナイロビ〜モヤレ
旅の一泊目はインターコンチネンタルへの宿泊としました。

【ジョモ・ケニヤッタセンターからナイロビ中心部を望む】
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木曜の夜は徹夜で仕事を片付けようとしたのですが、私の仕事が遅く仕留めきれず(月末というのも痛かった)、成田エクスプレスでも仕事の催促が矢のように来るので、成田で諦めて万全の体制がとれるように手配しました。
道中もオランダ航空だったので18ユーロでwifiを購入し、そこでちまちま仕事をしたけど終わらず。
忙しいのは有難いけど、もうちょっと上手く捌く術も身につけなければと思うこの頃。
まぁ、仕事があるだけ贅沢なんですが。。

とは言え、旅の準備は整えないといけないので、朝5時にナイロビについた後、仕事の傍ら翌日のチケットを購入しに動きます。
ホテルのスタッフに購入場所を聞いたら、そも「陸路でアディスアベバなんてとんでもない!!」と言われ、コンシェルジュにベルボーイも加わって、やれ「ヤベロの街では過激化派の爆弾工場があってこの前もテロがあった」だの喧々諤々であります。
インターコンチネンタルのスタッフに聞いたのが間違いだったか。。。

一応、近辺のテロ事情は英語の文書まで調べていたのですが、もはや現地でしか報道されていない可能性もあるので、「そうなのかもな、、」と不安に思いながらも、まずは見てみようと思い、尚も食い下がると
インターネットで候補を調べてくれて「イスリーに行けば買えるらしい。オペレーター(運行会社)は『モヤレ ラハ』だ」と教えてくれました。
私もテロ事情は調べていたのですが、肝心のチケットの購入場所を調べていなかったのでGoogleマップを目の皿のようにして探すものの、イスリーは見当たらず。。。結局、旅の先人のブログを見てEastleighのことだと判明しました。(更に後になって知るのですが、ソマリ人が多く住む地区とのこと。)
尚、先人は「イシシ」と聞かされ、Eastleighと判明するまで同様に苦労された模様。発音分かりにくいよ〜!
とりあえずコンシェルジュに100ケニアシリング(約100円)で礼を言い(チップとしては高額)、タクシーに乗って当該エリアに。

【イスリーエリア】
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タクシーの運転手もそのオペレーター(モヤレ ラハ)のことは知らなかったのですが、イスリーの街の人に聞きまくった結果、なんとか見せてもらったHPとは程遠い感じの事務所でチケットを購入。

【チケットオフィス】
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また宿近辺(ケニヤッタ通り)に戻り、昼飯として近所で唯一の日本食(多分)「テリヤキ・ジャパン」で(テリヤキではなく)スキヤキ弁当を食べた後は、また宿に籠ることで初日は終了です。
なんだろう、この休日感の無さ。。。

【テリヤキ・ジャパンで癒される】
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**
2日目はバスが15時出発だったので、気を取り直してジムで運動した後に14時にはイスリーの街へ。
早朝のバスを覚悟していたのですが、エチオピアが夜間のバス運行を禁じているので、
エチオピア側のモヤレに早朝つくように逆算で考えると、ナイロビは昼〜夕方の出発になるようです。

ボロいバスだがこの季節のナイロビは涼しいので特に問題はなく、疲れからか出発とほぼ同時に眠りに落ちます。
尚、ケニアとエチオピアの国境の街となるモヤレへの到着予定時刻は早朝4時となっており、
真に受けると未明について危険な香りもするのですが、そこはアフリカ、「絶対に2時間は遅れるから大丈夫」という自信が揺らぐことは最後までなかったですね。つーか、発車の時点で1時間遅れてるし。

【モヤレへの道中】
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【つまみ代わりのコーヒー豆】
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距離としては700km位なんで、ブルンジ辺りだと絶対に1日で進める距離ではないのですが、
さすが比較的国力のあるケニア、中国の多大なる援助もあいまって道路は全部舗装されていました。
バスはボロでも道さえよければなんとかなります。やはりインフラは国力の礎ですな!!

ケニア〜エチオピアが危険とされるのは、アル・ハジャーブという過激派や山賊が出るからなのですが、ここまで見通しが良いと、よくある私設検問なんかも事前に検知できますし、高速で走る車を山間から補足するのも難しいかと思います。
一方で、旅人に不評である公式な検問もあるのですが、逆にこれらの検問で安全性が増すと考えれば、それほど苦ではありませんでした。

そんなわけで、幹線道路を快走している内はそんなに危険を感じませんでした。
(どちらかというと、街に近づいた辺りの方が警戒すべきように思います。そういえば、街に近い検問はチェックポストの周りに塹壕が掘られていました。いずれにせよ、旅は自己責任ですよね。)

丁度モヤレ直前で夜明けを迎え、ムスリムの人々がバスを降りてメッカの方に祈りを捧げます。
礫漠の中にあって真摯に祈りを捧げる姿は、異教徒である私にも美しく映ります。

【明け方の祈り】
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■国境
結局、4時どころか8時頃に国境に到着しました。

【国境】
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【ロバが・・】
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歩いて越境するオーソドックスなスタイルで、ケニア側は難なく出国できたものの、エチオピアの入国側で20分ほど待ちました。
e-VISAを事前申請していたのですが、アディスアベバへの照会が必要らしく、それが時間を要しました。
建物はやたらデカい(多分、中国パワー)のですが、開いてる窓口が一つだけで、しかもそれでどうにかなってるのがワロチです。
この時、もうすでに破棄してしまった購入時のレシート提示を求められて少し焦りましたが、問題なく通過できました。
e-VISA申請の方は、領収書も印刷して持っているのが吉のようです。
因みに、ケニアシリングの方がエチオピアブルより強いので、両替は割と強気のレートで交換できます。

【手持ちを両替】
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バイクタクシーで国境からバスターミナルに連れて行ってもらい(2km弱?)、そこで乗合いバスに乗り込みます。
国境に見るべきものがないというのもありますが、一般的に治安のよろしくない国境からいち早く離れたかったのがその理由でした。
バスは間もなく発車し、2時間ほどでヤベロに到着します。
ここで休んでも良かったのですが、ナイロビで聞いた「ヤベロはヤバい街(らしい)」という情報が引っかかっていたので、疲れてはいたものの更に北のディラを目指します。というか、アサワ行きのバスがもう終了していて、行けるのがディラまでだったんですけどね。
バスターミナルにいる人に、「ヤベロとディラはどっちが大きな町?」と聞くと、
「そりゃあ、ディラだよ!」との回答だったので、まぁ、大きな町なら大丈夫かと思い、進むことにしました。

【道中。真ん中に見える土塔は蟻塚か】
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ところで、ケニア人もエチオピア人も私の知る限りはとてもお金にクリーンな印象です。
さすがにバイクタクシーやバジャージ(3輪タクシー)は最初吹っかけてくるものの、キチンと交渉した値段で請求し、釣銭を返してくれました。
こういうの、揉めるとすごくストレスなので、私にとってはとても助かりました。

・・・これがどうしてエジプトになるとあんなになるのか不思議ですw
(エジプト人の信用ならなさには閉口したので。)

さて、ディラに到着したころは既に夜も更けており(だからバスの営業終了なのですが)、
見知らぬ場所で夜間に宿探しは避けたかったのですが致し方なしという状況です。普通なら。
しかも、私はSIMカード購入しない派なので、事前に地図をDLしていない地域に行くと厳しいのですが、なんと幸いなことにたまたま隣に座っていた若い男がディラのホテルで受付のバイトをしており、案内してくれるということで助けてもらいました。(ホテルDelight。1泊500ブル(約2000円))
彼の案内してくれた宿は、おそらくディラのなかでもだいぶ良い(マシ)な宿で、悩ましい南京虫もおらず、快適に過ごせました。基本的に運はいいワタクシです。

【ビールにありつく】
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■ディラ〜アワサ
最初は朝5時に起きて、一気にアディスアディスアベバへ向かうことを考えていましたが、
そもそも急いだところでジブチまで行くのはさすがに困難に思えてきたことで、今回はアディスアベバが最終目的地として当確なことと、南部エチオピアの人々が優しくて、ゆっくりしたくなってきて、本日は近くのアワサまでの移動としました。
4時間ほどの移動でしょうか。
とぃう訳で、朝からビール飲んで、付近を散歩していると、露店のコーヒーに誘われます。

【ディラの街並み。特に何もない】
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アメーバ赤痢菌は70度以上でだいたい死滅しますが、それまでに数分かかる(温度が高ければ時間は短くなり、沸騰してると一瞬で死滅する)ので、きちんと七輪の薬缶の湯が煮立ってるのだけ確認できれば、基本大丈夫。
こそさえクリアしていれば、それ以外は店?が汚かろうが、器がヒビ入ってようが私は気にならないので、普通に楽しみに預かることとにしています。
5ブル(約20円)でおいしいコーヒーが飲めます。
エチオピアコーヒーは、ベトナムコーヒーの練乳を砂糖で代替したような感じでしょうか?
黙ってみてるとカップに砂糖を敷いて、そこに濃く酸味の強いコーヒーを注ぎます。これが美味しいです。
現地の人と会話できる、貴重な場所でもあります。まぁ、だいたい(というかほぼ100%)中国人と思われるのですけどね。

街をブラブラしてると昼をとっくに過ぎてしまいました。
ディラのバスターミナルまでバイクタクシー(50ブル)で送ってもらい、そこから
アワサへ向かいます。アワサへのバスは頻発しているようで、ほどなく人も集まり、発車とあいなりました。
(満員になると発車するシステム)

【バスターミナル】
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ここで、私の隣に若い女性2人が乗車してきました。垢ぬけた服装からその手の商売の方かとお見受けし
(まぁ、後でパトロンだと言って中国人男性の写真を何枚も見せられたので、あながち間違っていない)、
隣に珍しい外国人(私)が同乗しているとあって、付近の注目を集めます(平たく言うと、冷かされる)。
まぁ、発車してしまえば関係ないんですけどね。

南部エチオピアですが、チャット(カート)の一大産地です。
ノンフィクション大賞を受賞した『謎の独立国家ソマリランド』(高野秀行 著)でも紹介されていたチャットですが、そのソマリランドへチャットを輸出しているのがエチオピア南部です。
そんな一大産地ですから、ほどなくして車内はチャット大会とあいなりました。

【チャット/カート】
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【車内がチャットだらけに】
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件の女性が100ブルでなかなか良質なチャットの束を購入。他のメンバも購入してましたが、この女性のものが上物であることは素人目にもわかります。
チャットは若葉を噛んで、そこから出る汁をのみ込みます。葉っぱは吐き出さずそのまま食べるので、はたから見るとパンダのように葉っぱを食べているようにしか見えません。

ちょうど女性の1人がスマホの充電器を途中の行商人から買おうとしていた(売ってなかった)ので、私の充電器を貸してあげる代わりにチャット大会に交ぜてもらいました。
というか、そんなことしなくてもやたらと先方から葉っぱを勧めてくるので、私もガンガン行きます。
チャットは結局のところ胃から吸収するので、覚醒効力を発するまで時間がかかる、というのは前述の本で知っていたので我慢強く葉っぱを食べまくります。

【チャットをバンバンくれる親切な?女性】
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味の方は、まぁ、何というとか、「シーザーサラダを頼んだけど、チーズもドレッシングもかかっていない、絶妙なところを食べてしまった感じ」といえば正鵠を射ているでしょうか。別に美味しいものではありません。
実際、全力で前向きに言うとルッコラに似た味で、シーザードレッシングかけて大量喰いしたい気分には駆られました。
ただ、単に喰えばいいという訳ではなくて、やはりほぞの部分、というか、ほっぺたに貯めて噛みしだくのが正解のようで、寧ろ私は「食べるのが速い」と窘められる有様です。

ところが、噛んでも噛んでも、「その時」は訪れない。。。
2時間はずっと食べてる。車中の誰よりもハイペースで。でも、その時はやってこない。
若い女性のもう一人は、一番おいしいところの新芽でピーナッツを包んだスペシャル版を何発も口に運んでくれます。
言われてみれば、周りは少し緩んだ空気になっているような(なっていないような)。
「これ、銀座だったら10万はいくな」そんなアホなことを考えながら、私もされるがままに女性のサービスに応じることにしました。
まぁ、女性に「あーん♪」とかやられて断る奴はいない(多分)ってもんですよ。
彼女たちはすごく楽しそうだから、まぁいいか。

ただ、目的地が近づくと、私の充電器を借りている方がそっと充電器ごとバッグにしまったのを見逃す私ではありません。
っていうか、酔ってないし。
・・・もしかして私を酔わせて充電器をせしめる腹積もりだったのだろうか?
そうとしたら、やたらと私にチャットを勧めるのもわからないでもないですが、充電器を貸したのはチャット大会の後半だったので、本当のところはわからないです。まぁ、どうでもいいことですが。

いずれにせよ、アワサに着くと借りっぱなしであることを指摘して、充電器は返してもらいました。

後で調べたのですが、チャットは普段からタバコや酒を嗜んでいる人には殆ど利かないとのこと。

早く言ってよ!!!という感じです。

『謎の独立国家ソマリランド』の本ではチャット(カート)で楽しく酔う描写があったので期待していたのですが、
残念ながら私には効かないようです。。。著者の高野秀行氏もビールは飲むので、チャットで酔うには相当苦労したと推察されますが。。。
(まぁ、ノンフィクションと言っても、多少盛ってる部分はあると思います。)

さてこの日は2日ぶりに仕事を片付ける日だったので、アワサ湖畔のリゾートホテルに投宿することにしました。
中華風の内装が、なんか場違いで居心地が悪かったのだけは覚えています。
油断していると部屋にサルが入ってくるのはヴィクトリア・フォールズと一緒なんですが、
世界三大瀑布の一角との違いは歴然で、チープ感は否めません。

【サル】
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宿泊客も全員アフリカの方でした。いや、そこはいいんですけど。中国人誰もいないのに何故、中国風の内装に。。。
因みに、ナイロビ出てから遭遇する白人は、全員UN関連の人でしたね。。。

街をぶらつき、アワサ湖に沈む夕日をエチオピアビール片手に眺めていると、この上もない多幸感に包まれます。
なんだかんだいっても、今回もいい旅ができているな、と安堵する一瞬ですね。
そしてこの日は私の46歳誕生日。おめでとう、俺!!
夜はおとなしく仕事関連のメールや調べ物をして過ごしました。wifi遅くてキレそうでしたけど。

【ご褒美】
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■アワサ〜アディスアベバ
翌日、アワサ湖から今回の目的地となるアディスアベバへ移動します。
ここでも気合が入らず、9時頃にバスターミナルまで3kmくらいを歩いていきます。途中でコーヒーとか飲みながら。

【コーヒー:至る所で安くておいしいコーヒーが飲めます】
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歯磨きしたくなったので、エチオピアの人がよくバスの中で使っている歯ブラシ(香木?の枝)を購入。
ブラシというか、消しゴムみたいにゴシゴシこすりつける感じで、歯間の汚れは全く取れないんですけどね。
バスチケットは手書きで130ブルでした。私は荷物が小さいので、飛行機もバスも全部持ち込みです。

【歯ブラシ?】
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【チケット:割とこの辺の人々はおカネにクリーン】
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バスはボロいのですが、エチオピアも道はなかなか良いので心配はしていませんでした。
が、そこはアフリカ、ちょっと慢心していたようです。

バスが高速で走っていると(だいたい一本道なので、クルマはいつも高速で走っている)、突然バン!と音がして
バスが蛇行の上、急ブレーキで停まりました。

「あぁ、パンクだね」と隣の男性と話し合いながら、バスを降りてスタッフらと共にタイヤを見に行くのですが、特に問題は見当たらず。
「なんかやたら熱くねぇか?」みたいなことをエチオピア語で言ってるみたいなんですが、
このバス、どうやらディスクブレーキではなくて昔懐かしドラムブレーキのようで、それで熱持ってるだけだと思われます。

その後、試しになんか200メートルくらい走ってみて、「なんもなくね?」ということになったらしく(んな訳ない)、またぞろ全員乗って再出発となりました。

更に10分くらい走っていると、車内後部が騒ぎ始めました。
気づいた時にはもう遅し、あっという間に煙と異臭で車内が充満。またも緊急停止です。
本当にパンクするから緊急停止ヤメテ。

みんなで車両を降り、スタッフが修理するのを見守ります。
なんというか、おおざっぱというか、エンジンを掛けっぱなしで車の下に潜り込んでジャッキアップするのって、どうなのかと思いません?
いや、さすがに熱いでしょ。ていうか、煙でてるんだから止めようよ、と思いながらも先方はエチオピア語でワーワー騒いでるので静観です。

【エンジントラブル】
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さて、私ですが、直るかどうか分からないバスをのんびり待っている、、、ほどの余裕は残念ながら無いので、さっさと荷物を取り出し、このチケットは諦めて通過するバンを停めて交渉して乗り込みます。
あまりにもぎゅうぎゅうなので、最寄りの街のバスターミナルまで連れて行って貰い(この時の同乗者が紳士で助かりました)、そこから違うバス(といってもライトバンみたいなやつですが)に乗ります。

【乗換え】
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アディスアベバへは、街の中心部よりだいぶ南のバスターミナルで降ろされます。
そこから北に数kmで中国が作った新交通システム(ゆりかもめみたいな奴)があるので、そこまでタクシーで移動。このタクシーの交渉が難航しましたが(もうちょっと便利な場所まで延伸してほしい。。。)、無事到着です。
仕事もあったので宿は安定のヒルトンにしました。
アフリカ連合の建物の隣で、治安の良いエリアです。

【アフリカ連合本部】
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■アディスアベバ
アディスアベバでは、三位一体教会や聖ギオギルス教会といった観光地の他、代々木上原(※現在は表参道に移転)にも店があるトモカコーヒーの本店を訪ねたりして過ごしました。

【三位一体教会※付近が官邸なのでカメラ注意】
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【トモカコーヒー】
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【店内※写真撮影は了承済】
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トモカコーヒーではマッキアートが人気の模様。白人のガイドをしていた男性からいろいろと旅の情報を教えてもらいました。

アディスアベバは公用語であるアムハラ語で「新しい花」という意味らしいです。標高2300m〜2500mの高地にある為、この緯度では気温が高い5月でも快適、というか東京より涼しいです。
(因みにナイトプールはお湯でした)

***
今回の旅程、ナイロビ〜アディスアベバは難所と言われる割には見るべきものが少ないとされるのですが、割と私は楽しめました。
アフリカ縦断という意味では、次回はスーダンのハルツームを目指すのでしょうが、ちょっと回り道してソマリランドを目指すことを決め、アディスアベバを後にしました。

プチ社長日記:『猫を抱いて象と泳ぐ』の話

芥川小説家である小川洋子氏の作品。
実在のチェスプレーヤーであるアレクサンドル・アリョーヒンと、これまた実在のチェス人形「トルコ人」を材料として、主人公の成長とチェスにかける人々の思考の美しさを描いた作品、と言えばいいだろうか?

【チェス人形トルコ人】


大きくなることを恐れ、小さく、控えめで目立たなくするよう努める主人公が、チェスの広大な海を漂い、美しい棋譜を紡ぐコントラストを活かした描写が素晴らしい。

読後にやさしい気持ちになれる、そんな一冊だと思う。

プチ社長日記:『アフリカ陸路縦断#12:キガリ(ルワンダ)〜カンパラ(ウガンダ)〜ナイロビ(ケニア)』の話

■キガリ〜カンパラ
キガリに再び戻ってきたのは2018年の夏。
前回のルサカ(ザンビア)〜キガリ(ルワンダ)は雨後の悪路により相当てこずりましたが、めげずに無理めの日程でアフリカです。
隙あらばアフリカに行かないと、いつまでたってもアフリカ大陸縦断を達成できないので。。。

キガリには割と早い時間に到着。
今回も宿は『ホテル・ルワンダ』の舞台である『ミル・コリンズ』です。
前回は触れませんでしたが、映画『ホテル・ルワンダ』ではフツ族・ツチ族の内乱状態にあって、虐殺からフツ族を守った美談ではありますが、実際にはお金を徴収しており、且つ配給品についてもチャージしていたとかで国内では主人公がブーイングの嵐、結局、ベルギーに国外逃亡生活をしているという、寧ろこっちを映画化すべきではないかという、ナイスな話になっております。

従い、当ホテルには『ホテル・ルワンダ』関連の話は全く出てこないのがナイスです。

【虐殺記念館から街の中央を望む】
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さて、キガリ、、、というかルワンダはコーヒーでも有名で、前回もチラッと触れたフィエ農園などあります。
日程の都合でスルーしてしまったのですが、せめてもの慰みとばかりに、有名なブルボンコーヒーに行きます。

一応、店の名前ですが、ブルボンというのはコーヒー豆の品種の名前でもあります。
アラビカ種・ロブスタ種・リベリカ種が3大品種ですが、このなかではアラビカが仏恥義理で有名、というか高級扱いで、スタバなどはアラビカ100%主義ですね。
ブルボンはそのアラビカ種の1種とのこと。
甘味があるからか、アフリカではふつうにお菓子というか、ちょっとしたおつまみに食べたりします。

で、ブルボンコーヒーで朝からのんびりです。最近はチェーン店化してるみたいですが。
で、本店では豆も売ってるのですが、ミル無い人にお土産で配っても意味ないので、ひいたものも売ってほしいところです。

さて、仕事を片付けつつその日は普通に宿泊し、翌日にウガンダのカンパラへ向かいます。

あ、話が前後して恐縮ですが、今回の旅程はキガリ(ルワンダ)〜ウガンダ(カンパラ)〜ナイロビ(ケニア)です。
この3国、アフリカでも安定しており、モロッコやチュニジア、エジプト、南ア以外でアフリカにトライしたい方にはお勧めです。
ビザもこの3国周遊ビザが発行されており、便利です。
私もこのビザを取得しています。結論から言えば、この3国の旅は非常に楽でした。まぁ、その分、刺激は少ないんですけど。
期間も1週間足らずで、8/13にキガリ泊、8/14〜8/15はカンパラ泊、8/16は夜行バスで過ごし、8/17にはナイロビ泊と
割とタイトな日程だったんですが、余裕でした。
これがタンザニアやブルンジなら倍の日程は見た方が良いです。   


ルワンダは金曜日の一定時間帯をゴミ掃除の時間にしているので、非常に綺麗です。
スーパーなんかのビニール袋は国内への持ち込み禁止です。
日本でもビニール袋を有料化する方向ですが、ここまで徹底してほしいですね。
ストローを紙にするという議論が先行しましたが、誰もが「そこからじゃない」と思った筈です。
美化だけでなく、いろいろ秩序だっているのがルワンダなので、居心地はとても良いです。
独裁政権がいい方に転ぶとこうなのか、と考えさせられます。
なんていうか、「イケてる独裁と、衆愚政に近い民主政のどちらが良いか」という、銀河英雄伝説的なアングルで考えさせられるのは私だけでしょうか?

「千の丘の国」とも言われるルワンダ。首都中心部も丘にありますが、バスターミナルは丘を下ったところにあります。この国のバイクタクシーは赤いゼッケンを着けていて、客もヘルメット着用が義務付けられています。規律とれてるなぁ。料金も口約束ですが、ボラれる印象は全然なかったです。

【キガリのバイクタクシー】
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【バスターミナル周辺】
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で、バスターミナルでEasyCoach社のチケットを購入したのですが、午後3時過ぎの出発とのこと。
カンパラ行は頻発だと聞いていて、午前中に移動できると思ってたのでちょっと焦ります。
でもまぁ、思い通りにいかないのが旅の常ですんで、バイクタクシーにキロリンゴ・マーケットというルワンダ最大の市場に連れて行ってもらいます。
・・・といってもただの市場なんですけどね。生鮮食品コーナーや生活雑貨コーナーなど、モノがあふれております。衣料コーナーでは中国製の足踏ミシンが並び、繕い事なんかをしているのを眺められます。
気温も同時期の東京より圧倒的に涼しいので待つことは苦にならなかったですね。
で、バスターミナルに戻り、ウガンダのカンパラへ向けて出発です。

【キロリンゴ・マーケット】
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【瓶の蓋を駒にしたゲーム。相手を飛び越えると駒を取れる模様。】
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さて、さすがにキガリを出ると未舗装の道路も見られますが、基本的にはよく整備された道路なので
バスは特に問題なく走ります。
やはりインフラは国力ですぜダンナ。

【キガリから離れる】
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さて、さすがにカンパラについたのは夜21時ごろでした。
カンパラのバスターミナルはアフリカ最大級と聞いていましたが、私の到着したバスターミナルは明らかにそれとは違う、ガソリンスタンドの裏手の駐車場みたいな感じです。ちょっと街の南の外れっぽいです。
到着と同時にわらわらとバイクタクシーのあんちゃんが寄ってきましたが、適当にあしらい、流しのバイクタクシーを捕まえます。

途中、バークレーのATMで現地通貨を引き出し、市中のホテルにチェックインです。
ここでは2泊の予定です。
ホテルの名前はスピーク・ホテル。割と居心地の良いホテルです。ちょっと仕事をする関係上、仕事の日は惜しみなく良いホテルに泊まることにしています。使った分、仕事で稼ごうと気合も入ります。

翌日、ウガンダは銀行の口座を作りやすいと聞いていたので目ぼしい銀行を回ったのですが、混雑がひどく、係員の説明もわかりづらいので保留としました。
日本から書類も書いて持って行ったのですが、なんやかんやと盥回しの挙句、やはり現地企業の職についていない者には容易に口座を作らせてくれなくなったとか説明を受けます。
ウガンダで起業登録した方が早そうです。
ちょっとこの辺はまた再トライするかも。
街を散策しますが、普通に都会です。お洒落なカフェでアイスクリームなんぞを食べます。
アミーバ赤痢が怖いので、火を通していないものは遠ざけていたのですが、さすが首都だけあって問題もなく。
ウガンダやルワンダでビジネスをしよう、という人が多いのもうなずけます。


さて、カンパラは、ナイルの源流が近く、人気の観光スポットです。世界でアマゾン川に続いて2番目に長い河の源流ですから、これはちょっと拝んでおこうかという気分にもなります。
ただ、特にアマゾン川は季節によって長さが変わることもあり、ナイルはナイルで最長を主張しています。
因みに、宿泊している宿の名前のスピークはナイル源流を発見(再発見というのが適当ですよね)したイギリス人冒険家に由来しています。
ナイル源流がヴィクトリア湖という主張を証明したそうです。
身も蓋もないですが、どうやらヴィクトリア湖から流れ出るのがナイル川だけである以上、ヴィクトリア湖はナイル水系の一部であって、本当の源流はナイル川に流れ込む河川を含むことになるため、本当はルワンダ辺りだそうです。
うわー、それ、知りたくなかったわ。

宿をチェックアウトし、とりあえず、ナイル源流に向かう為、バスターミナルに向かいます。
カンパラのバスターミナルはその規模で有名です。
もうめちゃデカくて、まさにカオス。
写真では見づらいですが、奥にあるビルの手前までミニバスがぎっしりです。これは一見の価値があります。
一見、カオスに思えてもやはりルールは存在していて、「あ、ここは迂回するのね」と暫らく眺めていると理解できてきます。
これは見ていて飽きないです。

【カンパラのバスターミナル】
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【カンパラから移動】
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ただし、ナイル源流へ向かうバスはここから発ではなくて、ミニバスで目抜き通り1本南の通りから出発とのこと。
渋滞につかまり、3時間くらいかかりましたが、小さな町の郵便局脇で降ろされました。

ここからナイル源流へトボトボ歩きます。
ウガンダの小学生が遠足で来てたりして、なべて平和です。
付近は有料で、外国人は割高料金です。どう見てもアジアな私も当然割高に。

【外国人6倍ですよ。きっつー。】
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それよりもボート代金が高く50ドルくらいしたのですが、まぁ、実質貸切だったので良しとしました。
船って結構、お金がかかるもんですからね。

ナイルの源流と言われるのは、ヴィクトリア湖の北側の中州にあります。
ショボい看板が目印です。センスのないところが好きです。

【ハイセンス】
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カンパラから直接ナイロビを目指すのではなく、ナイル源流のポイントからナイロビ行きのバスを捕まえるのはちょっと面倒でした。
最初、「バスは郵便局の脇から出発する」と聞かされていたのですが、これはどうも信じがたく、郵便局の女性に聞いても「いやいや、バスは街の入口から出発するわよ」とのこと。
つまり幹線道路まで戻らないといけません。
街を抜け、何もない所をさらに2kmほど歩き、幹線道路脇で待つのですが、何しろターミナルではないので油断していると置いてけぼりになります。
しかも私のが買ったチケットのオペレータは、事務所が少し離れたところにあって、そこにバスが来るだの来ないだの、人によって言うことがまちまちであり、両方に睨みのきく高所に陣取って見張るという、ダルいことをやっておりました。
しかもバスが大幅の遅延であり、バスが来るたびに高所から駆け下りて確かめるという、シーシュポスのような苦行であります。

ようやく、バスを捕まえ、眠りに落ちます。

■ナイロビ
ナイロビは大都会で、治安が悪いことでも有名ですが、一時よりはだいぶ改善しているそうです。
と言っても、私が宿泊した後、ホテル街の駐車場に停めてあった車に搭載された爆弾で何人かお亡くなりになってるのですが。
ただ、ナイロビ銀座と言われる一角は、手ぶらなら歩ける感じです。
バスは、ナイロビ駅近くのビルの裏手にあるバスターミナルに到着します。
ホテルまでは歩いて移動しました。明るい内なら特に問題なく感じました。(個人差あり)
尚、ここから北進する場合は、別のバスターミナルから出発することになります。

人心地ついて、観光もそこそこ、仕事をして今回の旅程は終了です。

プチ社長日記:『たまに思い出す心象風景』の話

ガラガラと音を立て、ポトリと玉が出てくる。
それが白色ならば残念賞でポケットティッシュが渡され、赤色ならば大当たり・・・・。
くじ引きによる景品とはこういったものだろうか。

僕はあのガラガラを回すのが嫌で仕方ない。
なので引き換え券などはすぐに他人にあげてしまう。
あの独特の手ごたえ、何か中に仕切りでも入っているのだろうか?よくわからない。
母親が昔、「あれ、逆回転させるとええんやで」とアドバイスくれたことがあるが、
子供だった僕にもそのアドバイスに根拠がないことは何となく見抜いていた。(ウチの母親は想像でモノを語るのだ。)

僕が嫌なのは、いつもある風景を思い浮かべるからだ。
とても幼稚なそれだが、何故か年に一度くらいは、ふっと思い出すのだ。

・・・朝起きて、周りを見渡すと白い部屋で、どうやらそれが僕の部屋らしい。
少年の僕は何故かキチンとパジャマを着ていて、まっさきに机の上にあるガラガラ、、、もう少しお洒落なデザインなのだが、を回す。
ガラガラの隣には大きな薬瓶のようなものがあって、その中には多数の白玉が入っている。
ガラガラは非常に重い。多数の玉がまだ入っているからだ。
僕はそのおおよその数を知っている。1日1つとして、天寿を全うできる個数だけ入っているのだ。
100年生きるとすれば、36,500個、閏年を考えれば36,525個入っている。
白玉以外は赤玉が一つだけ入っていることを、僕は知っている。

ポトリと白玉が落ちる。
僕は安堵してその球を拾い上げ、隣の薬瓶に入れるのだ。
僕にとって白玉こそアタリなのである。赤玉が出た日、僕は死ぬのだ。

ただ、それだけだ。

でも、次の日辺りに赤玉が出てくることを考えてしまう。


僕はもう46歳だ。
薬瓶には16,000個を超える白玉が入っている。
ガラガラには20,000個ほど入っているだろうか。
人間は生き物だから、死が訪れる確率は毎年一定ではない。
因みに厚生労働省の生命簡易表によると46歳まで生存した男性の今後1年以内の死亡率は0.169%だそうな。
1日当たりに換算すると「まぁ、当たらないよね」という確率だ。
でも、いつか赤玉は出る。
そして死神がやってくるのだ。

無論、子供の頃から厚生労働省のHPを見る僕ではなかったが、直感的にこの心象風景がそれほど間違ったものではないことを子供の内に悟り、なんども反芻する内に定着してしまったものだと考えている。
ガラガラに例える辺り、死を遊んでいるとも言えるが、逆に偶然に左右されるのも嫌で、その他の道を考えてばかりいた時期もあった。

今では日々を大切に生きるための警句と捉えているが、それでもあのガラガラの嫌な感じは身に沁みついてしまっている。

・・・嫌なものは嫌なんだよ。

プチ社長日記:『エクスペディア(expedia)のシステムこれでいいんですかね。。』の話

海外約100ヵ国と地域(台湾とかチベットも集計対象とする)を回っている私にとって、エクステペディアさんは良く利用するシステムで、毎年ゴールド会員なわけですよ。

航空券単体ならスカイスキャナーなど他の優良サービスもあるのですが、宿も含めて総合的にみると(特に辺境の地域の宿など)はエクスペディア凄いなー、とか思う訳です。
まぁ、宿に至ってはパキスタンやジョージアで既に在庫ないのを売りつけられたりしたのですが、その時も誠意のある対応をしてくれて、「あぁ、いいサービスだな」などと思っておったのです。

ところが先日の航空券のチケット予約の際にトラブルおきまして。この手の予約システムは仕様に明るくないのですが、さすがに「これどうなの?」という状況なので注意喚起しておきますね。

■経緯
.アランプール経由のアディスアベバ行きの往復チケットをブッキング。すぐに確約のメールが来る。
⇒眛、担当から電話が来て「チケットは取れてませんでした。でも今なら無料でキャンセルできますよ」と言われる。(別にキャンセルしたいわけではないのだが。)
上記は航空会社へのIFタイミングによるもので、エクスペディア側の瑕疵であることを確認。
ぐ豈、システム業界の話になると優しくなるワタシ。そうかじゃあ仕方ないねと検索すると、在庫がまだあるじゃないですか。さっそく予約。
コ量鵐瓠璽襪来るも、旅程を見るととれていない模様。いや、厳密にいうと、中途半端にとれている。何故か往路のみで、しかもクアランプールでなくてソウル経由になってるww。今度は先方からメールも電話もない。
Δ海舛蕕らコールセンターに連絡し、状況を確認するとやはり中途半端にしかとれていないのでキャンセルしてもらう。
ШE戮亙綿悗罵縮鵝3量鵐瓠璽觴領。でもやっぱり中途半端にしか取れていない模様。
⓼連絡こないので、こちらからコールセンターに連絡し、状況を確認するとやはりとれていないのでキャンセルしてもらう。
結局、Г⓼を他の便でも何度も繰り返し実施している内に、今度はカードの与信枠が埋まってしまう。(学生の時からのグレード最低のカードを愛用の為、すぐ埋まるww)
カード会社に連絡すると、エクスペディアに連絡しろという。
エクスペディアに連絡すると、与信枠解放はできないので(まぁ、そうだろう)3日待てと言われる。一方で発券できないのに与信枠をとったのはエクスペディア側だと認める。

というわけで、46歳にもなってカード破産した人みたいにカード使えないんですけどワタクシww


エチオピア航空/マレーシア航空のシステムに非があるのなら、「ま、しょうがないな、エチオピアだし」で納得するのだが、肝心なところでエクスペディア側がシステム不備を認めるものだから、話の持って行きようがない。
コールセンターの人にシステムの仕様を理解させるのは難しいかもしれないが、エクスペディアの業務的にここがキモなのは間違いないので、業務移行や教育担当になったらここは重点的に実施された方がよいよな。

口の利き方を知らない担当は、仕方ないにしても。

※その後、先方のマネージャーさんから電話をいただき、改善点について話しました。
(1万円のポイント付与を提案いただきましたが、お断りしました。)


プチ社長日記:『影響力の武器』の話

自分の持って行きたい方向、特にセールス面において「買わせたい」と利益誘導する技術等について書いた本書。
一応、そういった誘導に抗う術を身に付けることを目的としているが、詳述されているが故に利益誘導マニュアルになってる面有り。

まぁ、「希少性の法則」や「一貫性の法則」など、ラベルとしては新しいが、内容はそこそこ人生経験あれば「知ってた」というものばかり。まぁ、「あと残り僅か」とか言われると欲しくなるし、自分の発言の整合性を保つために、「小さな妥協が大きな妥協を惹起する」のも「あるある」となりますわな。

・・・本書の見どころは実例が多く挙げられているところに尽きる。
何となく「そんなもんだろうな」と思っていたことが、数値に裏付けられると予想以上の効果だということが理解できて読ませるポイントとなっております。ただ、翻訳は直訳感が出てて読みづらくはあるし、ボリュームもあるので気軽に読める本でもない。

最初にも触れたが、アムウェイの事例なんかも出ているものの、対アムウェイ防御法よりも類似アムウェイを生み出しそうな内容なのが痛いところ。
まぁ、セールスなどに携わる人は読んで損はない一冊となっております。

知らんけど。

プチ社長日記:『しゃあなし』の話

仕事を切り上げ明日に備えて大阪に向かうも、静岡大雨で大阪に行けず、引き返すプレイ。

プチ社長日記:『31歳と46歳で』の話

定点観測地の上海で昔の写真と比べてみるんゴよ。
【31歳】


【46歳】


31歳のときは会社やめて、サイト運営とかやってた頃ですね。日本株のトレード経験を最も積んだ時期でもあります。株は20代前半からやってたんですけどね。
結局、その後の生活の中心はコンサルに戻っていくんですけどね。
46歳の私ですが、結構、メインクライアントの契約上の建付け変更の影響を受けそうで、初心に戻って手探りでやっていく時期になりそうです。つらいのぅ。

プチ社長日記:『アフリカ陸路縦断#11:キゴマ(タンザニア)〜キガリ(ルワンダ)』の話

■キゴマ〜ブジュンブラ
キゴマを早朝に出発する。
宿の主人にバスターミナルまで送ってもらい、小さなバスに乗り込む。
バスは軽快に走り、タンガニーカ湖のあるキゴマからどんどん高度を上げていく。
気づけば山の稜線を走っている。
ブルンジ、及びその先のルワンダは山が多く、標高の高さから夏でも涼しい。

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1時間ほど走った後、タンザニアを出国し、ブルンジに入国する。
そこでアライバルビザを申請するのだが、またここでトラブルである。

ビザが発行できない、という。

・・・は?理由を教えろ、と食い下がるもどうも要領を得ない。
で、異変を察知した野次馬から聞いたところでは、「紙がないから発行できない」とのこと。
どういうこと?

紙というのは、申請書ではなくて、ビザそのものの紙らしい。
その紙がないから発行できない、ということのようだ。

バスの連中は私をおいて先に出ていってしまった。
ヤバい。国境は山間なので何もない。さっそくバイクタクシーの運転手と交渉してタンザニア国境まで戻る。
事情を話して再入国させてもらい、今度はタクシーの運転手と交渉する。
とにかくキゴマに公館があるから、そこへ行け、ということである。早くしないと公館が閉まってしまう。
通常、ビザ発行の受付は午前中のみだったりする。
はやる気持ちでタクシーにのり、キゴマまで戻る。

【キゴマのブルンジ公館】
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正午過ぎにキゴマの公館に飛び込み、「すみませーん、ビザを発行してください〜」とお願いすると、
ビザは発行できるという。往復で2時間。国境で過ごした時間が1時間だとすると、3時間遅延だ。
タクシー飛ばせばバスに追いつけるかもしれない。

出てきた女性は親切で、ここに記入しろ、あそこに記入しろ、と申請を手伝ってくれる。
ひとしきり記入が終わった後、
「ところで、お願いがあるの。私たちに好意を見せてほしいわ」と言ってきた。

「好意って?」と聞き返すと同時に、賄賂を要求しているのがわかった。
ビザの発行は彼女の裁量次第だということは想像できたので、ここで断固拒否すると今日のビザ発行は絶望的だ。
さすがにこれ以上の遅延は連休中に帰国できない。
地獄の沙汰も金次第、ということか。

釈然としないまでもビザ代込みで30ドルを掴ませる(何となく50ドルを匂わせていたが)と、あっという間にビザは発行された。
ブルンジ人がタンザニアのキゴマで生活できてるだけで優遇されているとは思うのだが、
人間の欲の深さに限りはないらしい。

元来た道を取って返し、タンザニア国境を越え、そこからバイクタクシーに更に乗り換え、ブルンジ国境に到着。
問題なく越境。ただ、越境しても山間である。幸い、ブルンジ側もタクシーが何台か停まっていたので交渉し、
ブルンジの首都ブジュンブラへ向かう。(30ドル)

【独国系植民地と英国系植民地では車線が違う】
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ブルンジは近隣では最も貧しい国と言える。
ルワンダとほぼ時を同じくして内戦状態になったが、いまだに貧困に苦しんでいるのはその後の政治の巧拙によるところが大きい。
ブルンジ領内では集落ごとに私設検問のようなものがある。
ここで通行量を巻き上げようというのか、それとも減速した車にものを売りつけようとするのか?
私にはわからなかったが、タクシーは免除されているのか、お咎めは何もなかった。

集落を通過する途中、道のど真ん中で泡吹いて仰向けに倒れている女性がいた。
「クスリだな」と運転手が言っていたが、入国したとたんにヤバい香りがして気を引き締める。

タクシーは山間を抜けて、再びタンガニーカ湖沿いに走る。
湖畔を北上するのだが、ここも先日の雨で道がぬかるんでおり、スピードが出せない。
不幸中の幸いだが、バスではなくてタクシーで正解だった思う。
結構、水に浸かりながらもタクシーはどんどん北上する。
途中で割にあわないと思い出したのか、運転手が本当に30ドルくれるのかと心配そうに聞いてきたが、
キチンと送ってくれれば問題ないと励ます。

【こんな道ばっかり。。。】
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休憩もなくひたすら運転手が先を急ぐのだが、湖畔から離れた集落で運転手を誘って休憩する。
ジュースを振る舞い、タバコでご機嫌になったのか、運転手もすっかり安心した様子。

【ブルンジの集落】
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暗くなるまでにブジュンブラに着きたいのは彼も同じ思いのようで、休憩後も再び彼はタクシーをとばす。
バナナ農園が広がり、ところどころに集落があるのだが、何か選挙活動のような集会がそこかしこで開かれていた。
不要に絡まれてもつまらないので、こういうのには近寄らないのが吉だ。

さて、夕方ごろにブジュンブラに到着した。帰宅ラッシュなのか、車が行きかうも、何となく統制の取れた感じがしないのは気のせいか。
ブジュンブラの治安は悪いと見たのと、この町は絶望的に観光資源がないので、近辺を散策するだけにとどめ、
まずはバスターミナルに向かってルワンダ行きの便を探す。

先達の情報によると、 YAHOO バスがよいとのこと(無論、ポータルの YAHOO!とは無関係)であるが、
どうも最近はネガティブな評価が多い。
数年前にはゲリラに襲撃されたそうな。
治安がよくないので朝発の便のチケットをとる。ブースの兄ちゃんによると、明日の朝に宿まで迎えに来てくれるらしい。
お、そりゃ助かるな、と喜び宿に転がり込む。
いい部屋が無かったとかで、1階の暗い部屋だったが、ロビーでビール飲んで人心地である。


■ブジュンブラ〜キガリ
ちょっと寝坊してしまったが、迎えは指定の時間にやってきた。

ビザトラブルがあったものの、何とか1日の内にブジュンブラまで移動できたので、
今晩、ルワンダの首都キガリまで到達できれば明日の便に間に合いそうだ。
ルワンダは近辺で最も治安が良く、インフラも整備されているというし、勝負はブルンジ側を越境できるかに掛かっている模様。
イエローカードも所持している(2019年現在、ルワンダ入国に黄熱病予防接種済を示すイエロー・カードは不要になったとのこと。
ただし、入国予定の方は最新の情報を確認されたし。)ので、問題はないだろう。

車には既に他の乗客が一人のっている。
更に付近を走り、おばちゃんが1人乗ってきた。
さて、いよいよバスターミナルに向かうのかな、と思っていたが、タクシーはブジュンブラ郊外に出て、そのまま北上してします。
あれ、どうやらバスではなくて普通の乗用車で向かうようだ。
この時点からちょっと嫌な予感はしていたが、せんなき事なので、周りの景色を見やる。

【ブジュンブラ街並み】
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入国用のビザでいきなり賄賂を要求され、道はぬかるみ、またところどころに豪快で土砂崩れが起きていることから、ブルンジというのはなかなか旅行者にタフな国だというイメージである。
ただし、土砂崩れはあっても、対向車がいるということは、通れるということだ。
しかも、土砂崩れのポイント前には、竹のような食物がわざと折られて置かれており、突如突っ込むという事はない。
※「地球の歩き方」にもブルンジの記載は一切ない。

【コバンザメ走法】
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ルワンダも山が多く、首都キガリも「千の丘の街」と言われるくらいなので標高は高い。
いきおい、登り路が多くなるのだが、トラックやバスにどう見ても過積載の自転車が複数台取り付いて山道を登るさまは見ていて飽きない。
なんだろう、みんな逞しく生きている感があって、自分がもしこの国に生まれていたらどんな気分だったろうと想像に掻き立てられるほどに、ワイルドな雰囲気である。
それでも走っている乗用車の中は安全だ。景色を楽しみつつも、国境にさしかかる。順調、順調。

【国境】
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余裕をかましていたのだが、またしてもここで問題が。
私の方はアライバル・ビザも取得し、車が越境してくるのを待っていたのであるが、いつまでたっても来ない。
そのうち、また雨も降りだした。
さっきまで同乗していたおばちゃんは、業を煮やしたのかルワンダ側の相乗りタクシー運転手と交渉を纏めてしまった。
事情を聴くと、どうもYAHOO!バスが警察にとっつかまって越境を諦め、ブジュンブラに戻っていったとのこと。
どうもこの運行会社、警察に目をつけられており、それ故に破格の値段だった模様。おいおい。

おばちゃんが交渉していた乗合タクシーはおばちゃんで満席となってしまったので、別の相乗りタクシーを探す。
不幸中の幸い、美人のお姉さん2人と同乗することになった。
雨の中で出発を待つ間、なんやかやとこの2人と話しており、お菓子をくれたりなどする。
睡眠薬強盗かと、警戒しつつも、彼女らのルワンダ事情の話を拝聴する。なかなか流暢な英語で、身に着けているものからも相応裕福な家のようだ。
さて、ルワンダに入ってしまえば、予想していたとおり事態はスムーズに進んだ。
国力の差が如実にでるのだが、ブルンジに比較して道路はキレイに舗装されており、ところどころに土砂崩れはあったものの、
付近の住人が復旧作業に当たっていた。雨の中で作業をしても二次災害になるのではとこちらが心配していたが、
彼らのおかげで順調にキガリに向かえている訳だから、頭の下がる思いである。

【ルワンダの子供たち】
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思えば、アフリカは割と金に汚くない。
たとえ貧しい国であっても(国連難民高等弁務官事務所の施設などもあった)、割と決めた値段で仕事をしてくれる(YAHOO!バス除く)。
このドライバーも確り仕事をしてくれたので助かった。

【難民キャンプ】
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途中、コーヒーで有名なフィエを通過する。コーヒー農園で豆を乾燥させている景色が見えた(雨はあがっていた)。
そうこうする内に、首都キガリに到着する。

【虐殺記念館からキガリ中央部を眺める】
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日も暮れてしまったので、虐殺記念館以外の観光は諦めた。ただ、キガリの宿だけは前から決めており、そこが観光地の一つになっている。
宿の名前は「ホテル・ミル・コリンズ」。
映画「ホテル・ルワンダ」の舞台だ。

■キガリ#1
ホテルにて明日の飛行場までのタクシー事情を確認し、とりあえず明日の飛行機に乗ることはできそうだと、ようやく安堵する。
思えば前半に先を急いでいなかったら、悪路での立ち往生やブルンジビザのトラブル、
及びルワンダ国境でのトラブルに対応する時間がとれていなかった可能性が高い。
そのトラブルも、それぞれバスの運転手の英断や、たまたまタクシーがいい塩梅に捕まったという幸運により対応できたと思う。
アフリカ大陸という不確定要素が多い土地を旅するには、一も二にも余裕ある旅程が必要と痛感する。まぁ、仕事しているとそうもいかないのであるが。

さて、宿泊した「ホテル・ミル・コリンズ」であるが、実際には映画のような美談ではなかったことを付け加えておく。
【ミル・コリンズ】
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プチ社長日記:『通信費の恐怖』の話

あれー、おかしいなー、こわいなーって思って振り向くと、、、
4万超えてたんです。