プチ社長日記:『気付けばジジィの生活サイクル』の話

今まで酒入ると、「どうせ今晩は仕事出来ないし」と思って深酒してたんですが、昨今は周りも同じように夜も早くあがるようになり(まぁ、飲み始めるのがこれまでの20時、21時じゃなくて早くなってるだけなんだけど)、飲酒後にさっさと寝て、早起きして仕事するパターンを習得しました。
で、早起きしたから23時には眠い、という健康的なパティーン。

酒は好きなんですが、飲んでる時間以上に「その後の仕事できない時間」が、結構年末年始には堪えるんですよね。
その一つの解決法がこれ。
(まぁ、朝4時とかにメール来られても迷惑だろうから、気を遣う相手には時間差で送付したりと、余計な手間もありますが。)

でもこれって、まさしくジジィのそれで、みんな理由はともあれ、行きつくのはこのパティーンなんかも知れんね。。

プチ社長日記:『小さな勝利』の話

1年半ほど、DMM英会話をやっている。これが私には結構あっていて、三日坊主気味の私でも続いている。
講師の出身国が多岐にわたっていて、未踏の国ならその国の事情を聞いたりできるし、訪問済みならその時に感じたことを共有できるのが良い。これ、講師の殆どがフィリピン人の某サービスなら絶対続かなかった自信がある。

2019年の目標の一つに、「6000分を達成してプラチナレベルをゲットしてやる!」という、当時の僕としては割と無謀な目標を立てたのだが、何とか年内に到達できた。
うん、素直にウレP。(古い)
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その他の目標は惨憺たるものだが、諦めず、残り半月も気を抜かず走り抜けたい。
例年ならアフリカ行きの計画などを立てたりしている時期なのだが、来る年末年始はいろいろと綻びへの対応・改善が必要な、自身及び組織上の問題に向き合う為の時間にすることにしました。
飛躍の為に身をかがめる、みたいな。まぁ、スキーとかは行くんだけどね。

まぁ、その前に忘年会ラッシュに生き残れるのかな(切実)。
皆様もご自愛のほどを。

プチ社長日記:『ToDoリストを作っては消し込んでいくだけの人生』の話

無印良品のチェックリストを愛用している。
移動時には付箋のように貼れるバージョンを使用している。

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必ず僕は、その日の仕事を始める時、そのリスト(なければノート)にToDoを書いていく。
いや、仕事だけではない。週末も私は起きて早々に机に向かうので、1日をスタートする時はリストを作るのだ。
(週末は、土日分を纏めてリスト化する)

『リストを作っては、消し込んでいく。』 僕のここ20年の生活は、ただそれの繰り返しだ。

つまんないかもね。別に毎日ワクワクしてる訳でもないし。
でも、まぁ「そんなもんだよな」と最近は納得している。

考えてみれば、リストを「作れる」のは有難い話だ。
少なくとも、自分の行動を自分で決められるからだ。
たとえそれが「やらなければいけない」と決められたものであっても、自分でリストとして書き出すことは、実行に対する宣言のようなもので、「自分のタスク」と再定義しコミットされるのが良い。

勿論、スケジューラー(Outlook)を見れば会議だなんだと入っているのだが、その残りの時間で取り組むことに関しては、幸いにもこれまである程度は自分で決めてきた。
だからこそ、ではあるのだが、リストを作るのはけっこう悩ましい。ぶっちゃけ、一番頭を使うのがこの5分程度のリスト作成なのである。

欄は13〜14あるのだが、5分や10分で終わるようなものは記載しないので、1日に終わるのは8個程度だ。
じゃあ8個書けよ、ってなるのだが、欲深いのであれもこれもと目いっぱい埋めてしまう。
まぁ、空欄があったら埋めちゃう性分なんですよ。

で、残ったものは翌日に繰り越すので、だいたい8個程度を新規に書き出すのである。
つまり、繰り越されるのは5〜6個というわけだ。
ノートでなくてこのリストを気に入っているのは、新規アイテム8個に対して繰越しが5〜6個というバランスにある。

不思議なことに、繰り越されるアイテムが翌日に消化されるかというと、そんなことはない。
1週間存続するものもある。

「やるべきもの」を評価する時、「緊急のもの」と「大事なもの」の2軸がある。
理想は、「緊急のもの」を早々に捌いて「大事なもの」に向き合う時間をとるべきなのだが、なかなかそうはいかない。
特に仕事の場合は「緊急のもの」(期限が決められているもの)ばかり現れては消化されていく。
一方で、「大事なもの」は「やらなきゃな〜」と思いつつも忙殺されている内に繰り越されていく。
これがなかなかストレスなのである。
ただ、可視化されているのとされていないのは大違いである。
対策を考えるには現状把握があってこそ。

という訳で、今は「大事なもの」にも多少(少なくとも1時間)は向き合えるように調整することを心がけている。
「それ、誰が嬉しいの?」みたいな作業や会議からは遠ざかり、「緊急のもの」を抑えるようにしている。
無論、簡単にはいかない。
でも、緊急じゃないから、と「大事なもの」を放置しておくと、高い代償を来る日がきっとくるような気がしている。ちょっと恐怖にも近い感覚なのだが、その「大事なもの」を1個1個積み上げていった時、意味があるものとなるように希望をもって考えて拾い上げるのは、なかなか知的で楽しい作業でもあるのだ。
そしてそれが、僕を毎朝机に向かわせる動機付けにもなっている。

僕はとりあえず、この習慣をやめる心算はない。
『リストを作っては、消し込んでいく。』
ただそれだけの人生だ。
でも、それも悪くないな、と最近は思っている。

プチ社長日記:『弊社HPリニューアルのお知らせ』の話

弊社、有限会社Ayleeds(アイリーズ)のHPを刷新しました!
ただし会社の中身は1ミリも変わっていません。

https://ayleeds.com/

プチ社長日記:『ハロウィンに仮装しないんですか?と聞かれて』の話

普段の生活がむしろ仮装(厨房)

プチ社長日記:『ラオスいいよラオス』の話

即位の礼による休みを利用して(月曜休んで)ラオス行ってきました。
天皇陛下万歳!!(テレビ見てないんですけど)

金曜夜のフライトで土曜の昼にラオスの首都ビエンチャンに。直行はないのでベトナム/中国/タイのどこかを経由するルートからの選択になります。
宿はクラウン・プラザホテルに。一泊1万円を切る価格で都内だと5万円以上クラスの宿に泊まれます。
この時期、仕事の関係でホテルに缶詰めになることが恒例なんですが、2泊するくらいならいっそ来てしまうのアリだと思いました。
【10月でも泳げます】
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そも、後発開発途上国ということもあって物価が安いんですね。
国民の大半が1日2ドル以下の生活を強いられているとのこと。とはいえ、農業が盛んなので貧しいけどそこまで飢えていないといった感じでしょうか。

仏教(上座部仏教)のお国柄であり、人口も首都でも70万あまり。とてものんびりした感覚が心地いいです。
外国人を見ても割と無関心というか、放置してくれるのはとても助かります。
おカネにも割とクリーンな印象でした。
ご飯はベトナムのお隣なんでフォーが人気。あとパパイヤサラダ。
フォーはもち米が思いの他もっちりしていて、なかなか美味いです。

一方で、まぁ、買い物できるところは少ないです。空港の免税店も免税コーナーと言った趣で、酒たばこ類以外は、もらって嬉しくないものが少々ある程度。買い物いくなら素直に台湾とかですかね。韓国は最近は行く気ないですが。
【空港免税コーナー】
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観光ですが、村上春樹さんが『ラオスにいったい何があるんですか?』という本を出されていますが、まぁ、一般的な印象は「何もない」。まぁ、作品はルアンプラバンでビエンチャンではないのですが。
ただ、仏教寺院は見ごたえありますし、フレンチ・コロニアル様式の古い建物の残る街並みは歩いていて楽しいです。とはいえ1日の午後まるまるあればひととおり見れる範囲。だが、それがいい。

【のんびり】
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【紙幣にも載っている有名なタート・ルワン】
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【寺院は落ち着きます。ワット・シーサケット】
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【凱旋門がモデルのランドマーク。「パトゥーサイ」】
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【凱旋門同様、登れます】
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私も2泊の内、ほとんどはホテルで仕事していたのですが(ただ暑かっただけ説)、午後にタイ国境に行きました。国境越えが好きでたまらない私としては、越えずにはおられません。

普通にトゥクトゥクで国境まで行き、イミグレ抜けます。日帰りなのでイミグレカードにはトランジットに丸をつけろと言われます。抜けたらすぐ左手にある窓口にて4000キープ支払い、バスに乗ります。

【ラオス側ゲート】
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【バスチケット売り場】
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何故か京都のバスが走っています。

【あぁ、おまえ、こんなとこで頑張ってたのね。。】
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ラオスがフランスの影響で右側通行、タイがイギリスの影響で左側通行ですので、ラオス側で道は交差します。
面白いのが国境にかかるタイ・ラオス友好橋(オーストラリア支援で建設)、は鉄道と併用。
鉄道が走る時は道路が封鎖されます。なんでもう少し幅を広めにとらなかったのだオーストラリア人。

【タイ・ラオス友好橋】
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橋はメコン川にかかっていますが、この中心が国境ラインです。
歩いて渡りたいのですが、ここではバス(または鉄道)のみです。

【タイ・ラオス国境】
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タイにつくとやはり街の雰囲気は少し違います。
ブラブラして戻ります。
帰りのバスはタイ・バーツでなくてラオス・キープでも受け付けてくれました。なぜか7000キープなんですけど。
まぁ、物価水準が違うから仕方ないね。

【タイ側ゲート】
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そんなこんなで、アクティビティが盛り沢山でない分、のんびりできて意外とお勧めです。
仏教国なんでビールも飲めるのもいいですな。

【ビアラオは数少ないラオス資本】
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【ゴールドもあるよ。違いわかんなかったけど。右はパパイヤサラダ】
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韓国・台湾・上海ほどの近さではないですが、3連休で狙う価値あります。
多分、また行くとおもいます。

・・・余談ですが、ラオスの国旗を見る度にシャア専用ザクを思い浮かべるのは私だけでしょうか?
似てない?似てるよね? って誰に聞いてるんだ私は。








プチ社長日記:『ある宴にて』の話

先日は、横浜でオンラインコンサルタントを経営している盟友、後藤女史の華燭の典にお招きいただきまして。
式でて耶蘇教徒でもないのに讃美歌歌って、披露宴も呼んでいただきまして。
会場はアニヴェルセルと聞いていたので、表参道のビルが思い浮かんでいた私は横浜会場のそれの豪華さを目の当たりにし、「ご祝儀上乗せすべきだったか?」とか思ってた訳なんですが。

まぁ、何ですね。46歳(後藤女史はもうちょっと若いよ!)にもなると結婚よりも離婚や再婚の方が多くて、肩の力の抜いた式が多いんですが、初婚で国内挙式だといろいろありますわな。
披露宴の円卓は右隣がバングラデシュでアマデールという会社を営むこれまた盟友の抜水氏。来られるかどうか微妙と聞いていたので、ボッチ回避確定で安堵にございます。

同卓に国際経済の新宅教授、及び同ゼミOBの方々。あぁ、後藤は新宅ゼミだったか。
後藤女史はゼミのマスコット・キャラ(アイドル・キャラではない)として愛されているようで、共通の話題で卓を温めるのは大人の嗜みでございます。

で、私の左隣の御仁、口数少なく、クルマできているのかアルコールも口にしない男性が遠慮がちに

(・ω・´ )
「お仕事は何やってるんですか?」と聞かれるので、

( `・ω・)
「あぁ、ケチな会社を営んでおります。あ、私の右隣の抜水さんはバングラディシュで会社経営してるんですけどね。まぁ私の場合は超零細なんですけどね。思うに貴方も会社経営者とお見受けしましたが?」

(・ω・´ )
「あ、、、まぁ、そうですね。」

( `・ω・)
「やはり。いやぁ、お互い大変ですなぁ。」


とか言いつつ名札に目を落とすと、そこには「笠原健治」の文字が。
おいおいおいおい、Mixi創設者やがな。
スカウターでいうと2桁は違いまっせ。なにが「やはり」やねん。。
思わず顔が松重豊さんになるワイ。


でもご本人はとっても気さくで話しやすい方でした。
(ご家族の写真も見せていただきました。)


教訓:自分の物差しで人を測ってはいけない。

プチ社長日記:『納税行為に、インスタ映えを』の話

9月末は弊社(2社)の申告期限であります。
やばい。なんでこんな税金高いんだよ。
いや、税金は重要。警察・防衛・消防・道路・河川管理etc.
税金なかったら困っちゃう。なんで払いますよ。えぇ、払いますとも。
あ、納めるって言うべきですね。

でも、やっぱりこうも税金高いと節税をいろいろ考えるのも事実。
脱税する人も気持ちはわかる。
それを捕捉するために国税庁も大変でしょうな。

いつも思うのだが、税金を高く払った個人や企業には
何らかの(形だけの)特典を与えるべきじゃなかろうか。
因みに大学への寄付金は我が母校の場合、こうなっている。

・5万円以上:校友会支援会員
・10万円以上:賛助会員
・30万円以上:貢献会員
・100万円以上:功労貢献会員
・500万円以上:特別貢献会員
・1000万円以上:栄誉会員
・1億以上:特別栄誉会員

法人だと全額損金算入可で、個人でも寄付金額から2000円を減算した金額を寄付金控除額として扱い、さらに住民税の控除も受けられる自治体もあるよ。
ただ、それ以外での特典は、安田講堂に銘板(貢献会員以上)が提示されるのと、
翌年度に「感謝の集い」(貢献会員以上)に呼ばれるほか、芳名録に名前が掲載されるだけ。
それでも、だがそれでも、なんか寄付したくなる不思議。だって母校だもん。
あぁ、ウチも貢献会員とか名乗ってみたい、もうちょっと早く知ってれば真剣に考えてた。


この魅力を、なんで国税にも導入しないのだろう。
GEO Trustみたいなネットで使えるシール準備するとか。
これだけでも人々の承認欲求に火をつけて、確かなインスタ映えをお約束。
見てる方も、「お、(私の代わりに)税金たくさん払ってくれてありがとう!」ってな感じで「いいね」しちゃう。しちゃわない?
それが駄目なら役所での受付にファストトラック用意したりするだけでもいいような気がする。

え?選民思想?そうは思わないな。
働いて、稼いで納税してる人を称えるのって健全だよね。ちがう?
勤労感謝じゃないですか。無論、学生や研究職、公務員には別のシールが必要だけどね。特に学生や研究職は将来への投資的人材だから。
別に納税額が高いから選挙権を2票与えるとかではない。
まぁ、昔は納税額低い人は選挙権なかったですが。
法の下の平等は大事だが、積極的に納税しようとするモチベーションを高める仕掛けは論じてもいいんじゃないですかね。

まぁ、それでも私は節税できるところは節税して、高額納税をしてくれてる人に「いいね」押すだけですけどね。たぶん。

プチ社長日記:『アフリカ陸路縦断#15:ハルゲイサ(ソマリランド)〜ジブチ(ジブチ)』の話

■ハルゲイサ
翌朝よりハルゲイサの街歩きです。
と、その前にドルを補充しにPremierBankに行ってドルを引き出します。
成田で両替したかったのですが、時間がなかったので。。200ドル引き出すのに6ドルの手数料取られます。高くね?
まぁでも、ドルに余裕があるのは心強いところ。
10ドルだけ両替商でソマリランド・シリングに両替します。手数料抜きの相場は1ドル=8400ソマリア・シリングでした。ソマリア・シリングと米ドルのどちらの支払いも受け付けている店も多いのですが、不思議と皆このレートでしたね。

さて、街歩き、と言っても大して見るところはないです。

東西に走る目抜き通りにそってミグ戦闘機のある記念碑から東に1kmくらい、そこを軸として市場があるので南北500m位に見るべきポイントは収まっています。
それと家畜市場が川の南にあるので、それで街中はほぼ全てかと。
あとはよしなに、というところです。

【ミグの広場】
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ソマリランドに来る人は殆どが、「謎の国家 ソマリランド」(高野秀行氏)を読んで来ると思いますが(私も読みました)、カート/チャット以外の記述は違和感なく受け入れられるところです。
中でも、混乱の中のソマリアにおいて、ソマリランドの平和実現を氏族の観点から整理しているのは秀逸と言えます。
あまり本の追体験をしても仕方ないのですが、安全の象徴ともいえるオープンな両替商などは普通に見れます。

【両替屋】
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翌日にはジブチに向かわないと流石に帰国が間に合わず、お客さんに怒られてしまうのでジブチ行きの足も探します。
バスターミナルをうろうろして聞きまわるも(そして聞いた人が、「おい、ジブチ行きってどこから出るか知ってるか?」と声をかけてすぐに10人くらい集まる)あまりヒントを得られませんでしたが、一人の流暢な英語を操る人に言わせると「ここみたいな市中のバス停からは出てなくて、タクシー捕まえてジブチ行きの車が出ている所まで連れて行ってもらいなさい」とのこと。
もう一声、情報が欲しいのですが、それ以上は聞き出せず、どうしたものかと思っていたのですが、そういやオリエンタルホテルに行けば何か聞き出せるかもと思い、昼飯がてらに訪問します。


【オリエンタル・ホテル】
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昼飯は豪華(といっても8ドル)にいきます。米が美味い。ビール飲みたいですが、残念ながらイスラム国家なので置いてません。
バー風のお店も酒は置いてなくて、あるのはcocktail(カクテル)を真似たノンアルコールのmocktail(ニセテルと命名)ばかり。

飯に感動して本来の目的を忘れかけましたが、フロントでジブチ行きの話をすると、「翌朝9時〜10時の間に来い。その時間、詳しい奴がいるから」とのこと。
決めきれなかったですが、まぁ、糸口は掴んだのでよしとします。

その後はダラダラ市場の方へ。なかなか面白いのですが、モロッコほどの大きさはなく、まぁこんな感じかな、と言ったところ。
外国人が少ないので、もしかしたら掘り出し物が見つかるのでは?と時計など見ますが、どれも粗悪な最近のものばかり(古いカメラや時計を探すなら、今のところイランがお勧めです)。
1000シリングでライターだけ買って終了。

【市場】
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【どう見ても出られなくて詰んでるスイカ売り】
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【結局、食べる】
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走っている車はほぼ全てが日本車(中古車)です。タクシーは何故かほぼ全てトヨタのヴィッツです。
家畜市場へ向かうために乗ったのですが、2千ドルで購入したと言っていました。
うーん、日本からの輸送費込みでそれなら安いよね。
普通に車検のシールとかが日本のそれなので、日本から来てるのは間違いないです。

【家畜市場。早い時間に来るべきだった。。】
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【売れ残り疑惑】
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そのほかにも昔、父親が転がしてたクラウンを見つけてしんみりしたり、親父の友達が誇らしげに買ってたカリーナEDを見て懐かしい気分に駆られました。
つーか、カリーナEDって、今考えたらすごい車名ですわな。
まぁ、確か僕が中学生くらいだったと思いますが、当時は普通にインポはインポと呼ばれてたからだと納得するなど、時代の変遷に思いを馳せる私@ハルゲイサの午後であります。

残りの時間は茶店にてソマリ・ティーを飲みながらひたすらダラダラ過ごします。まぁ、このダラダラが一番の贅沢なんですが。
茶店は男性のみで、ごくまれに女性と子供だけが小規模に集まる井戸端会議的なものを除けば、茶店は全てオッサンで溢れかえっております。
オッサンみんなで甘ったるいソマリ・ティーを飲んで談笑する絵面は決して美しくありませんが、酒が禁じられているイスラム世界ではよく見る光景ではあります。

好奇の対象である外国人の私は、茶店ではどこでもいろいろ聞かれますが、フランス語を操るソマリ人はいても英語はそれほど強くないと見えて、ひとしきり会話すると大体終了です。なんか知ってるフレーズ全部言い尽くして相手が満足するまで付き合うゲームみたいなもんです。その相手が去るとまた同じことの繰り返しです。Here comes a new challenger!!みたいな。
おつかれ、俺。

【ソマリ・ティータイム】
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1人、事情通の方がいて、南部ソマリアの情勢などを教えてくれました。カート文化とか。
ただし、残念ながら内容的には目新しいものは特になく前述の本の内容どおりといった感じでしょうか。
どうしても、攻略本を見てからゲームするような感覚だったので、これからソマリランド来られる方はロンプラその他で最新の治安情報を確認するだけの方がいいかもしれません。
それだけ、かの本の内容は正しいということでしょうか。
帰国後読まれる方が良いかもしれません。人によるでしょうけど。

***
因みにですが、今回、割と写真に私が写ってるのですが、これには理由がありまして、この地域の人々はカメラを向けられるのをすごく嫌がるのです。上の家畜市場に写ってる方などは承諾を得ているのですが、街角スナップは嫌がられてトラブルを招きかねません。なので、「自撮りに写った背景」みたいな扱いで写真を撮っています。
***

アルコールやカート(チャット)を嗜むか?と聞かれますが、とりあえず前者はノーと答えるのがここでは正解かと。
だいたい「グッド」と言われるので。
ハルゲイサは安全ですが、相手がもしアル・ハジャーブだとアルコール飲んでるだけで即アウトなんで(つーか、戒律的にアウト。アウトの時の反応が過激派かどうかの分水嶺)、ここはノーの一手かと。
カートはグレーみたいです。普通に売っているのですが、一応、おおっぴらにしないのが暗黙のルールの模様。
エチオピアのようにあっけらかんとはしていないです。

その後も茶店を転々としたのですが、良い写真を撮りたさに上に登れるところを探していたところ、1件だけ屋上にレストランがあるビルを発見。登るとまだ店は準備中で、親父が大量の人参を千切りにしてましたが、快く迎え入れてくれました。
ここではコーヒーを飲みつつ、給仕の青年と話せたのはいい思い出です。

【メインストリート】
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宿に戻って睡眠をとると23時過ぎに目覚めてしまいました。
夜のパトロールに出かけます。というか、口寂しくてカート買いに行っただけですけど。
こちらのカート(チャット)は1束5ドルとエチオピア南部より高く、単純にハルゲイサの周りにカート畑がないからでしょうが、鮮度も落ちる感じです。

【夜のハルゲイサ】
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【深夜のカート売り(撮影承諾済)。ただしカートは毛布で隠されている】
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とりあえず購入して夕方までいた茶店に向かいます。
実は茶店の客の一人から「夜10時からここでカートやってるから来い」、と言われていたので、カートというより四方山話でも聞こうと思っていたのですが、なんと行ってみると茶店そのものが消失してました。
朝まで生カートを期待していたのですが、残念無念。出来上がってるタイミング見計らったつもりでしたが、遅すぎたのかなぁ。。

ただ、カート持ってうろうろしてると親しみがより沸くのか、より話しかけられます。
適当に若者にカートをあげつつ(普段からアルコールやニコチンに触れていると殆ど効かないので、実は私はそんなにカートに興味ない)、宿に退却します。
帰ってきたのは1時前でしたが、まぁ、安全な街だなと思います。女性の一人歩きも見かけましたし。

宿に戻り再度就寝ですが、窓が全開だったので蚊が結構おりまして。。。
ひたすら格闘していたのですが、どういうわけかこちらの蚊、刺されても殆ど痒くならないことに気づきまして。
殺した蚊には自分の血がついてるんで、確実に吸われてるんですけど、どこがやられたのか分からないという。。。

だったら血くらいくれてやるわ、と思い直し、普通に寝ました。


さて、朝は軽く雑事をこなし、9時にオリエンタルホテルに向かいます。
手引きをしてくれるのは、ホテルのコックでした。
全部で50ドル、10ドルを前金として渡し、16時半にホテル再集合です。

それまでは街をブラブラしたり、茶店で日本から持ってきた本(何故か大江健三郎自選短編集・・・)を読んでのんびり過ごします。


■ジブチへ
タクシーに乗って街の北側の方へ。
ここには数台の4WDが停車しており、数台でジブチ国境へ向かう模様です。
地図にある道ではなく、砂漠を突っ切ります。直線距離では短いのと、おそらく、街道沿いはディルという、一応国家を自称している連中の勢力圏であることも理由の一つの模様です。

【出発準備中】
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荷物を屋根の上に括るのですが、PCその他は常に手で持ちましょう。
私、ちょっと放置した隙にSURFACEの画面割れました(涙)。

とっぷり暗くなった18時以降、それぞれの車は出発します。
どうやらバスではないので、夜に営業しても大丈夫っぽいです。例によってギチギチに乗り込むんですが、贅沢も言ってられません。不測のトラブルに備え、3台程度で隊列を組みます。

気づけば砂漠を走っています。
満月に近かったせいで、満天の星空は堪能できませんでしたが、月夜の砂漠というのはいつみても美しいものです。

ここでもやたらと世話好きなオジサンにコーヒーやら奢ってもらいます。
きっと私より年下なんですけどね。黙って恩恵にあずかります。
まぁ髭生やすムスリムは老けて見えるから仕方ないね。

【夜の茶屋】
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・・・途中、車が停止したので降ります。
なんでも雨で河ができております。砂漠でも河は流れます。で、それぞれ二手に分かれて渡河ポイントを探るということは理解しました。
いろいろ探りつつ、ここがいいんじゃない、というところを見定め、一気に渡河します。
水がフェンダー辺りまで来ましたが、さすがランドクルーザー、オプションのシュノーケルは伊達じゃない!
海外のランクルってシュノーケル付きを結構みますが、ネパールとここのランクルにおいては大活躍です。
日本の街で見かけるランクルって、そのスペックを引き出せずに終わってる車両、結構あるんやろなぁ、とか考えてしまいます。

朝、3時半ごろ、幾つか目の集落に到着して降車。
さっきから親切なオジサンが寝ろというので、私も並んで雑魚寝であります。
2時間くらいここで休むから、ということで、そりゃ寝ます。

【仮眠】
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夜が明けて日の出を拝む。遠くにはぐれたラクダなどを見つつ、歯磨きなんかしてると俺いったい何やってるんだ感が出てきますが、その感覚、嫌いじゃないんだなこれが。

【夜明け】
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そこからさらに2時間弱ほど走り、まだ9時前に国境到着。
国境が開くのを待って、通ります。

【国境】
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因みに、ソマリランド側のイミグレーションの建物は、日本政府の寄付によるものです。
ナイス日本政府。
国境は緩衝地帯を歩いて通るシンプルなスタイルです。

【GJ】
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先達のブログにはこの緩衝地帯でムスリムに襲われているので、なぜか石、途中からお誂え向きな棒を持ちながら移動したものの、まぁ、安全でした。
この先達さん、別の記事で見たのですが、黒い帽子を被っておられたので、イスラエル系と間違えられたのではと思料。

ジブチ側のイミグレは少し待たされます。
パスポート回収されて、順番に呼ばれるパターンなんですが、どうも非効率。
1時間ほどして晴れてジブチ入国です。

国境から街までは距離があります。
タクシーの客引きに50ドルとか言われます。一晩走ったのと同じ値段じゃねぇか。
スルーし、待っているおっちゃんに聞くと30ドルくらいじゃね?とか言います。
それでも高いよ。
でもまぁ、暫らく待ってみたものの、そんなに車がないので、運転手に行き先を告げ、乗り込むとさっきのオヤジが乗ってきます。
運転手とグルだったかな、と思ったので「お前も乗るなら運賃は折半だ」というと「いやいや、友達じゃねぇか」とかいって便乗しようとします。
「お前は友達じゃない。もう煩いから俺に話しかけるな」などと言ってると、運転手がそのオヤジを降ろしてくれました。
「すまなかったな。お前の友達かと思ってたよ。」とのこと。
そのドライバー(前に2人乗っていて、兄弟だった)は結構いいやつで、いろいろと街のことを教えてくれます。

【ジブチ港】
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そうこうする内に宿に。
最終日なので宿は奮発してケンピンスキーとかいう、無駄にゴージャスな宿に泊まります。
まぁ、砂漠の雑魚寝のあとなんで、宿泊費2日分ということで。
ジブチは水道がほぼ海水疑惑ありますが、さすがに良い宿の水は大丈夫です。それでもバスに張るとちょっとお湯が茶色いけど。

【無駄に豪華】
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その日は大人しくホテルに籠って仕事やジムでワークアウトなどします。

ジブチは塩湖などで有名(死海より塩分高いとか)らしいですが、翌日はおとなしく街歩きだけです。
Facebookで、イエメン料理の名店を友人に教えてもらったので訪ねてみたのですが、まさかのクローズ。

【イエメン料理屋】
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高地にあるアディスアベバと違い、ジブチは海沿いですから当然標高が低く、めちゃくちゃ暑いです。
昼間は人影もまばら。ビーチで多少遊んでいる人がいる程度です。

【ビーチ】
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暑さのせいでしょうか、なんか頭の悪い兄ちゃんに付きまとわれたのですが華麗にスルー。
なんか「FBI」の帽子被ってて「俺はFBIの人間だ」とか言って近づいてきて、無視しても2kmぐらいついてきてウザかったです。FBIはアメリカの組織ですってば。

さて、本日は帰国の日なのでジブチ空港までタクシーで行きます。

【ジブチ空港】
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免税店は大したものがなく、キットカットを高い値段で購入したのに溶けてました(涙)。まぁ、暑いから仕方ないね。
【裏側かと見紛う見事な溶けっぷり】
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紅海・アデン湾に面しているジブチ。日本も自衛隊がソマリア海賊からの護衛任務で派遣されています。対岸がイエメンということもあり、この空港にはフランス軍のミラージュが10機、C130 も1機駐留しています。飛行機を待っている間にもミラージュが4機飛び立つなど、独特な緊張感のある空港です。

【待合室から見えるミラージュ】
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アディスアベバ経由で帰国。次回のアフリカはジブチからエリトリアに行くか、アディスアベバからスーダンのハルツームを目指すか、現時点ではまだ決めかねています。

プチ社長日記:『アフリカ陸路縦断#14:アディスアベバ(エチオピア)〜ハルゲイサ(ソマリランド)』の話

■アディスアベバ〜ハラール
G.W.に続き、夏休みにまたしてもアフリカに戻ってまいりました。
今回はエチオピアのアディスアベバから東進し、ソマリランドのハルゲイサを訪問した後、ジブチへ行く予定です。
当初、スーダンを通ってエジプトのカイロに向かう予定でしたが、もしかしてジブチからエリトリアを抜けてスーダン(ハルツーム)目指した方がよくね?という疑問が頭をもたげ、とりあえず先にジブチに行くことにしました。
エチオピアにはアライバルビザで入国することとし、ソマリランドビザをエチオピアで取得する(日本で取れない)ので、ジブチのビザだけ事前取得です。
大使館は目黒にあります。とても感じの良い女性が対応してくれました。

エアチケットについては、珍しくエクスペディアでトラブったのですが割愛します。
遅延で有名なエチオピア航空ですが、私自身も当日遅延し、空港カウンターでは間に合わないので慌てて空港行きの電車内でオンラインチェックイン、その後搭乗口までダッシュです。
まぁ、結果だけ見ればエチオピア航空も遅れたので余裕でしたけど。
盆最初の3連休とはいえ、22時台の成田はカウンターも閉まってひっそりしています。

登場後、メラトニン飲んでソウルまで爆睡、その後もアディスアディスアベバまで寝まくりです。

アディスアベバには朝の7時着。空港外まで歩いてタクシーを捕まえます。今回はヒルトンとれずでラディソン・ブルホテルに投宿。タクシーの相場は150〜200ブルです。
このラディソン・ブルの中にはトモカコーヒーの高級版があります。本店の方が味がありますが、こっちもまた落ち着いていて良い感じです。ケーキも食べられます。

【ホテルから望むアディスアベバ市内】
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アディスアベバ観光は前回あらかたしているので、ホテルに籠って仕事の残りをやっつけます。
ただし、2つだけやることがあります。
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▲魯蕁璽襪、ディルダウまでのバスチケット確保
です。
,任垢、こちらは一度宿に到着して荷物を降ろしてからソマリランド大使館に向かいましたが、大使館は空港近くなので、開館までの2時間ほど時間を潰してから直接向かってもあまり結果は変わらなかったかも。
偉大な先達のブログなどをササッと予習していたので、100ドルと写真とパスポートID頁のコピーを持って行きます。
ソマリランド大使館は、通常、門扉を閉ざしているのですが、「たーのーもーう」ってな感じでノックすると開けてくれます。

【ソマリランド大使館。ちゃんとしてる】
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ほぼ朝9時(ソマリランドのローカル時間でいうところの3時)に到着。準備万端で挑んだので余裕です。
が、てっきり100ドル手渡しかと思いきや、銀行の口座番号を渡され、「エチオピア商業銀行が近くにあるから、そこで振込んで、そのレシートを持ってきて」と言われます。

なるほど、と大使館を出て150メートルほど歩いた商業銀行で振込み、また戻ってきます。
・・・ということなので、アディスアディスアベバでソマリランド・ビザを取得される方は、銀行の窓口の時間にも左右されます。一応、銀行の人に「何時まで開いてるの?」と聞くと「11時半」と言われたので、これは我々のいう所の17時半です。
が、窓口も混雑しているので、午前中に向かわれることを激しく推奨します。
ビザ取得後は近くのエドナ・モールで昼食とってビールをあおってからホテルに戻ります。

【エチオピア商業銀行】
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【エチオピア定番ビールの一つ(数種類ある)】
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【エドナモール周辺】
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さっきからチョイチョイ出てきてますが、、エチオピアはエチオピアのローカル時間で動いています。
「1日の始まりは日の出であるべし」という思想なのか、我々の朝6時が午前0時。夕方の6時(我々の18時)でリセットされて午後0時です。
アナログ時計も、デジタル時計もエチオピア時間に合わせていますが、GMTベースの時刻を刻んでいる時計も混在しているのでややこしいです。

,離愁泪螢薀鵐疋咼脅萋世あっさりいったので、次は△琉榮絢蠱覆粒諒櫃砲箸蠅かります。

アディスアベバに陸路でやってきた時と違い、北方へ向かう場合には市中心部であるマスカル広場南側が、出発するバスターミナルになります。便利ですな。

ホテルから広場までは徒歩圏なので歩き、コンテナを改装したセーラム・バスのチケット事務所でチケットを購入。
ハラール行きは売切れだったので、まぁ、手前のディレダワでいいやと即決。朝4時半発の便です(実際には、その1時間後くらいに出発だったけど)。
はええよ。エチオピア、夜のバス運行が禁じられているから仕方ないけど、概して朝早すぎない??ホテルの朝食を食べられないんですけど(涙)。


■ディレダワ〜ハラールへ

朝3時に起きて身支度をして、暗闇の中をマスカル広場まで歩きます。

【早朝のマスカル広場バスターミナル(暗い)】
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この時はディレダワに行く気でした。
セーラム・バスは高級とどこかの先達ブログで見たのですが、今となっては中級かと。Zeemenバスとかの方が新型車両を投入しています。
日本の旧型車を使用していました。特にトラブルなく昼の14時頃に到着。思ったよりも早い到着でした。やったね。

因みに途中、道端で休憩していると2人組に話しかけられましたのですが、普通にAK-47持ってました。
でも、英語も話せるし、特段怖い感じはないですね。
【ディレダワへの道 
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休憩で降りた宿場ではコーヒーを飲みます。エチオピアはどこでも安くて美味しいコーヒーが飲めるので、コーヒー好きには最高です。
【ディレダワへの道◆
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ディレダワはアディスアベバ〜ジブチ間の鉄道開設により栄えた街です。もともとはハラールを経由する予定だったのが、コスト削減のために北側にずれ、そこが新たに街として発展した経緯とのこと。
2008年に鉄道は運休したものの、最近になって中国の投資で新たに誕生、となります。
途中、バスは線路に並行して走るのですが、時々、きれいな鉄路を見ることができました。
基本的に古い鉄路は放棄され、新しく敷設し直しています。

ディレダワ駅ですが、先達のブログによると鉄道博物館なるものがあるそうで、ジンバブエのブラワヨで類似の博物館にはまった私は、結構楽しみにしてきました。

【ディレダワ駅。手前は保存車両】
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・・・が、閉館しており、明日なら開いてるよ、とのこと。
未練がましく駅の周りを1周するも、規模はブラワヨのそれよりぐっと小規模の様だったので、さすがにこの為に1泊はなー、と思い直し、意を決しハラールまで足を延ばすことにします。
バスターミナルに行くと、ハラールまで800ブルとか言ってきます。値切っても500ブル。いやいや、ここまで400ブル未満で来たのでそれはないだろう、と近くの老人にぼやくと、「ここは契約車ばかりだから、公共バスはここじゃないバス停だよ」と教えてくれ、グーグルマップ上にプロットしてくれました。
だいぶ西のはずれなのでバジャージで向かい、聞くと35ブルとのこと。やれやれ。
車内はまたもカート(チャット)パーティでしたが、アディスアベバ近辺はエチオピア南部と違って、割と隠れて満喫している感じです。シティボーイだからか??

ハラールですが、夕方の渋滞に巻き込まれて2時間半ほどかかりましたが、暗くなる直前に到着。
途中、女性グループに親切にしていただき、「ついたわよ」と起こしてくれます。
そのまま街の入口にあった宿に飛び込み、部屋を見されてもらって即決です。
まぁ、暗くなってから荷物持ってうろうろしたくなかったので。

晩飯はエチオピアのビールとピザ。ここはイタリアの植民地だったこともあって、イタリア料理はあなどれません。
そしてこれからムスリムの国に行くので、どうしてもアルコールの飲み溜めに走ってしまいます。(言い訳)

■ハラール
6時前に起きて街の散策へ。世界遺産にも指定されているらしいですが、旧市街は見ごたえがあります。
とはいえ、そんなに規模は大きくないので、半日もあれば十分ですけど。

【旧市街ゲート】
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【旧市街 
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【旧市街◆
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ハラールはキリスト教のエチオピア正教が主流のエチオピアにおいて、イスラム教の砦ともいった場所で、アラビア半島との交易の拠点(ムスリムは歴史的に交易上手ですよね)となった場所です。
文字通り城壁があり砦化されています。
今もムスリムが多いですが、特に問題なくキリスト教徒と仲良く過ごしていると言われています。
(近くのディレダワでは昨年暴動があったと聞きましたが。)

【ハラール城壁】
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コーヒーも有名で、ハラールコーヒーの名を聞いた方も多いかと思います。
本場は砂糖を敷き詰めたカップにドロッとした濃厚なエチオピアコーヒーを注ぎ、香草を噛みながら飲んだり、砂糖のかわりにヤギやラクダの乳を入れたりします。何度も言いますが、おいしいです。まぁ、美味しいというより、「癖になる」というのが近いかもしれませんが。

文学界きってのイケメン(と私が思っている)アルチュール・ランボーもここに滞在したことがあり、タクシーのドアにランボーの肖像が描かれたりしています。

【ランボーの描かれたタクシー】
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ランボーの「地獄の季節」は全然わからなかったですけどね。。。(遠い目)
タクシーと言えば、旧型プジョーのタクシーが非常に多く、ちょっと昔にタイムスリップした気分になれます。
まだ行ってないけど、キューバもこんな感じなのでしょうか。

■ハルゲイサへ
11時前にはバスターミナルに向かい、ソマリランド国境近くの街、ジジカ行きのバスを探します。頻発しているらしく、あっさり乗れました。
途中、知り合ったガミラというジブチ人女性およびその母親と姉と親しくなり、一緒にバナナ食べたりジュース奢ってもらいながら楽しくすごします。いいんでしょうか、46歳にもなって奢ってもらってて。だいたいムスリムの国は旅人をもてなす文化からか、私はいつも奢り負けます。エチオピアとか国民一人当たりGDP500ドルなんですけどね。隣のジブチでも1500ドルなんですが。
バスですが、人間以外にヤギも乗っててカオスです。

【誰ですか。ヤギ乗せたの。】
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ジジカからはそのまま国境の街、ワチャーレ行きのバスに乗り継ぎます。
とりあえずテキパキと決めるガミラちゃんにバス代くらいは出します。

しかしこれがガミラちゃん達のサービス精神に火をつけたのか、いろいろ面倒を見てくれます。
いや、いいんだけど。しまいには自分のサブ携帯のSIMを引っこ抜いて「連絡できなくなると困るからこれ差しなさい」とまでくる始末。いやいやいや、結構ですってば。
まぁでも、話を聞いていると女性3人の旅は心細かったようで、その後、彼女たちとは結局ハルゲイサまで一緒だったのですが、いろいろ交渉も買って出たりして持ちつ持たれつになれたんじゃないかと勝手に思っています。

ワチャーレまでのバスはガミラちゃんの活躍で最前席をゲット、見晴らしは良いのですが、道中は検問も多く、なかなか進みません。
挙句に雨にも降られ、ちょっと中途半端な場所でバスは停止、そこからバジャージで国境まで向かいます。

【中途半端な場所】
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国境ですが、それぞれの緩衝地帯との境界にはロープが垂れているだけのシンプルなものです。
それぞれのイミグレで私はスムーズに進んだのですが、ガミラちゃん一家の母親が賄賂を請求されて激おこ。
え?よりによってなんで彼女に?と驚くも、とりあえず交渉して事なきを得ました。

【エチオピア側イミグレ】
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【国境(ロープ)】
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【国境近辺は雑然としております】
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ソマリランド側の道をずっと歩き、ワチャーレの街の奥の方にあるバスに乗り込み、ハルゲイサへ向かいます。
やはり国力の差か、エチオピアに比べると道路の舗装状況がよろしくなく、バスも減速を余儀なくされます。
途中、雨で道がぬかるんだこともあり、夜の20時過ぎにハルゲイサ着となりました。

バックパッカーに有名なオリエンタルホテルを目指していたのですが、渋滞につかまり、
もうあとわずかという所で目に付いたSUGAALとかいう名前のホテルに泊まることにし、バスから降ります。

清潔でしたが15ドルはちょっと高い感じ。まぁ、安全を買ったと言い聞かせ、ピザ食って泥のように眠ります。