プチ社長日記:『ザヘダーン(イラン)〜クエッタ(パキスタン)陸路越境』の話

JUGEMテーマ:世界一周の旅



今回の旅(2018年2月3日に日本を出国し、3月20日に無事帰国)の難関と思われるのが、イラン⇒パキスタンの国境越えである。

イランのザヘダーンから国境へ向かい、その後パキスタン側の国境にある町タフタンを経て、バルチスターン州の州都クエッタまで行く道のりだ。

念の為、書いておくが、当該領域の殆どは外務省の安全ページではLv.4の退避勧告領域にある。
くれぐれも自己責任で行動していただきたい。(Lv云々に関係なく、旅とは元々そういうものだとは思うが。)

【外務省HPより。捕まったら迷惑かけず、おとなしく死ぬ覚悟で】
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尚、越境に当たっては、外務省の安全レベルだけでなく、各国の該当するページ等も参考の上、最新情報を収集されることをお勧めする。
この他、今回の越境に際しては、当サイトを大いに参考にさせていただいた。
(当サイトには今回のフィードバックを送信予定である。)

因みに、一人の場合、英語が話せない方は行かない方がいいだろう。(正直、キツイ。)
ウルドゥー語も挨拶や簡単な会話くらいは身に付けた方が良いと思われる。
要は、「あなたの国の文化を尊敬していますよ」というのが伝わればいいと思う。(最後はキモチ。)
それなりに経験のある方向けのルートになるが、それでも行く価値はある。
(私はイランもパキスタンも今回が初めてではない。)

■ザヘダーンへ:1日目

イランのヤズドにいる頃に越境のタイミングを測っていたのだが、当初の想定(と言っても直前に決めているのだが)であったバムの城塞見学を盛込むのは厳しい状況であると判断し、一気にヤズドからザヘダーンまで夜行で向かうことに変更した。
ヤズドを18時38分発の夜行に乗るとバムには早朝4時頃、ザヘダーンには8時頃着くと駅員に聞いた(実際には9時半頃に到着したのだが)、バムへ早朝に着くのは構わないが、ザヘダーンに着く時間が問題だ。
【ヤズド駅】
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越境に際しては、下記2点を重視していた。
.競悒澄璽鵑悗僚蒜颪魏麋鬚垢襦
△覆襪世荏瓩せ間に両替を済ませて国境に到着し、国境泊を回避する。

上記の内、,蓮▲競悒澄璽鵑暴蒜颪垢襪函▲曠謄襪当局への連絡義務を負い、結果、国境までイラン側の警備が付いてしまうので時間を消費する。
(もし、警備が必要と思われるなら構わないが、私は日中の移動ということもあり、そう思わなかった。)
△蓮∩瓩国境に到着すれば、その日のうちにパキスタン側のダルバンディーンまで移動できる為である。
どこの国でもほぼ共通して、国境に長居は無用だ。

両方とも前述のサイトに書いてあったからであるが、△篭饌療に何時頃まで行けば良いかは書いていない。
また、,砲弔い討蓮▲競悒澄璽鵑貿颪泙蕕困縫丱爐悗僚蒜颪魎めていた。

しかし、仮にバムに宿泊した場合、朝4時に街を出てもザヘダーンに着くのは8時だ(と思っていた)、これ以上遅くては△播日にダルバンディーンまで行くのは厳しい。ならばそのまま行ってしまおう、ということにし、列車の中でバム〜ザヘダーンの追加分料金を支払い(20万リヤド)、終点まで進むことにした。
結果、私がいたコンパートメントは、全員がザヘダーン行きとなった。
月夜の砂漠を進む列車からの眺めは素晴らしく、ふと雪原を走っているような錯覚さえ覚える。
この時は目的地変更が上手くいったと満足げに車窓を眺めていた。

■国境(タフタン)へ:2日目

結論から書くと、この夜行列車の目的地をバムからザヘダーンに延長したのが裏目に出た。
パキスタン側で国境から警備隊が出立するのは朝8時〜9時頃であるようだ(当地で8時頃、と聞かされた)。
私の場合は、トラックの着火プラグが古く、いろいろ手間取って10時発になったが、先客がいればともかく、8時頃に行って「では、お願いします」というのは通用しないように思えた。

その場合でも、国境の審査で1時間、ザヘダーンから国境までの移動を1時間とみると、朝6時にはザヘダーンにいないと間に合わないのである。
仮にザヘダーンに宿泊した場合も、イラン側の警備隊がそんな朝早くエスコートしてくれるかは疑わしい。
結果、車でキャンプしている方以外は、上記 ↓△鯲称するのは難しいと感じた。
バムに宿泊する場合は、国境で1日足止めを喰らうのは覚悟した方が良いだろう。

寧ろ、国境で1泊するのは覚悟の上で、バムなりザヘダーンなりで観光でもして美味しいものを食べてから国境に到着するのが正解だと思われる。
【ザヘダーン駅】
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これらは当然、後になって判ったことなので、私はザヘダーン駅に到着後、先を急いですぐにタクシーと交渉した。

この辺まで来ると英語を話せるドライバーが少なくて苦労するが、逆に流暢に話せると「やたら観光客慣れしてるからボッてくるのではなかろうか」とジレンマに陥るのが自分でも面倒くさい。
ドライバーと交渉中、丁度英語ができる人がいたので仲介してもらい、両替商経由で60万リヤド(16ドル)となった。
後で国境の係員に聞くと20万リヤドでも来れると聞いたが、ヤズドの相場から換算しても悪くはないと感じたのと、
乗合いではなくて両替商経由で外国人相手なら仕方ないと自分を説得した。
安く旅するのが第一目的ではないのだ。

両替だが、タクシーの運転手が奮闘してくれて何件か当たってくれたのだが、どれもレートがよろしくない。イランでパキスタンルピーを入手するのは最小限にした方が無難ではあるので無理はせず、少量だけ両替する。
尚、国境でも両替できるのだが、レートはこちらもよろしくない。
ただ、イランのお金はここでほぼ全部換金した。

いろいろ街をさまよったが、両替も済んだのでいよいよ国境へ向かう。
一応、ここから外務省の安全情報的にはLv.4なのだが、道は見通しがよくてチェックポイントも複数あり、通行量もそれなりにあるので、危険は全く感じなかった。

【ザヘダーンからタフタンへ向かう】
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イラン側国境では何故か観光事務所を開いているオッサンの営業の手伝い(宣伝してくれと頼まれる)をさせられたものの、特に問題なく出国。国境の施設も充実していると感じた。

一方、パキスタン側はセメントで固めた小屋みたいなのが入国管理局である。
何というか、国力の違いを如実に感じる。
内容については、簡単な質問に答えるだけで、特に問題はない。

で、「このオッサンに付いていけ」と言われるのでバイクで仲良く2ケツして、すぐそばの警備隊駐留所に連れていかれる。
この警備隊は「リーバイズ」と呼ばれている。
いよいよ出立かと思ったが、ここで、「ハイ、じゃあ明日までここで待ってね」と粗末な部屋に通される。
まだ12時前である。
ほぼ一日ここで過ごすのか、、と思うとゲンナリで、バムもすっ飛ばして急いで来たものの報われなかったが、これも経験である。
まして、飯も出してくれるのだ。コンセントは部屋の外にしかないけれど、まぁ、安全なだけ良しとする。

【リーバイズ詰所】
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【ごはん(無料)】
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【宿泊部屋】
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※窓は破れており、床はほぼセメント。夏は相当量の水を持参した方がいいと思われる。

■タフタン〜ダルバンディーン:3日目
8時に出発と聞いていたが、前述のとおりピックアップトラックの調子が悪く、結局10時前に出発となった。

ピックアップトラックの荷台に乗り込むのであるが、本日の「荷物」は私だけである。
リーバイスの各管区で、バケツリレー形式に要警備対象者が運ばれる、という塩梅である。

【タフタンの街並み】
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軍のチェックポイントも別にあるが、リーバイスのチェックポイント3カ所で車を代え、結局のべ4台でダルバンディーンに到着。
3月月初だったので、トラックの荷台は頗る気持ちがいい。

【軍のチェックポスト】
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【リーバイズのチェックポスト】
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【途中すれ違ったタフタン行きの列車。一応客車が連結されているが、乗れるかは不明。】
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【よくこんな線路走るよな。。】
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【リーバイズの主武装はAK-47】
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【陽気な隊員】
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基本、東に移動しているの午後には荷台への日差しに遮るものがなく、少々暑かったが、バスより快適で無料、そして警備付きなので文句のつけようがない。
因みに、実際には私以外に多少の管区間の物資が積まれており、水や、何故かテーブルセットなどが運ばれていた。

ダルバンディーンには指定のホテルに泊まることになる。(1000ルピー)
警護の人の隣室に泊まるのだが、何故かその分も負担してくれと頼まれる。
部屋は超低速ながらもwifiが使用でき、お湯も10分くらい我慢すれば出てくる。
事前に持っていた情報よりも遥かに使い勝手が良いので文句はない。
ただ、パキスタンにありがちなのだが、トイレは超絶汚い。
因みに私が今まで出会った最も汚いトイレも、前回のパキスタン(ギルギット)訪問時であった。

余談だが、警備の方はなかなか面倒見がよく、2時間に一回くらいドアをノックしては「大丈夫か?」と
聞いてくる。もう、ドアに「No problem.」と紙に書いて貼っておこうかと思うくらいだ。
そんな訳で、(安全ではないのだろうが)危険は全く感じなかった。

【一緒に宿泊するリーバイズ隊員。親切。】
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■ダルバンディーン〜クエッタ:4日目
さて、4日目である。
宿での朝食はなかったが、事前に指定された8時半丁度に出発。
昨日と同じ、一日中ピックトラップの荷台で移動である。
ただ、各管区が細かいのか、やたら乗り換えが発生する。
途中から数えるのを諦めたが、10台以上である。

【チェックポストをひたすら通過する】
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【写り悪いですが、そこかしこにプチ竜巻が。】
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【西日はつらい】
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乗り換えは基本的にリーバイスの詰め所で実施されるのだが、稀に、ただの道端で交代となる。
詰所では、だいたい名前その他の情報をノートに記入した後、チャーイや水を貰えたりする。
無線はあるものの、隣接する管区との連携が決して良くはないので、隣の管区からトラックが来るまでの間は雑談タイムである。

【雑談タイム】
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稀に彼らの「お祈りタイム」になる。日没時は、詰所ではなくて道端の祈祷スペース(結構、多数存在)に寄ってのお祈りである。
ただ、彼らは交代制であるが、運ばれている私の方にはランチタイムはない。
トラックに揺られる2日間は水とビスケットだけで凌いでいたので、両方とも事前の購入を推奨する。
(国境のリーバイス詰所のすぐ隣にATMと店がある。頼めば一緒に連れ出してくれる。)

道中の景色は、砂漠、礫漠、山岳地帯と意外に変化に富み、見ていて飽きない。
荷台は一人のことが多いが、後半になるに従って人数が増えて荷台に一緒に乗ってきたりして、それもなかなか楽しいのである。

【砂漠地帯】
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おそらく、タフタン周辺の危険は少ないと思われる。荷台に乗っていても、正直、あまりにも何もないので警備の必要性が疑問だったし、実際に警備もおじいちゃんがAK-47を抱えているだけだったりする。寧ろ杖にした方が良さそうである。
一方、山岳地帯を中心に、クエッタに近づくに従って多少、警備が本格的になる。
単に急いでるだけなのだが、猛追してくる自動車が近づいて来たときに、銃の安全装置に指をかける隊員もいた。
ダコイット対策という意味では、フンザ近辺と同様、山岳地帯の好戦的な部族が危険、ということかもしれないが(トライバル・ゾーンと呼ばれる)、リーバイス管区は結構地元の人間が多いようで、トラックに揺られながら「これ、俺の村だぜ」とか教えてくれるので、基本、危険は感じない。まぁ、でも、キ〇ガイは一定の確率でどこでもいるからね。用心に越したことはない。

山岳地帯の終盤であるムスタング管区を抜け、いよいよクエッタ管区である。
ここだけピックアップトラックではなく、何故か防弾仕様のレンジローバー(但し激ボロ)である。
目立つし遅いし、逆効果疑惑があるが、それも2台乗り継いでの移動である。

【防弾仕様レンジローバー】
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ホテルについては、事実上、一択である(実際には2択)。
ブルームスターというホテルで、「地球の歩き方」にも出ている良心的な宿だった(過去形)。
尚、「地球の歩き方」のパキスタン編は08年度が最後に更新されておらず、事実上2007年以前の情報である。
それでも無いよりマシだが、インフレが激しいので料金は当てにならない。

このブルームスター、食わせものの宿で、料金3000ルピー(約3000円)も高いが、トイレットペーパーや石鹸を黙って渡しておきながら使用すると料金を請求されるシステムである。
宿につくと先客が揉めていたので、それを聞いて事前に事情を知ったので私は回避できたが、
何かとコスイのである。
ホテルからは出られないので、晩飯もここでとるしかないのだが、これも値段が高めで腹立たしい。

他の宿泊者3名(ドイツ/スェーデン/スイス)も同意していたが、指定宿泊所というのをいいことに、どうもバロチスターン州政府の一部とつるんでいる疑惑が絶えない宿である。
それも、悪化の一途を辿っているらしい。
3名の内2名は逆方向(イラン行き)であったが、残る1人はなんだかんだと足止めされているとのこと。
警備なしに宿からは一歩も出られないので、無論、連泊する意味など何もないのだが。。。

■クエッタ:5日目
さて、リーバイスの警備体制はまだ終わりではない。
クエッタにて役所から「NOC」という文書の発行を受けないといけないことになっている。
この申請の為、朝9時頃に比較的重装備の隊員が迎えに来てくれる。

【迎えに来てくれるリーバイズ隊員】
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この日は、既にブルームスターに宿泊していたスェーデン男性(50歳・独身)と一緒に役所に出向く。
彼はイラン・パキスタンを車やヒッチハイクなどで、計10回は来ているということなので、いろいろと教えてもらう。
私はNOC申請だけだが、彼はイラン大使館でビザの発給を午前中に受けなければいけなかった。
実際に行ってみると、いろいろな部屋に通される。
そこでは挨拶はするものの、特に何もしない。ボケっと待っているだけである。
で、そうするとまた次の部屋に呼ばれて、挨拶である。
機上にパソコンはあるが、モニタにはクリケットの試合やゲームしか映っていない。
仕事は全て紙ベースである。

・・・遅い。非常に遅い。
あんな宿に2泊するのは御免だ。私は「できれば列車で、今日中には街を出たい」と伝え、スウェーデン人も大使館の件を何人にも伝えていた。
しかし、一向に進まない。
スウェーデン人によると「前回は30分で終わったよ」という手続きは、我々の足下を見透かしたかのように、遅い。

途中、役人たちと一緒にスウェーデン人を囲んで彼の身の上話になったが、「結婚式の2日前に彼女に逃げられて以来、彼女のことが忘れられずいまだに独身。彼女の行方は不明。」という衝撃の告白に、パキスタン人役人と私の泳いだ視線が交錯する瞬間こそ熱かったが、それ以外は「ひま」の2文字である。

結局、NOCが渡されたのは5時間半後の15時過ぎである。
NOCを見ると、「翌日に列車でカラチ方面に行くから、管区にいる皆の衆、よろしくな」という内容とサインだけである。
おい、ちょっと待て、翌日ってなんだよ。
「いや、今日、街を出るって言ったよね?」
「もう、今日は列車ないよ。次は17時。」
「じゃあ、17時に乗るよ。」
「暗くなったら出歩いたらダメって書いてるだろ。」
「17時は全然明るいじゃん。」
「ダメ。」
「じゃあ、列車を諦めてバスで行くから、ここ(記載内容)変更してよ。」
「ダメ。」
である。因みに17時より前の列車は11時だけだが、バスは頻発だ。

・・・もうね、俺はテロリストじゃないけど、役所ごと爆破したい。
一日中ゲームやってテレビとスマホ見てる生産性ミニマムな役人連中を、別に税金払ってる訳でもないけど、血祭りにあげたい!!
・・・そう思う瞬間だ。

正直、「私が帰った後、どうぞテロリストの皆さん、爆破してください、応援します!」
と抱いた気持ちは、今でもちょっぴり残っている。

【決して見返されなさそうな書類群】
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【PCはクリケット観戦用。何もしない役人。】
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可愛そうなのは、彼女に結婚式2日前に逃げられたスウェーデン男性(50歳)である。
それだけでも可哀そうだが、彼のNOCも「翌日にイラン方面行くから(以下略)」と書いてある。
いやいや、お前らのせいでビザ取得は明日にずれ込んだので、明日は無理だろ、明後日だろ、と一緒になって詰め寄ると、「OK、OK」とか言って、「明後日」に書き換えた紙を再出力した(サインもない)紙をポン、と寄こしてくる。

この瞬間、「お前、一瞬で出来るやんけ!!」とキレかかる私を、彼女に結婚式(中略)スウェーデン男性(50歳)が「いいから、ケンジ。ハウス!ハウス!!」という目で静止するので思いとどまる。

パキスタン、という国は、変にメンツを気に掛けるところがある国だ。
「名誉殺人」という言葉があるのも、お国柄か。
役人に恥をかかすのはタブー、ということらしい。

しかし、彼は良くても、私としてはブルームスターにもう一泊するのは業腹である。
実は、もう一つの選択肢があるということを、別管区のリーバイスから聞いていた。
ホテル・セレナ。
このラブホみたいな名前のホテルも候補らしいのだが、料金が非常に高く、また、例の理由もあってかクエッタ管区の連中はブルームスター一点張りということらしい。

というか、NOCには「宿泊所ブルームスター」って印字されているし。
癒着の温床にならん方がおかしい。


迎えに来てくれたリーバイス隊長格の人に、「ホテル・セレナも見てみたい」と申し出る。
幸い、(前略)スウェーデン男性(50歳)も「ダメ元でイラン大使館に寄りたい」というのだが、彼によるとセレナはイラン大使館のすぐ隣らしい。

なので私も連れてってもらったのだが、、、私はこのホテルを一目見て気に入ってしまった。
高らかに「ここに泊まります」と申請する。
16,000ルピー(約16,000円)だが、物価の安いパキスタンと言えども、カラチの高級ホテルは20,000ルピーはザラである。
朝食は勿論、飲み物、ラウンジの食べ物込みでこれはお得だ。
もともと私は仕事の為に、1週間に1度は中級以上のホテルに泊まることにしている。
日本だと一泊5万以上は優にするクラスなので、文句はない。
一番貧乏そうな恰好をし、ブルームスターの料金に文句を言っていた私がイキナリ高級ホテルに泊まると宣言したのでリーバイズ隊長は驚いていた。

隊長は「明日、9時に迎えに来る。」と言い残し、私も念も押したのだが、もはやこの時点で、私はこの隊長を信じていなかった。

「列車の出る11時までは来ないだろうな。」そう思ったが、「では、明日。」と言って別れた。

※リーバイスの名誉の為に書いておくが、私の知る(ごく狭い)範囲では、クエッタ管区の一部メンバ以外は(適当なところも含めて)良い人ばかりである。

■バロチスターン州脱出:6日目
セレナは、設備は申し分なく、スタッフもプロの仕事として及第点で満足であった。
(もともとホスピタリティ溢れる国民性だが、仕事になると突然ダメになるという私の印象である。)

朝食とチェックアウトを済ませ、ロビーで待っていると、案の定、今日は迎えが来ない。
11時に間に合わなければ、NOCの再交付で本日もクエッタ泊である。
またブルームスターに泊まらせる気なのだろうか。。。

ホテルスタッフに催促の電話を入れてもらったら、「本日は忙しくてすぐには出動できない」とのこと。
・・・やれやれ。

NOCには、「適当な護衛なしに(バロチスターン州を)出歩いてはいけない」旨が書かれている。
この「適当な」を最大限軽く解釈し、クエッタ市内は一応Lv.3であることを心の盾に、一人で駅に向かうことにする。
念の為、ホテルのマネージャ格の人に「あと20分待って来なかったら、俺は行くから」と言って了承をもらった会話をこっそり録画させていただいた上で、きっかり20分後には、静止するセキュリティを「いいから、いいから」と制止の上ゲートを出て、すぐにトゥクトゥクに乗って駅まで行く。

【ホテルセレナのセキュリティを抜ける】
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【クエッタ駅】
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・・・ここは自己責任だが、本当に危ないかどうかは、ある程度経験のある旅行者ならわかるものだと思う。
因みに、外務省の安全ページでは日本は危険指定されていないが、私の評価ではLv1指定だ。

駅には、(我々を護衛してくれていたのとは別の)リーバイス隊員がおり、こちらから積極的に挨拶をしに行く。
「なんで護衛がいないんだ?」とか聞かれることはなく、一応、NOCを見せたが、それ以前から早速世話を焼いてくれて、列車のチケットも取ってもらった。
パキスタンは特急列車(グリーンライン)は事前の予約が必須だ。今回は急行だったが、指定座席をとってもらった(警備要員の為に、確保している枠があるとのこと)。おまけにチャーイも奢ってくれた。
最後に「FacebookのID教えてくれ」と来たので、即OKで今は友達欄に出てくる。ありがとう、イムラン。

【クエッタ駅構内】
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【チケットを取ってくれている】
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【バロチスターン州の駅】
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【列車】
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列車は定刻どおりクエッタ駅を出発。
これで晴れて自由の身となった。
安堵すると共に、世話してくれたリーバイス隊員達に感謝しながら、流れゆく車窓を見やる。

プチ社長日記:『アルツァフ共和国(ナゴルノ・カラバフ) 2018年』の話

JUGEMテーマ:世界一周の旅



2018年2月3日に日本を出国し、3月20日に無事帰国しました。
今回の出張(旅)の目的は、陸路でイスタンブール〜カラチを見て回ることだったので、
当初は単純にトルコ⇒イラン⇒パキスタンを軸に想定していたのですが、
それを発展させる形で、イスタンブールに着く前にUAE、エジプト、チュニジア、レバノンの4ヵ国の状況を見て回り、イスタンブールに着いてからトルコ⇒グルジア⇒アルメニア⇒イラン⇒パキスタンに変更しました。
因みに、アルメニアは2017年に日本人はビザが不要になっています。
(付け加えると、レバノンも不要です。)

人間、欲が出るもので、ここまでくるとコーカサス3国の内、アゼルバイジャンを経由できないのが気になってきます。
だが、アゼルバイジャンはアンカラでのビザ申請時に週末挟んで5日かかるとのことであったので見送りました。
それでも、アゼルバイジャンと引き換えに行ける素敵な場所があります。

その名は『アルツァフ共和国』。
貴方の地図には載っていない筈です。
安心してください。私の地図にも載っていません。

2017年の『憲法改正』で呼称を『アルツァフ共和国』に統一しましたが、ナゴルノ・カラバフと言った方が今でも通りがよく、そう言った時点で「あぁ、あそこね」と気づく方も多いと思います。

平たく言うと、私が以前に出張訪問した『沿ドニエストル共和国』と同じ、未承認国家ですね。
地図で言うとこの辺りです。

【アルツァフ共和国の場所】


『アブハジア』がロシアに承認されたのに比べ、『アルツァフ共和国』は『沿ドニエストル共和国』と『アブハジア』でお互いに承認しあっているものの、その他の国からはガン無視されています。

・・・素晴らしい。この仲間内で胴上げしあいっこして大気圏突破を狙う気概が天晴れで、思わず胸が熱くなります。
因みに『独立』に至った経緯ですが、元々ここはアルメニア教会のキリスト教徒が多い地域であったものを、イスラム教圏のアゼルバイジャンに吸収された(もともとは自治共和国だった)のがそもそものマチガイ。
まぁ、間違えたのはソ連なんですけどね。(アルメニアにするかアゼルバイジャンにするかで翻弄されてた模様。)

国旗をみていただければ解るとおり、アルメニア教会のキリスト教徒がアルメニアへの帰属を訴えてアゼルバイジャンから『独立』を宣言したのが『アルツァフ共和国』。
で、『独立』に当たってはもともと当該領域に住んでいたムスリム(アゼリー人)を追い出している為、アゼリー人は難民となってしまいました。何しとんじゃコラ。
【アルメニア国旗】
Armenia.svg.png
【アルツァフ国旗】
Artsakh.svg.png
・・・これ以上の詳しい説明はウィキペディアに譲りますが、結果、アルメニアとアゼルバイジャンは鋭く対立しています。が、流石に全面戦争に突入するのは避けたいのか、アルメニア自体は『アルツァフ共和国』を承認していません。
・・・とは言うものの、軍隊も駐留していますし、まぁ、アルメニアの一部(自治共和国)として事実上の『独立』状態にある地域です。

因みに、アルメニアには夜行列車で入国したのですが、入国検査官に
「アゼルバイジャンには行ったのかね?」と聞かれました。
「行ってません。行くと何か問題あるんですか?」と聞くと「いや、問題はないよ。」とのことでした。
後になって先達のブログで見たのですが、お互い対立している以上、アゼルバイジャンもアルメニアも旅行者の感想などを気にしている様です。
(そう言えば、パキスタン/インドでも同様の事象が発生してました。)

【ジョージア(グルジア)〜アルメニア国際列車】
train.JPG

さて、『アルツァフ共和国』への『ビザ』の取得ですが、参考にしたのはこの先達によるブログです。
私の場合で情報を更新すると(2018年2月)、
  悒咼供抓慙△亮耕骸爾2階から1階に移動
 ¬曚辰討い襪函悒咼供戮貼られ、スタンプも押印される
です。
△蓮結構重要で、これをされると当該パスポートではアゼルバイジャンには入国できません。
私のパスポートは既に9年目に突入したので特に問題ない(間もなく更新)ですが、
アゼルバイジャンに渡航を希望される方は気を付けてください。
今までは「別紙で貰ってスタンプ押印もなし」、と聞いてましたが、ここは変更になってるかも知れませんのでご注意を。先にアゼルバイジャンに行った方がいいかもです。
尚、申請用紙には写真を貼り付ける箇所がありますが、持参しなくて大丈夫です。その場で撮影してくれます。
一般的な内容の他は、領域内での訪問先を記載するくらいです。

【エレバンのカスケード広場。奥にある奇怪なマンションの傍に領事館がある。】
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【『アルツァフ共和国領事館』】
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【『アルツァフ共和国ビザ』】
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因みにですが、『アルツァフ共和国』には『ズアラ』という温泉が湧いている場所があるのですが、
2月のせいか、やんわりと「やめた方が良い」というアドバイスを貰いました。(もともとぬるいそうです。)
温泉好きの私としては、ガン無視で行こうかとも思いましたが、日程的にも見送りました。

さて、行き方ですが、アルメニアの首都エレバンにあるキリキア・ターミナルから乗合いバスに乗ります。

【キリキア・ターミナル】
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朝9時半くらいにバスターミナルに到着し、私で丁度一杯になったのか9時40分に出発。
基本的にはアルメニア領内を走り、途中、休憩を挟みながらも『国境』を15時前に通過。
ここからはアゼルバイジャン領内となり、ゴリス経由で『アルツァフ共和国』の『首都』である『ステパナケルト』に到着します。
16時位には着いたかと思います。

道中は季節柄、雪山の眺めが美しく、見ごたえがあります。
エレバンを出てしばらくは南下するので、右側の座席に座っていると(運が良ければ)アララト山を遥拝することができます。
ノアの方舟伝説の山ですが、なるほどの貫禄でした。
(バスでイランに向かう方も、途中までの道程は同じです。)

【飛ばす運転手】
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【ゴリスの街】
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尚、『国境』の旗ですが、よくよく見るとアルメニアの旗に白いテープか布を貼り付けているだけで草生えます。
そこは手を抜いたらアカンやろ。

【テープ疑惑】
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宿は安宿街の方で適当に探して取りましたが、旅行者の間で有名な「ノープロブレムおやじ」(※)には結局遭遇できませんでした。残念。

街自体はそんなに大きくないので、主要どころは歩いて見てまわれます。
『アルツァフ共和国』イチオシの「我らの山」は皆が行くところです。
北海道土産の巨大版みたいな、見た目アレですが、夜はライトアップもされます。

【我らの山】
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こちらへはバスターミナルからメインストリートを南方へ進むのですが、
逆に北方へ進むと『官庁街』に出ます。
未承認国家の運営に興味がある方は、この辺の方が寧ろ散策してて楽しいかと思います。

勿論、警察は機能しており、広場に常にパトカーが停車し、夜には不審車を取り調べている光景にも出くわしました。
物価はアルメニアより気持ち高い程度ですが、それでも安いので、居心地は良いです。

【ステパナケルト中心街】
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街の外れには夜にも輝き続ける大きな十字架があり、ここがアルメニア教会の街だという主張をしています。

【アルメニア教会の街】

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一方で、モスクは荒廃しており、追い出されたムスリムのアゼリー人を思うと胸が痛みますが、このような場所はパルチザン自治区はじめ、他にもたくさんあります。
あまり第三者が介入して改善に向かうとも思えない問題なのですが、それぞれの妥協点が早く見つかれば良いなと思います。


※ノープロブレムおやじ:基本的に何が起こっても「ノープロブレム」と答える、旅行者に愛される宿屋の経営者。

プチ社長日記:『あるデブからの相談』の話

・・・ちょっと聞いてくださいよ。
この歳になると、いろいろ相談をされることもあります。
人様の相談にのって差し上げられる程、出来た人間ではないのは、重々承知してるんですけどね。

でもね、こんな私でも頼ってくれると嬉しいじゃないですか。
聞くだけでも癒しになるというし、それでよければ買ってでましょう、と。

でね、話を聞くと個別具体的な話ではなくて、
・周囲に軽んじられている
・モテない
・ヤル気がおきない
・なんか日々憂鬱
・体調がすぐれない
等々なんですね。

で、そのお方はまぁ、太ってる訳ですね。
世の中にはそういうのが好きなセグメントがあるのは存じてますけどね。
経済的に貧しい国は今でも太っている方がモテる場合もありますしね。
でもね、過ぎたるは及ばざるが如しじゃないですか。

でね、「周りは何て言ってるの?」とか聞くとね、
・相手に恵まれなかったね
・よく休んだら?
とか言われて、でも会社休めないしどうしよう、、とか言ってる訳ですよ。

私の個人的な意見で恐縮ですけどね、
デブの抱える問題の約95%は痩せれば治る/快方に向かう
と思ってるんですよね。
「人は見た目が9割」みたいな本がありましたけど、
これって割と公知の事実だと思うのですよ。

・デブだからモテない
・デブだから体が重い/ダルイ/ヤル気がおきない

もう、因果関係直結じゃないですか。
「やせなきゃ」とか言っていつまでもコロコロ太っているのを見ると、
「こいつの発言は信用できない」とオウンゴールを決めているのに、なぜ気付かないのか。

「所作がスマート」とかどうでもいいよ。
「ファッションセンスが、、」なんても二の次だ。
周囲も、クソのようなアドバイスでお茶を濁しているのではなくて、
本人の為を思うなら、
「お前がデブだからだよ」
と言ってやるべきだ。お前らが言って差し上げないから、俺のところにライン(メール)がくるんだ。

デブは、ある境界を越えるとメリットに変わる。
それは、デブであることを肯定できる強い精神力を持つ人物に限られる。
・・・これはハードルが高い。
でも、これを越えると滅茶苦茶かっこよくなれる。
その瞬間、デブは単なるデブから「恰幅のある方」という表現になり、
その体重に比例してみる者の目に安心感を与えるのである。
「入江くん、そんなカリカリしちゃぁ、ダメだよ」とか諭されると、
「そうだなぁ」と思わせる威力がある。
デブをネタにできる奴は、そのメンタルの強さという1点だけで、尊敬に値する。
だが、周囲に上記のような相談をしている時点で、その境地に達するのは不可能だ。

・・・なので、自信を持って「デブが原因だから、痩せろ」というアドバイスをしている。
teststeronさんの本でも拝読しろよ。
だが、こちらが真摯に説明しているのに、本人が「そんな訳はない」とか言うのである。
俺に相談する前に鏡見ろという話である。


それ以来、その方とは疎遠になってしまった。

そいつは今も、太っている。

※だいぶ昔の話ですが、ちょっと似たような話が最近あったので。

プチ社長日記:『NEVER LET ME GO』の話

言わずと知れたノーベル文学賞作家カズオ イシグロさんの本である。
邦題は「わたしを離さないで」。

ネタバレになるので控えるが、舞台設定は「え?」という荒唐無稽じみたところがあるものの、
主人公の淡々とした述懐でそれを押さえ込み、誰もが皆、
一度は考える死に対する姿勢を抽出して描いたところは、さすがの一言。
ただ、ちょっと強引な気も否定できない。
氏の作品の中では賛否分かれるとのことだが、それも頷ける部分はある。

因みに、これ、どうやって邦訳するのだろうと思って書店で邦訳を一部立ち読みしたことがあるが、
割と直訳的にならざるを得ないのか、「まぁ、そうなるわな」という微妙な感想を禁じえなかった。

故に、原文で読んで正解、、、だと言えるとカッコイイところだが、
私の英語力では読むのにえらく時間がかかるのである。
一文一文は平易なのだが、先の舞台設定の特殊さから、それを把握するまではちょっと漂流してしまった。

上記は個人の問題なので、私が解決するしかないのだが。。。
・・・なお、現在、レバノンからトルコに飛び、イスタンブールからアンカラに入ったところである。
読後の感想の味わいよりも、読破の達成感と荷物が軽くなることの喜びが勝るところを見ると、
まだまだ修行が足りないようである。

プチ社長日記:『韓国経済実感』の話

定点観測の韓国経済であるが、最悪期は脱した模様。
THAAD用地を提供したロッテについても、露骨な観光バス乗り付けこそないものの、中国人様御一行で人気のあるグッチ、ブルガリは列を並ばないと入れない状況である。
尤も、現在は免税+セールのコンボであり、繁忙期ではあるが。

【人多い・・】


アメリカでは最近「ダサい」という酷評をされつつあり、ウエブサイトには「おねだり」ボタンを実装して世の男性を震撼せしめたティファニーも並ばないと入れないのね。

【40万もするもの気軽におねだりしてくる恐怖機能(最下)】


景気の良い話なので、特に文句はない。
ただ、すべてが繁盛しているかというとそうでもなく、一世を風靡したトリー・バーチの店員さんが暇そうに欠伸などかましているのを見ると、安心するのはなんでですかね?(って誰に聞いてるんだ私は。)


プチ社長日記:『なんだかなぁ』の話

「今年1年、何に一番驚いたか」という年末に相応しいテーマで飲んでいて、
知人達が「トランプ大統領誕生」や「ビットコイン」の話をしている中、
私が正直に「最近、4cmのハナゲが抜けた」話を披露したところ、
どうやってそんな超ド級ハナゲが抜かれず育成されたのか、
どのように格納されていたかの議論になり、
「あぁ、なんだやっぱりお前らもハナゲの話好きなんじゃん」と
大いに安心する年の瀬を過ごしています。

みなさんも良いお年を。

プチ社長日記:『君たちはどう生きるか』の話

何故か最近、よく本書を書店で目にする。どうも漫画版が売れているようで、時代を通じて価値を持つ「古典」に属する本書がどんな形態にせよ、若い人に馴染み深くなることは大変良いことに思える。

とは言え、小説を読むことの醍醐味の一つとして、文中から立ち上がる自分のイメージを愉しむことを重視する私としては、いい大人が敢えて他者のイメージを押し付けられるのを良しとしない。
無論、映画の類も好きなのだが、文章として存在するものは文章として読み、自分の理解に沿って楽しみたいのである。

本書は吉野源三郎氏の代表作であり、初版に近い形で出版されている。
当時の時代描写も細かく、その内容も相まって、傑作であることは間違いない。

実は私は、今回本書を読むのは初めてではなく、最初は小学館の文集に収録されてものであった。少年だった私は説教臭い内容と受取り、また知識としては知っていることが多かったので読むのが苦痛であり、挫折してしまった。
その後、岩波版で読み直し、これが今回、再読した形になる。
自分も既に叔父さんより年上となっているが、大人になって初めて、本書の良さを理解できたのは間違いない。
ものの見方、社会学的認識のすばらしさは勿論、コペル君への教え方も含め、蒙を啓かれる思いである。
年末のこの時期に振り返るには最適な書と思う。

尚、本書には丸山真男氏の解説がついているのもお勧めする所以である。

プチ社長日記:『あの会社はこうして潰れた』の話

日経「企業調査マンの目」の連載。
連載当初から読んでいたので知っている記事も多いが、改めて纏め読みしてみると
倒産企業の陥りやすいパターンが解って興味深い。

ただ、やはり記事になるだけあって、耳目を集める倒産理由が多い。
読み物として避けて通れない点ではあり、著者(帝国データバンク)もそういったネタを選んでいるのであろうが、
大企業はともかく中小も含めると、私の感覚では「それなりに大過なく経営していても、時代の流れに乗れずにひっそりと倒産」というケースが最も多い。

今でもベンチャー界隈を渉猟すると、カネや女性をめぐって、せっかく上手くいきかけた事業を
棒に振って「おいおい」と思うケースもあり、それは出資などしてなければ
見世物としては最高に面白い。

でも、最近潰れる社歴のある企業を見ていると、気づいた時には手遅れで、
「下手にあがくと死期を早めるだけ」のパターンもあり、寂しい気分になる。

そういうケースでは、経営側も割切っている部分もあるので、まぁ「おつかれさまでしたね」というようにしている。
・・・そういうものなんだと言い聞かせている。自分でも。


プチ社長日記:『DUNKIRK』の話

『DUNKIRK』を見たのだが、‥┐全く出てこない(最後にうすらぼんやり影が映る)、台詞が激少ない ということで異色の映画だった。
また、3つの時間軸で進み、最後に交差する辺りが、3階層の世界を構成する『インセプション』と相似形でクリストファー・ノーラン監督らしさを感じる。
この2作品を並べて観るのはお勧めだが、もうひとつ、『つぐない』も観ることもお勧めしたい。
https://youtu.be/QijbOCvunfU
こちらにもdunkirkの映像、それも5分にわたって映るシーンは圧巻だ。雰囲気としては、過去の資料を当たる限り、こちらの方が近そうである。(映画『DUNKIRK』は撤退戦の混乱がすっきりしすぎている感じ)
史実としてのダイナモ作戦は、民間の舟による救出より、桟橋経由での駆逐艦乗船などによる避難が多かったということを差し引いても、いずれも名作と呼べる出来かと思う。という訳でお勧めである。

プチ社長日記:『アフリカ縦断#3:モザンビーク共和国』の話

■モザンビークへ
早寝なので早起きとなり、幸い朝食はついていた
(基本的に朝開いている店がないせいか、南部アフリカの宿は高級ホテルを除きデフォルト朝食が付いている)
ので、朝食後散策に出る。
散策と言っても特になく、比較的新しいショッピングモールが賑っている程度である。
【スワジランドのショッピングモール】
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【スワジランド王国なので、王様の像(国民の人気はイマイチ)】
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市場で昼飯になるようなものを買い込み、バスターミナルへ向かう。
アフリカ縦断計画第1回目の旅程としての最終目的地は、モザンビーク共和国の首都、マプトである。
エッフェル塔のエッフェルさんが設計したと言われる、マプト駅の駅舎が最大観光スポットだ。
無論、読んでわかるとおり、大したことはない。
エッフェルさんの偉大さを知るには、エッフェル塔を見に行く方が確実だ。
だが、それがいい。

マンジーニまでの移動で思いのほか時間を消費したので、満を持して午前中(と言っても11時過ぎていたが)にバスターミナルに向かう。
【ターミナル傍のマーケット】
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ところが、先ほども言った「満員になると発車」システムの為、4時間弱ほど待たされる羽目に。
先を急ぐ方は、いっそ早朝にバスに乗るべしだと知る。午前中だから大丈夫、というのは甘かったようだ。
最初のバスは7時に出たとのこと。
中途半端な時間だった為、「マプトに行く客」ではなく、「マンジーニで用を済ました帰りの客」
を待つ羽目になってしまったようだ。
結局、16時近くの発車になってしまった。「暗くなるまでに、目的地の宿にチェックインする」という目標を掲げていたのに、
全然思うようにならないなぁ、一人ボヤく。
マンジーニ〜マプトは地図で見るとそんなに離れていない。が、そう簡単にいかないのがアフリカ、というところか。
スワジランドが割と高地にある為、坂道かつ蛇行もあってなかなか進まず、5時間はかかった。
国境はいつも通り歩いて越えるタイプであるが、そこから見た夕日の美しさは格別であったのを覚えている。
【国境】
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因みに、今回の旅行で唯一、ビザが必要なのがモザンビークである。
品川からちょっと歩いた雑居ビルに大使館は入っている。
普通、ビザの発行には「見開き2ページ」の査証欄が必要なのだが、何故かモザンビークは「見開き4ページ」である。
スタンプは散らして押してくるので、モザンビーク入国後に国境でジンバブエなどのビザを申請する場合、
都合「見開き6ページ」が空白である必要があるので、それなりに査証欄が埋まっていたら増補してから
出発することをお勧めする。
私のパスポートも増補したが、お盆前のピーク時でも増補はすぐに申請できる(申請後、2時間待たされますが)。
【モザンビークの普通の街】
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マプトに着くころには日もとっぷり暮れていた。
ターミナルに着いたのだが、モザンビークの通貨を持っていなかったので、ミニバスの運転手と交渉し、
そのまま宿まで送ってもらうことにした。
モザンビークの街の治安は良くないと聞いていたが、確かに裏通りなどは厳しいものがある。
よく見ると暗がりにも人が沢山いるので意外に安全なのかも知れないが、
土地勘のないままに出歩くのは避けた方が良さそうだ。

第1回遠征の宿泊は今晩が最終日なので、事前に日本で予約していたのが奏功した。
結局、移動だけで1日を費やした計算である。

翌日は、早起きして街にでかける。
向かう先はマプト駅である。
昨夜の不穏な空気とは打って変わって、初冬の冷涼な空気が気持ちいい。
挨拶をしてくれる人も多く、物売りも別段しつこくないので、「要らないよ」と言えば
すぐに引き下がってくれる。
【有名なマプト駅】
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【内部は普通】
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ただ、モザンビーク、特にマプトは警察が腐敗しており、ネットで有名な名だたる旅人たちも
お金を取られたりしている。
警察の腐敗度は、その国の成熟度を測る負のバロメーターの一つだが、急速に内戦の過去から
立ち上がるモザンビークではまだ統制が取れていないようだ。
せめて、外国人のパスポート不携帯が罪に問われないようにすれば、少し状況は良くなると思うのだが。。。
※警察の手口は.僖好檗璽噺せろ ▲僖好檗璽箸鯤屬靴討曚靴韻譴亢發鮟个察,任△襦
パスポートを見せなければ、罪に問われるので、「見逃してほしければ金を出せ」となる。
私も警察らしき人間を見たら、道路の反対側に渡るなど、不審者よりも警察を警戒しながら歩く。

マプトは大きな街だが、見るべきものは街の中心に集中している。
駅はデザインが美しく、気合を入れた観光地化していないのが却ってよい。
町並みも道幅も広く、港湾の方では大きな吊り橋が建設中である。

内戦前には日本のビジネスマンも来ていたのだろう。
ナショナルのエアコンなどの広告が残っている。
残念ながら内戦で撤退したその間隙を突く形で、
今や完全中国な経済である。いたるところでハーウェイであり、
スマホも日本製を扱っている店など絶無に近い。
かろうじて自動車が踏みとどまっているレベルである。


その他もアイアンハウスなどを見て回り、その後は宿に戻って飛行機の時間まで仕事をして過ごす。
当時は、アフリカ縦断第二回遠征はマプトから開始するものだと思っていたので、
北上するバス路線を調べたりで時間を費やしてしまった。
垣間見たに過ぎないが、北部はリゾート化の計画も進めているようで、一部のサーファーには知られた
ビーチもあるらしい。
政府も観光資源に気付き、力を入れ始めたようである。。。。
・・・が、あの国旗、どうにかなりませんかね?

いや、思い入れたっぷりなのかも知れませんが、
国旗にカラシニコフですからね。しかも配置が、「ペンは剣よりも強し」ではなくて「銃、最強!」になっております。
この、疾走する中2感を受け容れる方でないと、この国旗見てリゾートに来る人は少ないと思うんだけどなぁ。。。