プチ社長日記:『スクリーン・セイバーってのは何のためにあるんだろう』の話

ストレートに書くと、スクリーンセイバーってのは、画面の焼付けを防止するためのものである。
ところが陰極線をブチ当てて映像を映し出している昔のブラウン管と違い、昨今の液晶画面は焼付けを起こさない。従って機能としては用をなさないのであるが、その一方で、あったらあったで便利というのは理解できる。

お客様に呼ばれるなどして、うっかり席を外した際、自分の作業画面が無防備に映ったままというのは機密事項を扱う作業だとマナー違反であるし、あるいは逆にYahoo!なんかが映ったままだと『テメェ仕事しろ死なすぞコラ』という罵声を浴びかねない。

じゃあ、何を選びましょうか、という話になるのだが、ここで『パイプ』とかが選ばれてダイナミック且つ高速な奴が視界に入ってくると、周囲にいる者にとってこれまた鬱陶しいことこの上ない。
何でパイプなんだ。そんなにパイプが好きなのか?貴様はマリオか?
などと思ってしまう。

同様に、『ラインアート』を選ぶまでは良いとして、これを狂ったように高速で動かす勇者が稀に存在する。
『ラインアート』のよさはグラデーションにあるのに情緒もクソもない。
目に見えない何かと戦っているのであろうか?この激しさはどこから来るのだ?設定者が犯罪に走る前に膝を突き詰めて問いただしたい衝動に駆られる。

が、もっとも周囲にいる者の勤労意欲を減衰させる、許せないスクリーンセイバーが存在する。それは『3Dテキスト』である。
それも、ちょっと気を利かせている心算か、伝言板代わりに使っている場合は噴飯ものである(伝言板用には、それ用のスクリーンセイバーがある)。
『離席中』などと、そんなもんスクリーンセイバーが作動してる時点で判るわヴォケ的なメッセージが、敢えて3Dとなっており、それがまたビヨビヨと画面中を縦横無尽に回転を加えたりなんかしながら動き回る様は、そのメッセージを『伝えたいのか、伝えたくないのか』という設定者の意思に対する気持ちも含めて、神経を亀の子タワシで逆撫でされるような不快感を周囲に撒き散らす。
それは何か?私に対する挑戦か?挑戦なのかコラ?
的な、怒りにも似た感情を見るもの全てに与えるのである。そして当人は離席中である。
・・・廃止すべきだ。断じて廃止すべきだ。
スクリーンセイバーの実用性もなくなった今、スクリーンセイバー(特に3Dテキスト)は断じて廃止すべきである。せいぜい写真のスライドショーとかでいいよ。

・・・みたいなことを、遠くの方のPCのスクリーンセイバー(3Dテキスト。よく見ると『離席中』)を見ながら考えていた。

お客様は神様です。
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