有限会社Ayleeds社長日記。継接ぎだらけですが、世界一周旅行もやってます。

プチ社長日記:『セレブ再考』の話

相変わらず歯痛に苦しみながらも、巡回ブログをチェック。
歯痛というのは恒常的に集中力とモチベーションを奪うものだと改めて認識した。
集中力だけでサバイヴしてきた私にとって、体調不良の現状は限りなくNEETに近いものがある。絶賛家族に疎まれ中である。

で、ブログをチェックしてて、かつての盟友による『富裕層マーケティング』に関連したエントリにインスパイアされた。
勝ち組・負け組みの二極化進む日本にあって、今後有望なアクティビティだと思う。やんごとなき個人的事情やリスクの問題もあって私は袂を分かったが、正直、的確に次の手を打つ彼の手腕には 凄みを感じる。

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マーケティングおよびその延長線上にある事業提案というと、コンサルティング業の真骨頂な訳であるが、実は私自身は データを読むのは好きだけどデータを集めるのは面倒くささ炸裂で興味はないという、半端モンだったりする。
その道の人にとって、『如何に欲しい情報を切り出すか』に対する挑戦として、アンケート問題作成一つとっても莫大な知恵を絞る労力には感服するし尊敬もする。が、そんな風に努力したものに限って調査項目が冗長なものになり、回収率の低下となって跳ね返ってくる空しさというのは筆舌に尽くしがたいものがある。

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・・・話がそれてしまったが、今回は巷に溢れる『セレブ』という言葉について改めて考えてみようと思う。

この『セレブ』という言葉ほど昨今インフレ化した言葉はない。
地に落ちた、と言っていい。それは偏に勘違い野郎の無限増殖に起因する。

雑誌を見ても『セレブな夜』とか書かれてあって血圧が上がる。
『セレブ婚』とかふざけんじゃねぇ。(歯痛によりテンション荒れ気味です)
先日入ったラーメン屋の店内チラシにて『ラーメンセレブ』という言葉を見たとき、思わず鼻からラーメンを喰いそうになった。
いい加減にしろ。

どうやら
『金持ち=セレブ』
というコンテクストで書かれているものが多いことが気になる。

僕の認識では
celebrityというものは著名人や名士といわれるものであり、貧富の概念とは別の次元のものだ。
敢えて経済的な概念を含ませると、『自己の著名さを以て(生活に足る)収入を得ることのできる人たち』である。

(生活に足る)収入を、単に著名であるからという理由で得ているとすると、
『セレブ→金持ち』(十分条件)のように思いがちである。(実際は俳優やスポーツ選手などの『セレブ』が投資などに失敗して借金まみれでお世辞にも金持ちではないケースは結構あるのはご存知のとおり。)
が、『金持ち→セレブ』かというと、そうじゃなかろう、と。

ちょっと高級なバーとかエステで『セレブな夜』とか言ってるが、そりゃアンタ他人よりちょっと高い料金を払ってる(払わされている)だけでしょう、と。
本当のセレブなら、その広告的価値の方が重視され、無償となる場合も多い(ゴルフなどのスポーツ用具が、プロには無償提供されるのも一例)。
まぁ、そのカネが貴方の労働と呼ばれる性質のものから生まれているなら、断じてセレブじゃないですわな。
セレブはパーティーを開くかも知れんが、パーティー開くから『セレブ』とは片腹痛い。いや、これが『セレブ気分』という表現なら文字通り気分の問題なのでスルーできるが、ちょっと昼からお茶してる有閑マダムが自分をセレブと本気で勘違いしているんじゃないのという風潮には不快感を禁じえない。

以上を以て世の中の勘違いを指摘するには十分だと思うが、じゃぁ『金持ち』って何よというと、これまたヤヤコシイ。

celebrityが経済的なものではなく著名度という社会性を示す言葉である一方、経済的なものとしてはミリオネア(millionaire)やビリオネア(billionaire)がある。
日本じゃ『億万長者』という奴である。昔は『百万長者』という言葉もあったらしいが、寡聞にして知らない。

この『億万長者』も絶賛インフレ中である。
だって、日本には1億以上の資産持ってる人が100人に一人ですからな。
新幹線の普通車1両が大体100人乗りなので、無作為に新幹線に乗せると各車両に1人は億万長者。億万長者多すぎ。(実際の新幹線にはもっと多い比率で資産1億超が乗っているはず。)
しかも、『ミリオネア』がさらなる速度でもってインフレ中。
僕にとって1ドルとは240円『だった』ものである。年配の方にとって300円超。
僕にとってですら、『ミリオネア』は当時の金額で2億4千万だが、今や1億チョイで『ミリオネア』である。
そりゃねーだろ。
勿論、こういった概念は日本のGDPの伸び(の対外比)などを考慮しなければならない。
1億円という金額は、日本では決して安穏とはできない金額だが、途上国などに行けば今でも破壊力のある金額ではある。
が、問題は、1億円=ミリオネア=億万長者 という図式になる中で、実は1億円持ってる奴というのは果たして日本において長者なのかという歪みが発生してきているということではなかろうか。
いや、実際1億円あっても生活変わらないでしょ。

(因みに、日本において何をもって金持ちかというと、有名なNRIのレポートによる分類が幅をきかせつつある。こちらは純金融資産と世帯で集計している。)

まぁ、『金持ち』という定義(?)も時代と共に激しく価値が変わるので、一言で表すのは最早無理なのかもしれない。
もはやNRIみたく適宜線引きして決めざるを得ないものかと思う。
NRIに決められたくはないが。

これが更に踏み込んで『豊かさとは何か?』とか言い出したら、もう収集がつきませんな。

・・・あー、ぜんぜんまとまりのない文章ですんません。歯痛の責にして僕はすべての責任から免れたいと思います。


♪ま、そんな感じでひとつよろしく。(ランキング)♪

コメント

全くもって、同感!!
セレブという言葉を使う人は拝金主義者なのかな? と感じます。

  • BUBU
  • 2005/10/19 13:33

こんにちは!BUBUさん。
セレブという方は、間違いなく日本にも存在するんですが、そもそもブームになりえるぐらい存在するわけないんですよね。
意味の取り違い&金持ち概念のインフレ化が原因かと。
同感いただけて嬉しいです。
また遊びに来てください。

皇族は置いといて、一度は名前だけで食える日本のセレブを見てみたいもんだよ。
そういう俺は名前だけで相手が逃げ出すような武将とかの方が惹かれるけど…

やっぱ三好 長慶とかですかね!?
(↑ビミョーなところを持ってきてみた。)

同感×2!
でも富裕層のマーケティングって面白そうですね!外資のブランドとかサービス業とかが食いつきそう。
そして富裕層と一口に言っても「高級志向」とか「ステイタス志向」とか「matureであることへの志向」とかいろいろあるような気がします。例えそれが「エセ」セレブだとしても。

>富裕層と一口に言っても「高級志向」とか「ステイタス志向」とか「matureであることへの志向」とかいろいろあるような気がします。

鋭いね。さすがうきふねさん。
その志向の多様性こそが、富裕層マーケティングの存在価値の源泉だと思います。
優勝劣敗は世の常とはいえ、今後、過剰に『貧乏人はお呼びじゃねーんだよサービス』が溢れるとしたら、ちょっと抗感ありますね。

うきゃ☆誉められた ←デレデレ

でも確かに、厭味っぽいお高いサービスが栄えるのは嫌ですね。さらに同感。
全体としては森永卓郎系の人も居心地よくすごせるくらいの多様性が必要かと。

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