プチ社長日記:『ToDoリストを作っては消し込んでいくだけの人生』の話

無印良品のチェックリストを愛用している。
移動時には付箋のように貼れるバージョンを使用している。

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必ず僕は、その日の仕事を始める時、そのリスト(なければノート)にToDoを書いていく。
いや、仕事だけではない。週末も私は起きて早々に机に向かうので、1日をスタートする時はリストを作るのだ。
(週末は、土日分を纏めてリスト化する)

『リストを作っては、消し込んでいく。』 僕のここ20年の生活は、ただそれの繰り返しだ。

つまんないかもね。別に毎日ワクワクしてる訳でもないし。
でも、まぁ「そんなもんだよな」と最近は納得している。

考えてみれば、リストを「作れる」のは有難い話だ。
少なくとも、自分の行動を自分で決められるからだ。
たとえそれが「やらなければいけない」と決められたものであっても、自分でリストとして書き出すことは、実行に対する宣言のようなもので、「自分のタスク」と再定義しコミットされるのが良い。

勿論、スケジューラー(Outlook)を見れば会議だなんだと入っているのだが、その残りの時間で取り組むことに関しては、幸いにもこれまである程度は自分で決めてきた。
だからこそ、ではあるのだが、リストを作るのはけっこう悩ましい。ぶっちゃけ、一番頭を使うのがこの5分程度のリスト作成なのである。

欄は13〜14あるのだが、5分や10分で終わるようなものは記載しないので、1日に終わるのは8個程度だ。
じゃあ8個書けよ、ってなるのだが、欲深いのであれもこれもと目いっぱい埋めてしまう。
まぁ、空欄があったら埋めちゃう性分なんですよ。

で、残ったものは翌日に繰り越すので、だいたい8個程度を新規に書き出すのである。
つまり、繰り越されるのは5〜6個というわけだ。
ノートでなくてこのリストを気に入っているのは、新規アイテム8個に対して繰越しが5〜6個というバランスにある。

不思議なことに、繰り越されるアイテムが翌日に消化されるかというと、そんなことはない。
1週間存続するものもある。

「やるべきもの」を評価する時、「緊急のもの」と「大事なもの」の2軸がある。
理想は、「緊急のもの」を早々に捌いて「大事なもの」に向き合う時間をとるべきなのだが、なかなかそうはいかない。
特に仕事の場合は「緊急のもの」(期限が決められているもの)ばかり現れては消化されていく。
一方で、「大事なもの」は「やらなきゃな〜」と思いつつも忙殺されている内に繰り越されていく。
これがなかなかストレスなのである。
ただ、可視化されているのとされていないのは大違いである。
対策を考えるには現状把握があってこそ。

という訳で、今は「大事なもの」にも多少(少なくとも1時間)は向き合えるように調整することを心がけている。
「それ、誰が嬉しいの?」みたいな作業や会議からは遠ざかり、「緊急のもの」を抑えるようにしている。
無論、簡単にはいかない。
でも、緊急じゃないから、と「大事なもの」を放置しておくと、高い代償を来る日がきっとくるような気がしている。ちょっと恐怖にも近い感覚なのだが、その「大事なもの」を1個1個積み上げていった時、意味があるものとなるように希望をもって考えて拾い上げるのは、なかなか知的で楽しい作業でもあるのだ。
そしてそれが、僕を毎朝机に向かわせる動機付けにもなっている。

僕はとりあえず、この習慣をやめる心算はない。
『リストを作っては、消し込んでいく。』
ただそれだけの人生だ。
でも、それも悪くないな、と最近は思っている。

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