プチ社長日記:『たまに思い出す心象風景』の話

ガラガラと音を立て、ポトリと玉が出てくる。
それが白色ならば残念賞でポケットティッシュが渡され、赤色ならば大当たり・・・・。
くじ引きによる景品とはこういったものだろうか。

僕はあのガラガラを回すのが嫌で仕方ない。
なので引き換え券などはすぐに他人にあげてしまう。
あの独特の手ごたえ、何か中に仕切りでも入っているのだろうか?よくわからない。
母親が昔、「あれ、逆回転させるとええんやで」とアドバイスくれたことがあるが、
子供だった僕にもそのアドバイスに根拠がないことは何となく見抜いていた。(ウチの母親は想像でモノを語るのだ。)

僕が嫌なのは、いつもある風景を思い浮かべるからだ。
とても幼稚なそれだが、何故か年に一度くらいは、ふっと思い出すのだ。

・・・朝起きて、周りを見渡すと白い部屋で、どうやらそれが僕の部屋らしい。
少年の僕は何故かキチンとパジャマを着ていて、まっさきに机の上にあるガラガラ、、、もう少しお洒落なデザインなのだが、を回す。
ガラガラの隣には大きな薬瓶のようなものがあって、その中には多数の白玉が入っている。
ガラガラは非常に重い。多数の玉がまだ入っているからだ。
僕はそのおおよその数を知っている。1日1つとして、天寿を全うできる個数だけ入っているのだ。
100年生きるとすれば、36,500個、閏年を考えれば36,525個入っている。
白玉以外は赤玉が一つだけ入っていることを、僕は知っている。

ポトリと白玉が落ちる。
僕は安堵してその球を拾い上げ、隣の薬瓶に入れるのだ。
僕にとって白玉こそアタリなのである。赤玉が出た日、僕は死ぬのだ。

ただ、それだけだ。

でも、次の日辺りに赤玉が出てくることを考えてしまう。


僕はもう46歳だ。
薬瓶には16,000個を超える白玉が入っている。
ガラガラには20,000個ほど入っているだろうか。
人間は生き物だから、死が訪れる確率は毎年一定ではない。
因みに厚生労働省の生命簡易表によると46歳まで生存した男性の今後1年以内の死亡率は0.169%だそうな。
1日当たりに換算すると「まぁ、当たらないよね」という確率だ。
でも、いつか赤玉は出る。
そして死神がやってくるのだ。

無論、子供の頃から厚生労働省のHPを見る僕ではなかったが、直感的にこの心象風景がそれほど間違ったものではないことを子供の内に悟り、なんども反芻する内に定着してしまったものだと考えている。
ガラガラに例える辺り、死を遊んでいるとも言えるが、逆に偶然に左右されるのも嫌で、その他の道を考えてばかりいた時期もあった。

今では日々を大切に生きるための警句と捉えているが、それでもあのガラガラの嫌な感じは身に沁みついてしまっている。

・・・嫌なものは嫌なんだよ。
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