プチ社長日記:『ザヘダーン(イラン)〜クエッタ(パキスタン)陸路越境』の話

JUGEMテーマ:世界一周の旅



今回の旅(2018年2月3日に日本を出国し、3月20日に無事帰国)の難関と思われるのが、イラン⇒パキスタンの国境越えである。

イランのザヘダーンから国境へ向かい、その後パキスタン側の国境にある町タフタンを経て、バルチスターン州の州都クエッタまで行く道のりだ。

念の為、書いておくが、当該領域の殆どは外務省の安全ページではLv.4の退避勧告領域にある。
くれぐれも自己責任で行動していただきたい。(Lv云々に関係なく、旅とは元々そういうものだとは思うが。)

【外務省HPより。捕まったら迷惑かけず、おとなしく死ぬ覚悟で】
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尚、越境に当たっては、外務省の安全レベルだけでなく、各国の該当するページ等も参考の上、最新情報を収集されることをお勧めする。
この他、今回の越境に際しては、当サイトを大いに参考にさせていただいた。
(当サイトには今回のフィードバックを送信予定である。)

因みに、一人の場合、英語が話せない方は行かない方がいいだろう。(正直、キツイ。)
ウルドゥー語も挨拶や簡単な会話くらいは身に付けた方が良いと思われる。
要は、「あなたの国の文化を尊敬していますよ」というのが伝わればいいと思う。(最後はキモチ。)
それなりに経験のある方向けのルートになるが、それでも行く価値はある。
(私はイランもパキスタンも今回が初めてではない。)

■ザヘダーンへ:1日目

イランのヤズドにいる頃に越境のタイミングを測っていたのだが、当初の想定(と言っても直前に決めているのだが)であったバムの城塞見学を盛込むのは厳しい状況であると判断し、一気にヤズドからザヘダーンまで夜行で向かうことに変更した。
ヤズドを18時38分発の夜行に乗るとバムには早朝4時頃、ザヘダーンには8時頃着くと駅員に聞いた(実際には9時半頃に到着したのだが)、バムへ早朝に着くのは構わないが、ザヘダーンに着く時間が問題だ。
【ヤズド駅】
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越境に際しては、下記2点を重視していた。
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△覆襪世荏瓩せ間に両替を済ませて国境に到着し、国境泊を回避する。

上記の内、,蓮▲競悒澄璽鵑暴蒜颪垢襪函▲曠謄襪当局への連絡義務を負い、結果、国境までイラン側の警備が付いてしまうので時間を消費する。
(もし、警備が必要と思われるなら構わないが、私は日中の移動ということもあり、そう思わなかった。)
△蓮∩瓩国境に到着すれば、その日のうちにパキスタン側のダルバンディーンまで移動できる為である。
どこの国でもほぼ共通して、国境に長居は無用だ。

両方とも前述のサイトに書いてあったからであるが、△篭饌療に何時頃まで行けば良いかは書いていない。
また、,砲弔い討蓮▲競悒澄璽鵑貿颪泙蕕困縫丱爐悗僚蒜颪魎めていた。

しかし、仮にバムに宿泊した場合、朝4時に街を出てもザヘダーンに着くのは8時だ(と思っていた)、これ以上遅くては△播日にダルバンディーンまで行くのは厳しい。ならばそのまま行ってしまおう、ということにし、列車の中でバム〜ザヘダーンの追加分料金を支払い(20万リヤド)、終点まで進むことにした。
結果、私がいたコンパートメントは、全員がザヘダーン行きとなった。
月夜の砂漠を進む列車からの眺めは素晴らしく、ふと雪原を走っているような錯覚さえ覚える。
この時は目的地変更が上手くいったと満足げに車窓を眺めていた。

■国境(タフタン)へ:2日目

結論から書くと、この夜行列車の目的地をバムからザヘダーンに延長したのが裏目に出た。
パキスタン側で国境から警備隊が出立するのは朝8時〜9時頃であるようだ(当地で8時頃、と聞かされた)。
私の場合は、トラックの着火プラグが古く、いろいろ手間取って10時発になったが、先客がいればともかく、8時頃に行って「では、お願いします」というのは通用しないように思えた。

その場合でも、国境の審査で1時間、ザヘダーンから国境までの移動を1時間とみると、朝6時にはザヘダーンにいないと間に合わないのである。
仮にザヘダーンに宿泊した場合も、イラン側の警備隊がそんな朝早くエスコートしてくれるかは疑わしい。
結果、車でキャンプしている方以外は、上記 ↓△鯲称するのは難しいと感じた。
バムに宿泊する場合は、国境で1日足止めを喰らうのは覚悟した方が良いだろう。

寧ろ、国境で1泊するのは覚悟の上で、バムなりザヘダーンなりで観光でもして美味しいものを食べてから国境に到着するのが正解だと思われる。
【ザヘダーン駅】
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これらは当然、後になって判ったことなので、私はザヘダーン駅に到着後、先を急いですぐにタクシーと交渉した。

この辺まで来ると英語を話せるドライバーが少なくて苦労するが、逆に流暢に話せると「やたら観光客慣れしてるからボッてくるのではなかろうか」とジレンマに陥るのが自分でも面倒くさい。
ドライバーと交渉中、丁度英語ができる人がいたので仲介してもらい、両替商経由で60万リヤド(16ドル)となった。
後で国境の係員に聞くと20万リヤドでも来れると聞いたが、ヤズドの相場から換算しても悪くはないと感じたのと、
乗合いではなくて両替商経由で外国人相手なら仕方ないと自分を説得した。
安く旅するのが第一目的ではないのだ。

両替だが、タクシーの運転手が奮闘してくれて何件か当たってくれたのだが、どれもレートがよろしくない。イランでパキスタンルピーを入手するのは最小限にした方が無難ではあるので無理はせず、少量だけ両替する。
尚、国境でも両替できるのだが、レートはこちらもよろしくない。
ただ、イランのお金はここでほぼ全部換金した。

いろいろ街をさまよったが、両替も済んだのでいよいよ国境へ向かう。
一応、ここから外務省の安全情報的にはLv.4なのだが、道は見通しがよくてチェックポイントも複数あり、通行量もそれなりにあるので、危険は全く感じなかった。

【ザヘダーンからタフタンへ向かう】
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イラン側国境では何故か観光事務所を開いているオッサンの営業の手伝い(宣伝してくれと頼まれる)をさせられたものの、特に問題なく出国。国境の施設も充実していると感じた。

一方、パキスタン側はセメントで固めた小屋みたいなのが入国管理局である。
何というか、国力の違いを如実に感じる。
内容については、簡単な質問に答えるだけで、特に問題はない。

で、「このオッサンに付いていけ」と言われるのでバイクで仲良く2ケツして、すぐそばの警備隊駐留所に連れていかれる。
この警備隊は「リーバイズ」と呼ばれている。
いよいよ出立かと思ったが、ここで、「ハイ、じゃあ明日までここで待ってね」と粗末な部屋に通される。
まだ12時前である。
ほぼ一日ここで過ごすのか、、と思うとゲンナリで、バムもすっ飛ばして急いで来たものの報われなかったが、これも経験である。
まして、飯も出してくれるのだ。コンセントは部屋の外にしかないけれど、まぁ、安全なだけ良しとする。

【リーバイズ詰所】
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【ごはん(無料)】
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【宿泊部屋】
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※窓は破れており、床はほぼセメント。夏は相当量の水を持参した方がいいと思われる。

■タフタン〜ダルバンディーン:3日目
8時に出発と聞いていたが、前述のとおりピックアップトラックの調子が悪く、結局10時前に出発となった。

ピックアップトラックの荷台に乗り込むのであるが、本日の「荷物」は私だけである。
リーバイスの各管区で、バケツリレー形式に要警備対象者が運ばれる、という塩梅である。

【タフタンの街並み】
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軍のチェックポイントも別にあるが、リーバイスのチェックポイント3カ所で車を代え、結局のべ4台でダルバンディーンに到着。
3月月初だったので、トラックの荷台は頗る気持ちがいい。

【軍のチェックポスト】
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【リーバイズのチェックポスト】
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【途中すれ違ったタフタン行きの列車。一応客車が連結されているが、乗れるかは不明。】
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【よくこんな線路走るよな。。】
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【リーバイズの主武装はAK-47】
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【陽気な隊員】
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基本、東に移動しているの午後には荷台への日差しに遮るものがなく、少々暑かったが、バスより快適で無料、そして警備付きなので文句のつけようがない。
因みに、実際には私以外に多少の管区間の物資が積まれており、水や、何故かテーブルセットなどが運ばれていた。

ダルバンディーンには指定のホテルに泊まることになる。(1000ルピー)
警護の人の隣室に泊まるのだが、何故かその分も負担してくれと頼まれる。
部屋は超低速ながらもwifiが使用でき、お湯も10分くらい我慢すれば出てくる。
事前に持っていた情報よりも遥かに使い勝手が良いので文句はない。
ただ、パキスタンにありがちなのだが、トイレは超絶汚い。
因みに私が今まで出会った最も汚いトイレも、前回のパキスタン(ギルギット)訪問時であった。

余談だが、警備の方はなかなか面倒見がよく、2時間に一回くらいドアをノックしては「大丈夫か?」と
聞いてくる。もう、ドアに「No problem.」と紙に書いて貼っておこうかと思うくらいだ。
そんな訳で、(安全ではないのだろうが)危険は全く感じなかった。

【一緒に宿泊するリーバイズ隊員。親切。】
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■ダルバンディーン〜クエッタ:4日目
さて、4日目である。
宿での朝食はなかったが、事前に指定された8時半丁度に出発。
昨日と同じ、一日中ピックトラップの荷台で移動である。
ただ、各管区が細かいのか、やたら乗り換えが発生する。
途中から数えるのを諦めたが、10台以上である。

【チェックポストをひたすら通過する】
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【写り悪いですが、そこかしこにプチ竜巻が。】
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【西日はつらい】
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乗り換えは基本的にリーバイスの詰め所で実施されるのだが、稀に、ただの道端で交代となる。
詰所では、だいたい名前その他の情報をノートに記入した後、チャーイや水を貰えたりする。
無線はあるものの、隣接する管区との連携が決して良くはないので、隣の管区からトラックが来るまでの間は雑談タイムである。

【雑談タイム】
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稀に彼らの「お祈りタイム」になる。日没時は、詰所ではなくて道端の祈祷スペース(結構、多数存在)に寄ってのお祈りである。
ただ、彼らは交代制であるが、運ばれている私の方にはランチタイムはない。
トラックに揺られる2日間は水とビスケットだけで凌いでいたので、両方とも事前の購入を推奨する。
(国境のリーバイス詰所のすぐ隣にATMと店がある。頼めば一緒に連れ出してくれる。)

道中の景色は、砂漠、礫漠、山岳地帯と意外に変化に富み、見ていて飽きない。
荷台は一人のことが多いが、後半になるに従って人数が増えて荷台に一緒に乗ってきたりして、それもなかなか楽しいのである。

【砂漠地帯】
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おそらく、タフタン周辺の危険は少ないと思われる。荷台に乗っていても、正直、あまりにも何もないので警備の必要性が疑問だったし、実際に警備もおじいちゃんがAK-47を抱えているだけだったりする。寧ろ杖にした方が良さそうである。
一方、山岳地帯を中心に、クエッタに近づくに従って多少、警備が本格的になる。
単に急いでるだけなのだが、猛追してくる自動車が近づいて来たときに、銃の安全装置に指をかける隊員もいた。
ダコイット対策という意味では、フンザ近辺と同様、山岳地帯の好戦的な部族が危険、ということかもしれないが(トライバル・ゾーンと呼ばれる)、リーバイス管区は結構地元の人間が多いようで、トラックに揺られながら「これ、俺の村だぜ」とか教えてくれるので、基本、危険は感じない。まぁ、でも、キ〇ガイは一定の確率でどこでもいるからね。用心に越したことはない。

山岳地帯の終盤であるムスタング管区を抜け、いよいよクエッタ管区である。
ここだけピックアップトラックではなく、何故か防弾仕様のレンジローバー(但し激ボロ)である。
目立つし遅いし、逆効果疑惑があるが、それも2台乗り継いでの移動である。

【防弾仕様レンジローバー】
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ホテルについては、事実上、一択である(実際には2択)。
ブルームスターというホテルで、「地球の歩き方」にも出ている良心的な宿だった(過去形)。
尚、「地球の歩き方」のパキスタン編は08年度が最後に更新されておらず、事実上2007年以前の情報である。
それでも無いよりマシだが、インフレが激しいので料金は当てにならない。

このブルームスター、食わせものの宿で、料金3000ルピー(約3000円)も高いが、トイレットペーパーや石鹸を黙って渡しておきながら使用すると料金を請求されるシステムである。
宿につくと先客が揉めていたので、それを聞いて事前に事情を知ったので私は回避できたが、
何かとコスイのである。
ホテルからは出られないので、晩飯もここでとるしかないのだが、これも値段が高めで腹立たしい。

他の宿泊者3名(ドイツ/スェーデン/スイス)も同意していたが、指定宿泊所というのをいいことに、どうもバロチスターン州政府の一部とつるんでいる疑惑が絶えない宿である。
それも、悪化の一途を辿っているらしい。
3名の内2名は逆方向(イラン行き)であったが、残る1人はなんだかんだと足止めされているとのこと。
警備なしに宿からは一歩も出られないので、無論、連泊する意味など何もないのだが。。。

■クエッタ:5日目
さて、リーバイスの警備体制はまだ終わりではない。
クエッタにて役所から「NOC」という文書の発行を受けないといけないことになっている。
この申請の為、朝9時頃に比較的重装備の隊員が迎えに来てくれる。

【迎えに来てくれるリーバイズ隊員】
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この日は、既にブルームスターに宿泊していたスェーデン男性(50歳・独身)と一緒に役所に出向く。
彼はイラン・パキスタンを車やヒッチハイクなどで、計10回は来ているということなので、いろいろと教えてもらう。
私はNOC申請だけだが、彼はイラン大使館でビザの発給を午前中に受けなければいけなかった。
実際に行ってみると、いろいろな部屋に通される。
そこでは挨拶はするものの、特に何もしない。ボケっと待っているだけである。
で、そうするとまた次の部屋に呼ばれて、挨拶である。
機上にパソコンはあるが、モニタにはクリケットの試合やゲームしか映っていない。
仕事は全て紙ベースである。

・・・遅い。非常に遅い。
あんな宿に2泊するのは御免だ。私は「できれば列車で、今日中には街を出たい」と伝え、スウェーデン人も大使館の件を何人にも伝えていた。
しかし、一向に進まない。
スウェーデン人によると「前回は30分で終わったよ」という手続きは、我々の足下を見透かしたかのように、遅い。

途中、役人たちと一緒にスウェーデン人を囲んで彼の身の上話になったが、「結婚式の2日前に彼女に逃げられて以来、彼女のことが忘れられずいまだに独身。彼女の行方は不明。」という衝撃の告白に、パキスタン人役人と私の泳いだ視線が交錯する瞬間こそ熱かったが、それ以外は「ひま」の2文字である。

結局、NOCが渡されたのは5時間半後の15時過ぎである。
NOCを見ると、「翌日に列車でカラチ方面に行くから、管区にいる皆の衆、よろしくな」という内容とサインだけである。
おい、ちょっと待て、翌日ってなんだよ。
「いや、今日、街を出るって言ったよね?」
「もう、今日は列車ないよ。次は17時。」
「じゃあ、17時に乗るよ。」
「暗くなったら出歩いたらダメって書いてるだろ。」
「17時は全然明るいじゃん。」
「ダメ。」
「じゃあ、列車を諦めてバスで行くから、ここ(記載内容)変更してよ。」
「ダメ。」
である。因みに17時より前の列車は11時だけだが、バスは頻発だ。

・・・もうね、俺はテロリストじゃないけど、役所ごと爆破したい。
一日中ゲームやってテレビとスマホ見てる生産性ミニマムな役人連中を、別に税金払ってる訳でもないけど、血祭りにあげたい!!
・・・そう思う瞬間だ。

正直、「私が帰った後、どうぞテロリストの皆さん、爆破してください、応援します!」
と抱いた気持ちは、今でもちょっぴり残っている。

【決して見返されなさそうな書類群】
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【PCはクリケット観戦用。何もしない役人。】
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可愛そうなのは、彼女に結婚式2日前に逃げられたスウェーデン男性(50歳)である。
それだけでも可哀そうだが、彼のNOCも「翌日にイラン方面行くから(以下略)」と書いてある。
いやいや、お前らのせいでビザ取得は明日にずれ込んだので、明日は無理だろ、明後日だろ、と一緒になって詰め寄ると、「OK、OK」とか言って、「明後日」に書き換えた紙を再出力した(サインもない)紙をポン、と寄こしてくる。

この瞬間、「お前、一瞬で出来るやんけ!!」とキレかかる私を、彼女に結婚式(中略)スウェーデン男性(50歳)が「いいから、ケンジ。ハウス!ハウス!!」という目で静止するので思いとどまる。

パキスタン、という国は、変にメンツを気に掛けるところがある国だ。
「名誉殺人」という言葉があるのも、お国柄か。
役人に恥をかかすのはタブー、ということらしい。

しかし、彼は良くても、私としてはブルームスターにもう一泊するのは業腹である。
実は、もう一つの選択肢があるということを、別管区のリーバイスから聞いていた。
ホテル・セレナ。
このラブホみたいな名前のホテルも候補らしいのだが、料金が非常に高く、また、例の理由もあってかクエッタ管区の連中はブルームスター一点張りということらしい。

というか、NOCには「宿泊所ブルームスター」って印字されているし。
癒着の温床にならん方がおかしい。


迎えに来てくれたリーバイス隊長格の人に、「ホテル・セレナも見てみたい」と申し出る。
幸い、(前略)スウェーデン男性(50歳)も「ダメ元でイラン大使館に寄りたい」というのだが、彼によるとセレナはイラン大使館のすぐ隣らしい。

なので私も連れてってもらったのだが、、、私はこのホテルを一目見て気に入ってしまった。
高らかに「ここに泊まります」と申請する。
16,000ルピー(約16,000円)だが、物価の安いパキスタンと言えども、カラチの高級ホテルは20,000ルピーはザラである。
朝食は勿論、飲み物、ラウンジの食べ物込みでこれはお得だ。
もともと私は仕事の為に、1週間に1度は中級以上のホテルに泊まることにしている。
日本だと一泊5万以上は優にするクラスなので、文句はない。
一番貧乏そうな恰好をし、ブルームスターの料金に文句を言っていた私がイキナリ高級ホテルに泊まると宣言したのでリーバイズ隊長は驚いていた。

隊長は「明日、9時に迎えに来る。」と言い残し、私も念も押したのだが、もはやこの時点で、私はこの隊長を信じていなかった。

「列車の出る11時までは来ないだろうな。」そう思ったが、「では、明日。」と言って別れた。

※リーバイスの名誉の為に書いておくが、私の知る(ごく狭い)範囲では、クエッタ管区の一部メンバ以外は(適当なところも含めて)良い人ばかりである。

■バロチスターン州脱出:6日目
セレナは、設備は申し分なく、スタッフもプロの仕事として及第点で満足であった。
(もともとホスピタリティ溢れる国民性だが、仕事になると突然ダメになるという私の印象である。)

朝食とチェックアウトを済ませ、ロビーで待っていると、案の定、今日は迎えが来ない。
11時に間に合わなければ、NOCの再交付で本日もクエッタ泊である。
またブルームスターに泊まらせる気なのだろうか。。。

ホテルスタッフに催促の電話を入れてもらったら、「本日は忙しくてすぐには出動できない」とのこと。
・・・やれやれ。

NOCには、「適当な護衛なしに(バロチスターン州を)出歩いてはいけない」旨が書かれている。
この「適当な」を最大限軽く解釈し、クエッタ市内は一応Lv.3であることを心の盾に、一人で駅に向かうことにする。
念の為、ホテルのマネージャ格の人に「あと20分待って来なかったら、俺は行くから」と言って了承をもらった会話をこっそり録画させていただいた上で、きっかり20分後には、静止するセキュリティを「いいから、いいから」と制止の上ゲートを出て、すぐにトゥクトゥクに乗って駅まで行く。

【ホテルセレナのセキュリティを抜ける】
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【クエッタ駅】
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・・・ここは自己責任だが、本当に危ないかどうかは、ある程度経験のある旅行者ならわかるものだと思う。
因みに、外務省の安全ページでは日本は危険指定されていないが、私の評価ではLv1指定だ。

駅には、(我々を護衛してくれていたのとは別の)リーバイス隊員がおり、こちらから積極的に挨拶をしに行く。
「なんで護衛がいないんだ?」とか聞かれることはなく、一応、NOCを見せたが、それ以前から早速世話を焼いてくれて、列車のチケットも取ってもらった。
パキスタンは特急列車(グリーンライン)は事前の予約が必須だ。今回は急行だったが、指定座席をとってもらった(警備要員の為に、確保している枠があるとのこと)。おまけにチャーイも奢ってくれた。
最後に「FacebookのID教えてくれ」と来たので、即OKで今は友達欄に出てくる。ありがとう、イムラン。

【クエッタ駅構内】
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【チケットを取ってくれている】
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【バロチスターン州の駅】
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【列車】
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列車は定刻どおりクエッタ駅を出発。
これで晴れて自由の身となった。
安堵すると共に、世話してくれたリーバイス隊員達に感謝しながら、流れゆく車窓を見やる。

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