プチ社長日記:『アフリカ縦断#3:モザンビーク共和国』の話

■モザンビークへ
早寝なので早起きとなり、幸い朝食はついていた
(基本的に朝開いている店がないせいか、南部アフリカの宿は高級ホテルを除きデフォルト朝食が付いている)
ので、朝食後散策に出る。
散策と言っても特になく、比較的新しいショッピングモールが賑っている程度である。
【スワジランドのショッピングモール】
DSC_2835.JPG

【スワジランド王国なので、王様の像(国民の人気はイマイチ)】
DSC_2833.JPG
市場で昼飯になるようなものを買い込み、バスターミナルへ向かう。
アフリカ縦断計画第1回目の旅程としての最終目的地は、モザンビーク共和国の首都、マプトである。
エッフェル塔のエッフェルさんが設計したと言われる、マプト駅の駅舎が最大観光スポットだ。
無論、読んでわかるとおり、大したことはない。
エッフェルさんの偉大さを知るには、エッフェル塔を見に行く方が確実だ。
だが、それがいい。

マンジーニまでの移動で思いのほか時間を消費したので、満を持して午前中(と言っても11時過ぎていたが)にバスターミナルに向かう。
【ターミナル傍のマーケット】
DSC_2837.JPG

ところが、先ほども言った「満員になると発車」システムの為、4時間弱ほど待たされる羽目に。
先を急ぐ方は、いっそ早朝にバスに乗るべしだと知る。午前中だから大丈夫、というのは甘かったようだ。
最初のバスは7時に出たとのこと。
中途半端な時間だった為、「マプトに行く客」ではなく、「マンジーニで用を済ました帰りの客」
を待つ羽目になってしまったようだ。
結局、16時近くの発車になってしまった。「暗くなるまでに、目的地の宿にチェックインする」という目標を掲げていたのに、
全然思うようにならないなぁ、一人ボヤく。
マンジーニ〜マプトは地図で見るとそんなに離れていない。が、そう簡単にいかないのがアフリカ、というところか。
スワジランドが割と高地にある為、坂道かつ蛇行もあってなかなか進まず、5時間はかかった。
国境はいつも通り歩いて越えるタイプであるが、そこから見た夕日の美しさは格別であったのを覚えている。
【国境】
DSC_2856.JPG

因みに、今回の旅行で唯一、ビザが必要なのがモザンビークである。
品川からちょっと歩いた雑居ビルに大使館は入っている。
普通、ビザの発行には「見開き2ページ」の査証欄が必要なのだが、何故かモザンビークは「見開き4ページ」である。
スタンプは散らして押してくるので、モザンビーク入国後に国境でジンバブエなどのビザを申請する場合、
都合「見開き6ページ」が空白である必要があるので、それなりに査証欄が埋まっていたら増補してから
出発することをお勧めする。
私のパスポートも増補したが、お盆前のピーク時でも増補はすぐに申請できる(申請後、2時間待たされますが)。
【モザンビークの普通の街】
DSC_2868.JPG

マプトに着くころには日もとっぷり暮れていた。
ターミナルに着いたのだが、モザンビークの通貨を持っていなかったので、ミニバスの運転手と交渉し、
そのまま宿まで送ってもらうことにした。
モザンビークの街の治安は良くないと聞いていたが、確かに裏通りなどは厳しいものがある。
よく見ると暗がりにも人が沢山いるので意外に安全なのかも知れないが、
土地勘のないままに出歩くのは避けた方が良さそうだ。

第1回遠征の宿泊は今晩が最終日なので、事前に日本で予約していたのが奏功した。
結局、移動だけで1日を費やした計算である。

翌日は、早起きして街にでかける。
向かう先はマプト駅である。
昨夜の不穏な空気とは打って変わって、初冬の冷涼な空気が気持ちいい。
挨拶をしてくれる人も多く、物売りも別段しつこくないので、「要らないよ」と言えば
すぐに引き下がってくれる。
【有名なマプト駅】
DSC_2879.JPG
【内部は普通】
DSC_2874.JPG

ただ、モザンビーク、特にマプトは警察が腐敗しており、ネットで有名な名だたる旅人たちも
お金を取られたりしている。
警察の腐敗度は、その国の成熟度を測る負のバロメーターの一つだが、急速に内戦の過去から
立ち上がるモザンビークではまだ統制が取れていないようだ。
せめて、外国人のパスポート不携帯が罪に問われないようにすれば、少し状況は良くなると思うのだが。。。
※警察の手口は.僖好檗璽噺せろ ▲僖好檗璽箸鯤屬靴討曚靴韻譴亢發鮟个察,任△襦
パスポートを見せなければ、罪に問われるので、「見逃してほしければ金を出せ」となる。
私も警察らしき人間を見たら、道路の反対側に渡るなど、不審者よりも警察を警戒しながら歩く。

マプトは大きな街だが、見るべきものは街の中心に集中している。
駅はデザインが美しく、気合を入れた観光地化していないのが却ってよい。
町並みも道幅も広く、港湾の方では大きな吊り橋が建設中である。

内戦前には日本のビジネスマンも来ていたのだろう。
ナショナルのエアコンなどの広告が残っている。
残念ながら内戦で撤退したその間隙を突く形で、
今や完全中国な経済である。いたるところでハーウェイであり、
スマホも日本製を扱っている店など絶無に近い。
かろうじて自動車が踏みとどまっているレベルである。


その他もアイアンハウスなどを見て回り、その後は宿に戻って飛行機の時間まで仕事をして過ごす。
当時は、アフリカ縦断第二回遠征はマプトから開始するものだと思っていたので、
北上するバス路線を調べたりで時間を費やしてしまった。
垣間見たに過ぎないが、北部はリゾート化の計画も進めているようで、一部のサーファーには知られた
ビーチもあるらしい。
政府も観光資源に気付き、力を入れ始めたようである。。。。
・・・が、あの国旗、どうにかなりませんかね?

いや、思い入れたっぷりなのかも知れませんが、
国旗にカラシニコフですからね。しかも配置が、「ペンは剣よりも強し」ではなくて「銃、最強!」になっております。
この、疾走する中2感を受け容れる方でないと、この国旗見てリゾートに来る人は少ないと思うんだけどなぁ。。。






コメント