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プチ社長日記:『ウズベキスタン漫遊記#6』の話

ブハラでは一人で静かな正月を過ごした後、最終目的地のヒヴァへ向かう。
宿屋の女主人にヒヴァへの行き方を聞き、近くのバスターミナルへ向かう。
(イスラム世界だが、女性の社会進出はそれなりにあるようだ。)
バスターミナルと言っても、バスはなく、乗合のワゴン(というよりバン)が屯ってるだけである。
で、ヒヴァ行きの交渉をするのだが、そもそもヒヴァ行きは夕方まで出ないと言われる。

■バスターミナル
bus.JPG


ブハラは見どころの多い街だが、それでも2日も滞在すれば見て回れる規模である。
オッサン達がタクシーで行けというので、駄目元で交渉してみると、(ちょっと正確な値段を失念したが)タシケント⇔サマルカンドより安いので飛び乗ることにした。
ところが、このタクシー、あれよあれよと乗客が増え、運転手と子供入れて7人となった。
因みに車種は「ネクシア」という、プリウスを少し大きくしたような車だ。

イスラム圏なので女性を優先して助手席に乗せ、狭いタクシーで一路ヒヴァへ。
道は割と整備されていて、地平線の見える広大な土地を西へ驀進する。
途中の休憩はバグダッド・カフェを更に廃れさせたような掘立小屋での1回のみ。
だが、そこで見た夕日が沈む様は息をのむような美しさだった。

その後も移動は続く。狭い車内で体中が痛い。一体、いつになったら着くのだと不安になるが、ヒヴァについたのはとっぷり日も暮れてから数時間走った後だった。
ヒヴァの遺跡は街の外れにある。宿をとっていなかったのだが、街の中心には大きなショッピング・センターなどもあって安心する。中心街に宿泊してもよさそうだが、朝日に輝くヒヴァを見たくて、遺跡の方まで行く。
もともと遺跡のゲートまで行くのが約束だったからだ。
中心街でタクシーを降ろされ、別のタクシーに分乗するのだが、ここでちょっとしたトラブルが発生する。
先行したドライバーが分け前を多くとったのか、分乗後のドライバーがもう少し金をくれ、というのである。
冷静に考えたら安いのであるが、そこはウズベキスタン。2千円くらいでも支払は札束となるので、大金を支払った気でいる私は当然、抗議。
商売のルール無視は私の逆鱗ポイントだ。断固拒否し、運転手は英語が話せないので身振りで胴元を携帯で呼び出してもらい、約束が違うと断固抗議、抗議というより(私の英語力のせいで)罵詈雑言である。
胴元は非を認めて取り消したので、それ以上は追及しなかったが、ドライバーがまだ何かブツブツ言っている。
ブツブツ言っているのだが、英語でないので聞き取れない。憮然としたまま、交渉は終了したのだからと黙殺を続ける。

車は長い間、のろのろと走り続けた。そうこうする内に数少ない英語表記の標識でも旧市街(遺跡)は通り越したようだ。
・・・そこで私は悟った。これはちょっとやりすぎたかも知れん。

車は街を外れ、人気の少ない川沿いを走る。周囲は真っ暗で、川沿いであることも目を凝らさないとわからない。
もはや道も舗装されていないので速度はそれほどでもない。ドライバーは私より小柄だが、いざという時の為に、飛び降りも辞さずで身構えていると、一軒の家の前で停まった。
ドライバーは何かを話して車を降りて民家に入っていく。着いてこいという身振りはしなかったが、私も車を降り、いざという時の為にドライバー側に回り込んでドアの傍に立つ。
血気盛んな野郎共が出てきたら、鍵を抜き取って逃走し、追ってこれなくしてやろうという魂胆だ。
暗闇の中、民家の方にじっと目を凝らす。

ところが、出てきたのは先ほどの小柄なドライバーと女性である。
女性は流暢な英語で話しかけてきた。

「オールド・ヒヴァ(遺跡のある旧市街方面)はこの時間帯になると車道は閉鎖されていてゲートまで行けないのよ。それで、彼はホテルまで送ろうと思ったのだけど、どのホテルまで送って行けばいいか分からないから、友達の私の所に来たのよ。」
・・・要約すればこうである。

どうやら、彼は胴元から誤解を解かれた後は、私から追加料金を請求しようとしているのではなく、私の為に付近を走り回り、挙句、英語の話せる人間の所に連れてきてくれたのである。私なら閉鎖されている地点で客を降ろすのだが、彼はそれを不憫に思ったのか、旧市街の周りをぐるっと回ってくれていたのだ。

私は恥ずかしくなった。無論、用心に越したことはないから、間違っていたとも判じ難いが、黙殺せずに意思疎通を図ろうとしていれば、彼の意図くらいは汲めたと思う。

彼女経由で運転手に謝罪の言葉を述べると、彼にも笑顔が戻った。
私は、宿はまだ決めていないので、交通規制箇所の手前で良いと告げた。
送ってもらって着いたところは、30分ほど前に通ったところだった。
彼の善意に感謝をし、結局、当初に追加請求された額以上のチップを渡した。
チップというのは、こういう時に渡すべきものだ。「正直こそが最良の商売方法」というのが世界中のコンセンサスになる日が来ればいいと、心から思う。

さて、もうすでに夜の10時を回っていた。砂漠地帯の夜は、猛烈に冷える。と言っても川が凍るほどではない。
車両の通行は止められていたが、徒歩なら先へ進める。旧都市のゲート付近になら必ず宿はあるだろうと思ったが、案の定、2軒ほどあった。
安そうな方に飛び込む。「今晩、部屋はあるか?」と聞くと「当然だ」という表情である。
カウンターの後ろにキーボックスがあるが、その殆どにキーがある。客がいないのだ。
正月が観光シーズンだとすれば厳しいかな、と思っていたが、そもそもイスラムの正月はヒジュラ暦ベースなので、それほどでもないようだ。というか、閑散期のようですらある。
念のため、「お湯は出るか?」「wifiは使えるか?」も聞いてみた。両方Yesだ。申し分ない。
部屋に入ると旧市街の門が見える。
疲れていたのでシャワーも浴びず、そのまま眠り込む。



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