プチ社長日記:『ウズベキスタン漫遊記#1』

昨年12月29日から1月4日まで、年末年始の休みを目いっぱい使用してウズベキスタンに。
この時期は「年末年始の予定は?」というお約束の会話がなされる季節なので、以下のような会話を数回くりかえす羽目に。

「年末年始の予定は?」
「・・・とりあえずウズベキスタンに行こうかと」
「なんで?」
「飛行機で」
「そういうの、いいからっ!」
「・・・んー。今回はいつもと違って、期間が短いからね。ルートをそれて、純粋に覗いてみたいところに行こうかと。昨今、中央アジアはビザのトルクメニスタン以外は緩和がなされつつあって、アクセスが飛躍的に容易になったこともあるし、ほら、安倍首相も今年に中央アジア歴訪したとおり、日本にとっても市場的に重要な地位になりつつあるんだ。加えて天然ガスなどの天然資源も豊富だし、再南下を目論むロシア、一帯一路的にアメリカとの直接対決を避けて西に食指を伸ばす中国との思惑が交錯してて、政治的にも今後熱くなる。それに俺は歴史好きなので、シルクロードの要衝サマルカンド観ずして死ねない。サマルカンドはね、別名『青の都市』と言われてて、俺の一番好きな色である、、」

「・・・もういい。わかった」
「人の話は最後まで聞けって、昔、習わなかったか?」

・・・最後はぶった切られたが、だいたい上記の理由で今回はウズベキスタンをチョイス。
今回は休みの期間が短かいので、1日も無駄にできない。ビザを事前に準備すべく調べてみると、大使館は泉岳寺付近になる。この前のパキスタン大使館の割と近くだ。

【ビザ取得】
仕事を中抜けして、品川駅から歩いて大使館へ。途中、泉岳寺わきのほっそい歩道を歩いていく。
大使館は、バングラデシュ大使館のような感じで、普通にインターホンを押して家に入っていく感じ。

PCからダウンロードした用紙とパスポートを提出する。
誠実そうな係の男性が対応してくれる。
書類の提出を終え、引き換え券を待っていたのだが、「そんなものはない」と言われて少々驚く。
引取りの際は別の身分証明書が必要かとも聞いたが、それも不要で、ビザ代の振込通知のレシートだけ持って来れば良いとのこと。

申請者が少ないのだろうか?
当惑した私を一瞥し、お前の顔みたら本人かどうかなんて解るだろ、なんでそんな事を聞くんだという係の方の反応が新鮮で、俄然ウズベキスタン行が楽しみになる。

帰りに泉岳寺にお参りする。実は初めて泉岳寺。そんでもって泉岳寺と言えば赤穂浪士。
如何に主君の敵とはいえ、47人の集団私刑なんて近代国家なら絶対に認められない暴挙だが、日本人はこの手の話が好きだよね。
私も日本人なので右にならえである。ただし、浅野氏の墓もいれると計48のお墓である。
1基につき30秒でも24分かかる。最初は丁寧にお参りしてたが、さすがに48はしんどい。講談に出てくるようなような有名人ならともかく、無名のその他(それも享年がめちゃくちゃ若い)の墓には「童貞で死んで、さぞ無念でしょうな。お察しいたします」くらいしか出てこない。
仕事抜け出して何やってるんだ俺は。

そんな感じでビザさえとれば、準備はほぼ完了である。

【出発】
28日は仕事納めである。先輩方といつものように遅くまで飲んだくれる。20時くらいから飲んでたかな?気付けば27時である。
いつもなら先輩方に最後までお付き合いさせていただくのが喜びであるが、朝早い便なので残念ながらお暇する。

タクシーで帰ってきてから、おもむろに荷造り。と言っても、いつものリュックにいつもの装備。下着類は捨ててくる覚悟で古いのを突っ込み、『地球の歩き方』を機内で読めるよう最後に詰めれば完了である。パキスタンと違って最新刊があることから、それなりに訪問者もいるのだろう。(パキスタン編は8年ほど更新が中断されている)

故意に事前情報を持たないようにしているが、周辺国のビザ状況と治安だけは確認するのも自分のお約束。見るとキルギス(旧キルギスタン)とカザフスタンはビザが不要である。現地で雰囲気みながら、機会があれば訪問を狙うこととする。

そのまま寝ずに羽田まで向かう。韓国ではGMPからINCに空港の変更があるので、酔いの抜けきらない顔で入国・出国手続きをすることになったが、便数が少ないので仕方がない。そもそも、いつもどおりの最安値クラスのチケットなので贅沢は言えない。

近代的な仁川空港の搭乗エリアにおいて、黒の革ジャン姿のムサい男の比率が高い地味目な一角がウズベキスタン行き便のゲートである。あぁ落ち着く。ひと眠りしたら夜のタシケントである。

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