プチ社長日記:『インド〜パキスタン#2(陸路越境)』の話

さて、翌日はいよいよパキスタン国境超えである。
インド・パキスタンの国境事情は変化しやすく、なかなか最新の情報を入手しにくいのが実情だ。
特にパキスタン側は『地球の歩き方』が2007年から更新が停止していることもあって、情報が不足しがちだ。(※)

結論から言うと、「パキスタン側・インド側双方とも国境までのアクセスに難があるも、現時点で越境には何の問題も無い」ということになる。

※なにかと重宝する『地球の歩き方』であるが流石に8年たつと情報の陳腐化は避けられなくて、例えば物価が2倍以上になっていたり、この宿を当たってみようと思ったら豪快に潰れていたりする。
ずっとデフレに苦しんでいる我らの感覚では8年で物価が倍というのは考えづらく、最初はボラれてはかなわんと炎の交渉を続けていたが、大手長距離バスの値段が2倍になっていることを知り、まぁ、そういうものなのかと納得するまで時間がかかった。最新情報は(英語だが)lonely planetがお勧めである。


『地球の歩き方』では国境審査の職員が酷いと書いてあったが、私の場合では、パキスタン側の入国審査官は(2人いたが2人とも)女性であった。イスラーム世界で女性の職員というのは珍しいので、その辺は国も気を遣ってくれているのかもしれない。
尤も、陸路で入国する日本人は極めて少ないらしく、単純な好奇の視線にさらされるのは仕方ない。
私としても、審査に当たって多少は身構えていたのであるが、審査官の最初の一言が『あなた、髪の毛跳ねてるわよ』である。そこかよ、放っておいていただきたい、という気持ちを堪えつつ、相手がお役人なので一つ一つ丁寧に答えていく。が、その後も『あら、このスタンプどこの?変わってるわね。』『あ、それコソヴォです。国の形(がスタンプに彫られている)。』とか入国に関係ないやりとりがただひたすら続く。そのうち、隣のカウンターの女性審査官も身を乗り出しての雑談である。

一点、注意すべきは宿泊先だけ(どっか適当なのの住所・電話番号でよい)は決めて置いた方がよい。一応、夜間の外国人外出は制限されているようなので、そこだけ押さえておけばまず大丈夫と思われる。

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【パキスタン側国境ゲート】

その他にも、何故かセキュリティーエリアに両替商がおり、レートは決して良くは無いものの、インドルピーを持ってても仕方ない多数の人間にとっては便利であるし(パキスタン側の方がレートは良かった)、パキスタン側にも税関抜けて少し歩いたところ、なぜかサルが飼われている檻を過ぎて右側には冷房の効いたブースにATMもあるので、入国に関する不安は一瞬で解消する。(それにしても何で国境でサルを飼ってるのかは謎。)

問題は国境から最寄りの街までのアクセスである。インド側は、何だかんだ言ってリクシャーが常に待機しているので問題ない。ボラれてるのかもしれないが、私の場合は250ルピーで片道貸し切りだった。相当な距離があるので、タクシーかリクシャーでないとまずアムリトサルまでは行けないので必要な出費と思っている。
問題はパキスタン側で、税関出ると遊園地内のバスみたいな可愛い乗り物がセキュリティーエリア外500mくらいまで連れて行ってくれる。因みにそこの税関のおっさんやポーターのおっさんもオモロイ面々なので、待ち時間は苦にならない。

送ってはくれるものの、そこからバスが直で出ていないらしく(近くの小さい街、ワガーからは出ているようだ)、誰に聞いても『7kmほどあるけば(ワガーで)バスがつかまるよ』との回答である。最初歩き始めたが、何しろ炎天下なので体力が著しく消耗する。結局、戻ってきてしまった。最初は不在だったリクシャーもその頃には数台が客待ちしていたので、最安値(350パキスタンルピー(1パキスタンルピー≒1.2円))を提示した隻眼運転手のリクシャーでラホール駅まで行くことにした。

因みに、パキスタン側の税関のおっさんに、『日本人て、どれくらいここ通るの?この1週間に他に何人いた?』と聞くと『いや、全然通らない。おまえだけだ』との回答であった。。。

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ラホール駅では砂埃が舞っていた。いや、砂嵐と言った方がいいかもしれない。ラホールにはまた戻ってくるので、とりあえず北上してラーワルピンディーに向かうことにする。
本来、この手の長距離列車は、町中にある予約オフィスでチケットをとる方が便利なのだが、時間の節約で窓口の姉さん(ここも女性だった)と筆談で意思を伝え、切符を買ってすぐの列車に乗ることができた。
(ラーワル)ピンディーまでは4時間とガイドブックに記載されていたが、やはりそれは特急の話で、結局10時間かかってしまった。列車も最初は激込みであったが、駅で出会ったRana兄弟に助けられ、席にありついて快適に過ごすことができた。

車窓の景色は、都市郊外では貧しいバラックが目立ったが、田舎の風景はのどかそのものである。車両もボロいものの味がある。特に信号機が腕木信号機であり、信号所も随所にあってノスタルジックな気分にさせる。

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【腕木信号機に信号所】

結局、一日で一気にピンディーにまで来た。因みに(ラーワル)ピンディーとはパキスタンの首都イスラマバードのすぐ近郊(15km)である。イスラマバードはパキスタン独立後に急造した街なので、官庁街といった趣なのに対し、ピンディーは古くからある街なので鉄道その他の施設はピンディーがまだ主役である。
であるから、一国の首都(の郊外の街)として煌びやかさを期待していたのだが、それは完全に裏切られた。

まず、駅やその周辺が異様に暗いのである。街灯はおろか、信号機も点いていない。建物も半分は廃墟で、残りの建物では発電機で灯りをともし、食堂などが開かれている。
パキスタンはイスラームなので、基本的に酒類が販売されない。夜明けのアザーンとあいまって、それが夜を早くしているのかもしれないが、いくら何でも暗すぎる。
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【安宿街】

薄暗い食堂で食事中のおじさんに道をきいたり、手元の地図を頼りに、とにかく街の中心部に向かう。
流石に街の中心部は街頭や信号機がついている。停電というより節電に近いのかもしれない。
宿を探すが、ガイドブックにあった最初の宿は潰れていた(※)、その後もいろいろ当たったがどれも満室である。すっかり曜日の感覚をなくしていたが土曜日であったのを思い出した。地方から出てきた人間で宿が塞がっているのであろうか?
とにかくいろいろ当たったが、どれも潰れていたり満室だったりで埒があかず、終いには街の反対側まで出てしまった。
遠くに見える高級ホテルのそばに中級ホテルがあるらしいので、それに当たって、泊まれなかったら野宿しよう、そう決めて向かう。とにかく強烈な睡魔に襲われ、もうどうでもよくなっていた。

結局、その中級ホテルで部屋をみつけ、不本意ながら割高な値段で宿泊することにした。シャワールームは排水が悪く虫の死骸が浮きまくって使えたものではなかったが、ベッドで寝られるのと朝食がついているのが有難かった。
とにかく飲み物を調達しようと外出しようとしたが、ホテルの従業員や警備に制止される。外国人の夜間外出は禁止されているとの旨であった。
のどが渇いていはいたが、とにかく眠いのでひたすら眠る。

※エクスペディアなどもパキスタンの宿は大都市のハイクラスなものしか登録されていない。
ネパールでは350円/泊でも登録されているので隔世の感があるが、私たちもほんの15年ほど前まで歩いて宿を探し回っていたので、寧ろ楽しむしかない。

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