プチ社長日記:『イスラエル漫遊記#2』の話

テルアビブはテルアビブ・ヤッフォと言われるように、ヤッフォという南の古い町からスピンアウトしたテルアビブという街が、
今やヤッフォを吸収して都市圏を形成しているそうだ。なので、南の方が建物は古い。
街ができてから100年が過ぎているので、再開発も行われている。
ショッピングモールなどでのセキュリティ・チェックが厳しいことを除けば、スペイン辺りのタンジールなどに雰囲気は似ているように思った。

空港から最寄りの駅まで鉄道を使い、そこからは歩いて宿まで行くことにした。途中でテルアビブ美術館に寄る。
重い荷物を預かってくれて、室温・湿度調整が完璧で、基本的にwifiが使えてコーヒーや酒を静かに飲める場所、、、ということで美術館は旅行者の味方だ(と勝手に思っている)。
ここは展示物も素晴らしい。現代美術展示が非常に充実している他、お国柄シャガールの作品が豊富なのが面白かった。建物自体は、少しヘルシンキ美術館に似てるかな、という感じだ。


美術館.JPG
【テルアビブ美術館】

宿に着き、一休みしてからヤッフォ方面へと散策する。
テルアビブは地中海に面している。因みにイスラエルはこのほかに死海、紅海に面している。海岸沿いは一大マリン・リゾート状態である。
さらに海岸線沿いに歩くと、右手に小さな岩が見られる。
ガイドブックによると「アンドロメダが縛られていた伝説のある岩」とある。
・・・いやはや、これはないだろう、ないわ、というのが感想である。
ご存知とは思うが、アンドロメダ伝説というのは、ギリシャ神話の一話である。

***
余りにも怖い形相故、見るものを石にさせる蛇女メデューサ。鏡の盾を使ってメデューサ自身を投影させ、それを倒したのが英雄ペルセウスである(自分の姿見て石になるメデューサもどうかと思うが)。
その英雄が神馬ペガサスで帰還する最中、嵐の海で岩に括り付けられたカワイコちゃん(アンドロメダ)を発見!
見ると彼女はくじら(化け物)に食われそうになっている。・・・なんでこんなことになったかというと、お姉ちゃんのカシオペアが、「妹のアンドロメダは女神より可愛いのよ」とか余計なことを言って神の不評を買ったからなのであるのだが(それで差し出されるのがなんでカシオペアでなくてアンドロメダやねん、とも思うが)。
・・・で、その危機一髪のアンドロメダに対して、「結婚してくれたら助けるけど、どうよ?」と相手の弱みに付け込む提案を呑ませ、袋に入れていたメデューサの首をくじらに投げつけ、哀れくじらは石化して海に沈む。。。そんで結婚、よかったね、という話である(化け物が化け物の首見て石化するのもどうかと思うが)。
***

私が天文部部長だったのは25年以上前の話なので、細かい所の記憶は微妙だが、まぁ、そんな話である。
因みにこの話、カシオペア、ペルセウス、くじら、アンドロメダ、ペガサスは星座になっている。ペルセウスは恒星アルゴルがメデューサの首にあたるので、厳密にはメデューサも星座になっている。

話が長くなったが、問題は「アンドロメダをくじらに差し出す為に、岩に縛り付けた」という部分であり、その岩とは怪物(くじら)の棲む洞窟の前だった筈である。
ところが、陸側には洞窟らしきものは何もない。すぐそばのビーチでは女の子がビーチバレーをしている。怪物が棲んでいる気配は全くない。
それどころか、くじらの棲家と思われる場所にはバースタンドがあり、私がそこでビールを煽っていると何故か店員がつまみを出してくれたり一杯余計に驕ってくれたりしたので、すっかり上機嫌である。
あれがアンドロメダの岩なんて、いくら何でもこじつけ過ぎだろ、と苦笑いだが、上機嫌なのでどうでも良くなった。
テルアビブ海岸2.JPG
【海辺のバー(奥に見えるのがアンドロメダの岩)】

■■■■
2日目は早起きしてエルサレムに移動する。鉄道好きとしては、バスに比べてあからさまに不便であっても鉄道を利用したいところ。
結局、期間を通じて3回鉄道を利用したのだが、イスラエルの窓口係の人は、毎回親切であった。プラットフォームや発車時間まで丁寧に教えてくれる。
そもそも人種が交じってる国なので、外国人に対して慣れているのかもしれない。
イスラエル人の殆どは複数語を操るという。ヘブライ語とアラブ語が王道だが、標識などは英語標記もある。4番手にロシア語、といったところか。英語は大概通じる。
ホームで列車を待っていると、北欧でお世話になった列車がやってきた。この「正面衝突ドンと来い!」みたいな、いや、むしろ「正面衝突したいんでしょ?ねぇ?」という独特の面構えの車両は一度みたら忘れない。
(この列車に限らず、イスラエルはノルウェーから多数の車両を輸入しているという。)

車窓は、なだらかな平地から山がちな景色を映したりと、なかなか見せるものであった。
ただ、エルサレムの駅が不便極まりないのである。そも3線しかない小さい駅のくせに、バスの停留所がわかりづらい。市中央に行くには駐車場を突っ切った坂の上の停留所なのである。そこには当然客待ちのタクシーが待っている。
一応、メーターの設置が義務付けられているが悪徳ドライバーが多いのは世の常である。断固としてバスを待とうと思っていたが、中国人男性1名とフランス人女性2名がタクシーの相乗りを提案してきたので乗ることにする。結果、64NIS(1NIS≒30円)だったので、一人当たり16NISとなった。初乗り1キロ=11NISと聞いていたので、トータルでは正直解らんが、一人分だと悪くない値段だ。
エルサレム終点.JPG
【エルサレム駅(左が乗ってきた列車)】

新市街から旧市街の方へ歩を進めてくいると、旧市街の城壁が見えてきた。立派な城壁で、この辺の土地の景観を象徴する、ピンクがかった白っぽい石(エルサレム石)でできている。あぁ、やっと来たかと心が躍る瞬間だ。
城壁を眺めつつ、ヤッフォ門から旧市街へと入る。
門から入るとすぐのところに、宿を見つける。

■■■■
午後から旧市街の見どころを見学する。
旧市街の様子.JPG
【ダビデ塔からの旧市街の様子】

狙いは『ダビデ塔』『聖墳墓教会』『嘆きの壁』である。どれも超一級の観光スポットであるが、この中ではやはり『聖墳墓教会』が圧巻である。ヴァチカンには何度か行ったことがあるが、それはキリストの弟子ペテロが葬られている場所である。一方で、本家ともいえるキリストの墓参り(?)をしていないのは何となく順序が逆な気がしてちょっと引っかかっていたのである。その願いが叶うのだ。
church.JPG
【聖墳墓教会入口】

キリストの眠る『聖墳墓教会』であるが、ここは磔刑の場所であり、死後の清めの場所でもあり、埋葬の場所でもある。埋葬と言っても彼は死後復活し、その40日後に昇天したと信じられているので、その通りならば亡骸はないはずなのだが。。。
それはともかく、キリスト教徒にとってはここほど見どころがある場所はない。何しろフランス南部トゥールーズに本拠を持つアルビジョワ十字軍や巡礼団なども訪れるほどの魅力である。当時の旅行は命がけなので、途中でバンバン倒れて死んでいく記述が残っている。それにも拘わらず、引き寄せるものが、ここにはある。
去年、私もトゥールーズを訪問し、その後バスと鉄道でイスタンブールまではやってきた。シリアとイラクでアラビア半島の入口が塞がった状態なので今は断念せざるを得ないが、平和になった暁には十字軍にならってイスタンブール〜エルサレム間の陸路を完結したいと願っている。無論、彼らのように徒歩ではないが。

それほどの場所ではあるが、教会自体は驚くほど普通サイズである。寧ろ小さい。ルネサンス芸術で煌びやかなヴァチカンとは比較にならない。ただ、地下が発展しているのが素晴らしい。テルアビブと違って内陸にあるせいだろう。空気が乾燥しているので、日差しは刺すような強さで厳しい暑さだが、日陰に入ると驚くほど涼しい。教会内部、それもキリストの墳墓の場所に入ると鳥肌がたったが、それは温度差だけではないだろう。キリスト教徒ですらない私ではあるが、周囲の人々の祈りの真摯さと歴史に心が打たれる。

幸い、時間がよかったのか、すんなりと棺のあるところまで入ることができた。先に入ったおばさんに目で促されるままに、私も跪く。かつての巡礼者のように艱難辛苦を乗り越えてここに跪いた人々の気持ちを思うと、申し訳ないようないたたまれない気持ちもするが、その場所に自分もいることの喜びが勝る。

■■■■
旧市街の良い場所に宿がとれた為、半日でエルサレム旧市街の多くを見て回れたことに気をよくして部屋で寛いでいると、酔っぱらった男が部屋を間違って入ってきた。なんと日本人である。イスラエルで最初に見た初めての日本人が彼であった。躊躇なくドアを開ける彼の鷹揚さと、鍵を締めない私のいい加減さの邂逅が織りなす奇跡の出会いではあったが、話をしたところ彼はこの宿のヘビーユーザーであるそうな。困ったことがあれば聞いてくれと爽やかに去って行った。
夜中にもう一度、『嘆きの壁』を見学してから眠りにつく。

コメント