プチ社長日記:『チベット』の話(2)


・ラサに到着。高度順応の為、3泊する。
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(写真:ポタラ宮殿と私)

■中国共産党支配下のラサ
ラサにて大規模な暴動が発生したのは2008年3月のことである。
その以前から、チベットではインドへ亡命したダライ・ラマ14世の信仰は禁止されており、もう一人の伝世活仏であるパンチェン・ラマは通常、北京に生活し、時折、チベット第二の都市、シガツェへ移動する。平たく言えば共産党に取り込まれたカタチだ。
チベット人と漢人の対立は、特にお年寄りには根が深い。
私が滞在した、チベット人が多く居住するジョカン寺周辺は、約50mおきに派出所があり(ひどい所は、20mも離れていない)、5人1ユニットの武装警官が昼夜問わず巡回する。当該区画への入り口には詰所があり、遮断機もついていて自由な車両の通行はない。通常の警官(公安)も、背中にはポンプ式の催涙弾/スタン弾のランチャーらしき物を背負っており、明らかに警備レベルが異なる。
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(写真:公安と武装警官の詰め所。)

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(写真:撮るなと言われれば撮る。こちとら写真で飯を喰わせてもらった身である。)

住人が良く思っていないのは間違いなく、観光客もうっかり彼らの写真を撮ろうものなら、トラブルとなってしまう。
但し、個々の警官は結構いい人だったりする。中国において公務員は憧れの職業であり、彼ら自身、英語も通じるインテリ層でもある。
実は夜中にラサを徘徊していた私は、宿から締め出されたのだが、大声でドアを叩くと2ユニット以上の武装警官殺到という憂き目にあう(夜は2ユニット単位で警邏していた)ので、素直に派出所に行ったのだが、私がお願いした警官は即座に宿に電話して門を開けてくれた。いい奴じゃん、と単純な私はすぐに感化されるのである。
一方、文化/思想面でも統制は無論効いていて、後に出てくるガイドに『セブンイヤーズ・イン・チベット』を見たことがあるか?と聞くと、『ない』と。(中国での撮影・上映が禁止されている)
ならばプレゼントしよう、と申し出たが、『危険だからやめた方が良い』と断られたのには驚いた(彼女自身は興味を示していたが)。
共産党によるチベット解放のプロパガンダは常時実施され、ポタラ宮殿前の広場では毎晩、漢人の観光客が盆踊りのようなものを踊っている。大スクリーンには共産党のプロパガンダ映像(チベット人のおじいちゃんが、五星紅旗を振ってたりする)が流れる念の入れようだ。
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(写真:ポタラ宮殿前広場でプロパガンダ・ソングにあわせて踊る漢人)

・・・正直、チベットの独立は夢物語である、という感想を抱くほか無い。
あるとすれば、共産党の内部抗争で中国自体が分裂となった時に乗じて、独立を勝ち取るしかあるまい。
また、アーティストを中心にチベット独立の活動が海外でもなされているが、本当に彼らが独立を求めているかも考える必要がある。
チベット鉄道はチベットの漢化政策の一環であると中国も認めているが、これによる雇用の創出と利便性はチベット人にとってもプラスに作用している。
鉄道敷設が決まって町は怒涛の発展を遂げたが、チベットに『変わらないで欲しい』と願うのは我々外部の人間のエゴである可能性はある。チベット仏教徒の中でも、共産党に対する反対が最も強いのは最大勢力のゲルク派だけだとも言うし、微妙である。(チベット人が真に独立を勝ち取るのが希望であるならば、援助すれば良いとは思う。)
このまま漢化政策が進めば、日本人にとってのアイヌ民族がそうであるように、独立を議論する俎上自体が消滅してしまう可能性が高いだろう。(個人的には独立して、中国の覇権を少しでも遅らせて欲しいが。)
尚、チベット鉄道は現在、第2の都市シガツェまで延長工事を実施しており、2年後に完成する。そうすればチベット奥地も一挙に漢化が進むであろう。

・・・2年後にはシガツェも誰もが気軽に訪れることのできる、快適でくだらない町になっているだろう。
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