プチ社長日記:『チベット』の話(1)

38歳の最後に、念願のチベットに行ってきました(書いてる時点では@北京)。無論、一人で。
自分の整理の為にも、起こったことを書いていこうかと思います。
ただ、単純に『Aに行ってBに行ってCを食べました』という文章を書いても仕方がないので、旅程に沿って、そこで思ったことを書こうかと。
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・仕事を終える。午前2時。4時間後には飛行場にいなければ。お世話になりましたー。

・羽田から飛行機を乗り継ぎ、西寧に。

・皇中に移動。タル寺見学
■女はギャップ
『女はギャップ』という本がある。内容はともかく、タイトルはまさにそのとおりだと思う。
男は(女も)意外性に弱いのだ。
どう見てもイケイケの水商売風の女性が、深夜の青山ブックセンターでユトリロ当たりの画集なんかみてたら最高だ。惚れる。
因みに、中国の女性は非常に可愛い。日本の女性と変わらない。特に上海人は東京より洗練されており、西寧のような地方都市でも日本人と区別がつかない。
事実、昔は中国でも常に英語(or日本語)で話しかけられた私であるが、今回はずっと中国語で話しかけられた。
単に私の顔面の中国化が進んでいるだけの可能性も拭えないが、若い人の多くはiPhoneを持っており(偽者も多いが)、ブランド物の着こなしも板についている感じで、見分けはつかない。
タル寺のお堂に入ったとき、例に漏れずそんなiPhone持ってショートパンツを履いた中国人を暗がりに認めた。
私がバターでできた蝋燭独特の匂いを嗅いでいるその刹那、そのギャルが猛然と五体投地を始めたときの衝撃をあなたは想像できるだろうか?
・・・凄まじい。
初めて見るナマ五体投地。ギャップどころではない、全く別次元への変遷を垣間見た衝撃。
惚れる。
『おぉりゃーっ』と謂わんばかりの勢いで祈る女性を見て、圧倒された私は思わず堂から出てしまった。
『女はギャップ』というからには、この辺の境地を目指していただきたい。モテるかどうかは責任持たんが。


・西寧に戻り、西蔵鉄道に乗る。約24時間の列車の旅。
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■西蔵鉄道
西蔵鉄道は6年前にラサまでの路線が完成し、今までラサから30km以上離れた空港しかアクセスがなかったラサを一挙に身近な存在にした。尚、ラサの空港も10年以上前は軍用に限られており、当時のラサは正に『秘境』であったと言う。
現在は人口42万人(定住者は38万人)の大都市であり、1日5編成の列車が到着する。列車は中央アジアの3つの山脈(崑崙、タンラ、ニンチェンタンラ)を通過する。途中、高度は海抜5,000mを超えるが、社内には高度3,000m程度の酸素濃度が保たれ、壁からも酸素が吸えるようになっている。それでも高山病になる人はなるが、快適な列車の旅である。
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(写真:切符。昔なつかし鋏でチェック。二次元バーコードは何に使うか不明。)

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(写真:壁にあるのが酸素吸入装置)
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(写真:世界で最も標高の高い駅、タンラ。標高5,068m。ここより東に長江の源流(タタ河)があり、西はガンジス源流という、『世界の分水嶺』)

路線は全線複線であり、ゴルムドまでは電化されている。ゴルムドからはGE製の強力な重機関車が牽引し、山脈を越えていく。
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(写真:連結を待つGE製ディーゼル機関車。ゴルムドに着くのは夜中の1時ごろ)

尚、鉄道の前は西蔵公路(道路)のみであったが、これも舗装された。一昔前は砂利道を何日もかけてラサに向かっていたと言う。今でも物好きの旅行者は敢えてクルマで旅行するとか。
チベット鉄道がNHKで紹介された2007年には8万人がラサを訪れたと言う。食堂車も日本語が飛び交っていたらしい。
しかし、暴動後、日本人の熱は急激に冷え、今は西洋と中国国内の旅行者で賑わっている。この辺のヒステリック体質って、日本人らしいよね。

■黎明のトラック
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眠れずに通路の座席で「思ひ出ぽろぽろ」していると、いつの間にか夜が明けようとしていた。CIMG0112.JPG
ボンヤリ車窓を見ていると、並行する西蔵公路を疾走する貨物トラックがあった。
・・・働く人は、やはり美しいなぁ。
彼が何を思って明け方の荒野を疾駆しているか、私にはわかる術もないが、ただただそう思い、シャッターを切る。
昼過ぎには、ラサに着く。ようやく目蓋が重くなってきた。少し眠ろう。
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