プチ社長日記:『土曜日、夕暮れ、新大阪駅にて』の話

数日前から、母が入院している。
フェータルなものでは無さそうであるが、数日間の点滴生活に老いた母はだいぶ参っているようで、土曜日に見舞いのため大阪へむかった。
目的地は天満(てんま)駅そばの北野病院。私たちの実家からは私鉄沿いの赤十字病院の方が規模も大きく新しいのだが、母がそこを避けるように入院したのは、きっと父がそこの病院からこの世を去ったからだと思った。

其の日は朝から雨が降ったりやんだりする日だった。
私は、自分でも理由はよくわからず、一種の自己暗示なのかもしれないが、雨の日はずっと眠たくなる癖がある。ご多分にもれず、其の日も日頃の睡眠不足も祟って新幹線の中でも眠りこけ、朦朧としながら新大阪駅で新幹線を下車した。
私が関西方面に行くときは決まって手前の京都駅下車であり、関西出身の割に新大阪駅は馴染みが薄い。
そのせいもあって、乗り換えにJR姫路方面のプラットフォームへ至る跨線橋の階段を降りていくとき、目的地方面の電車が停まっているのが見えたが、のんびりと見送ってしまった。
私は、時間に余裕がある時でも、電車が入線していると駆け込んでしまう。『駆け込み乗車はキケンです』のポスターにあるような、間一髪の乗車はさすがに余程でもない限りしないが、『とりあえず乗っておこう』という心理から駆け出してしまう。
にもかかわらず悠然と見送ったのは、果たして目的地に着くには其の電車でよいのか自信がなかったのと、雨で頭が朦朧としていたからに他ならない。

次の電車も目的地に向かうことを確認したが、入線が島式ホームの反対側だったので、踵を返して反対側ホームの端で次の電車を待つ。
右手を見やるとホームの最後方であることに気付く。
もう既に暗くなっており、雨に濡れた線路が反射でオレンジ色に光っていた。
雨の土曜日でホームの端ということもあり、人影は意外にまばらだ。

母の病床に向かっていることもあり、頭の中では数年前に死んだ父のことや、母が寝たきりになった場合の介護、その他ひとつひとつは原因がはっきりしているが、まるっと総括すると芥川龍之介のように『将来に対する漠然とした不安』とでしか表現のできないことをつらつらと考えていた。

ほどなく、次の電車がやってきた。
電車の照明だけでもまぶしいのに、線路に反射する光もあいまって、私は目をそらした。
(其のとき、バシャッという音が聞こえたような気がした。)
電車から目を逸らし、眼下の線路に視線を落とすと、私の真正面のところに男がしゃがみこんでいた。

濃紺のジャケットに同色の帽子、短く刈った髪に黒縁メガネをかけ20代後半から30代前半のように見える男は、 線路に張り付くような姿勢で、入線する列車の方を見ていた。

わずか数秒ではあったが、逃げる時間はあった。
「おい、」と声をかけようとしたが、声がでなかった。
逃げる風でもなく、睨み付けるように列車を見ていた。
事故ではなく、自殺だということはすぐにわかった。
覚悟の顔がそう悟らせた。
振り返りの後姿ではあったが、口元が開いていたのが見えた。
歯を食いしばっていたのか、もしかしたら笑っていたのか。

彼はライトに照らし出され、車両とライトが照射する領域の合間に入ってすっと暗くなった。
列車は警笛を鳴らすでもなく、彼の上を通り過ぎた。
私は目をそらした。
何かが飛んでくるのではという恐れから、私は腕で顔を覆いながら、ホーム中央寄りによろけた。
腕を外し目を開けると、他の客が私を見ていた。
事情がわからず、挙動不審の私を心配していたのか、私が彼を突き落としたとでも思ったのか、、
とにかく、薄手のコートを着た男は、恐怖の面持ちで私を見ていた。
私は何かつぶやいた。「チクショウ」だったと思う。

列車は何両か通過したところで、停止した。
最初は、わけがわからず車両故障とでも思ったのだろうか、静かだった。
其のうちに誰彼と無く「自殺だ!自殺だ!」と騒ぎ始めた。
ジリジリとベルが鳴り出す。
駆けつけた私服の男、鉄道警官なのかしらないが、カードホルダーを掲げ、「目撃者はいませんかぁー!」と叫び始めた。
正直、最初は話す気になれなかった。
若いカップルの女性が「私見ました」と言い、「両足そろえてジャンプした」と言った。
当然、一番近い場所にいたのは私なので、「俺も見たよ。。。」と言い、彼の風貌を話した。
鉄道警官と思しき男は、自殺か事故か、男性か女性か、という切り分けに興味があるらしく、事務的な選別を終えるとカードをかざして集まり始めた人員の整理にまわった。
きっと、自殺だと伝えても、沿線の構内アナウンスでは「人身事故」と放送されるだろう。

私はしばらくそこに佇んでいた。

その後の其の場所で見ていた詳細は、ここでは書かない。
かいつまんで書くと、シートを持ってきた駅員がやってきて、ホームと車両の隙間から下を除きこみ、女性の駅員が「ここにいらっしゃいます!」と叫んだこと、それを見て誰かが、ホームと車両の隙間から取り出すのかという話をしていたが、どう考えてもホームの反対側に回り込んでから取り出す方が早いので、それはないと内心思ったこと。
増える人だかり、漂う臭い、などなど。

私は去ることに決めた。こういう時は、何か証言のようなものを求められるものかと思っていたが、特になさそうだったので、もと来た階段を登り始めた。
鉄道関係者はこれから事後の処理に当たるのだろう。その心労たるやいかばかりか。しかし私に手伝えることは無さそうだ。

去り際にチラッとホーム端の紙袋が目に入った。あの瞬間に聞こえた音は紙袋を置いた音だったに違いあるまい。 何が入っているのか、少し気になったが、そんなものに興味を持ってどうするのだという思いと、もしかして爆発物などの危険物が入っているのではないかとの思いが掠め、歩みは止めなかった。

不思議に思ったのは、なぜ、彼が私の真正面にいたかということだった。
気付いたら線路にいたので、線路に降りるところは見ていない。
「両足そろえてジャンプした」が本当なら、私のすぐ左脇だが、人影のまばらなホームでそこまで肉薄していたとも考えづらい。私がそのままポン、と線路に降りたらいるであろう位置、格好で彼はそこにいた。
紙袋の位置からすると斜めにジャンプしたことになる。

今まさに死に行こうとする人間が、周りにどこまで配慮するのか、私にはわからない。
もしかしたら巻き込まれてたかも知れないな、とも思った。
一体、何の因果で彼は私の眼前で死んだのだろう。

私は電車で天満駅に行くことを諦め、タクシーを拾うために改札を出ようとした。が、私の長距離切符は折れ曲がっていたのか、改札の警報がなり、係員を待つ旨の表示が出た。
「ここを去るな」と言われている気分になった。
私は苛立ちながらもしばらく佇んだが、駅員は事故による運転休止を嫌った乗客の払い戻し対応に追われており、そのまま強引に出た。
強い意志を持って私を遮るかのように見えた2枚の遮断プレートは思いのほか柔らかく、腰周りを抱かれているようで却って気持ち悪かった。

タクシーに乗って病院への行き先を告げ、後部シートに身を沈めた。この僅か十数分で疲れが増したのが明確にわかった。

どういう気持ちで彼が線路に降り立ったのか、私にはわかる術もない。
彼は、、私より若いであろう彼は、自ら人生を降りる決定をした一方、これから向かう病院には老いた母をはじめ懸命に生きようとする人々がいる。死への距離、という意味では大差ない人々だ。
そんな人々と、ごくごく至近距離にいる私も、死への距離というのは、存外近いのだということを突きつけられ、私は自分の迂闊さを恥じた。

病院までは直線で3kmほどだ。近い。
タクシーの窓からは久しぶりの大阪の景色が見える。
それでも私は目を閉じた。

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謹んでご冥福をお祈りいたします。
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