有限会社Ayleeds社長日記。継接ぎだらけですが、世界一周旅行もやってます。

プチ社長日記:『春の紅葉』の話

先日、豆腐喰いにうかいさんへ行った。
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背景の東京タワーが節電で消灯の中、豪快にライトアップしてて『こうでなくては』と思った次第。
震災により心情的に節電したい気持ちはわかるが、日曜の夜など70%を切る勢いの消費状態では、暗くなってても仕方ない。少なくとも、経済的には。
ミクロでは個々の節約は美徳と称されようが、マクロではそうもいかない。合成の誤謬である。
安定した電力供給のために、(国は信用できないから)東電に資金を回すのが重要であり、そういう意味では在庫や過剰生産設備が少ないほうが良いのだ。大阪も節電してたが、送電網が異なるので効果は殆ど無い。電気使って電気代払うべきである。

無論、環境に優しくしよう、とかで電力の生産(発電)方法の代替を検討したり、設備を廃棄するのは意味がある。また、どう考えても無駄だよね、という見直しが行われるのも賛成だ。
だが、今の節電は、『仮にこの夏も乗り切られたら、発電所一個廃止しよう』という視点の話ではない。
『いまある供給量を超えないようにしよう』、という話であって、需要超過が予想される局面における供給枠ありきの議論である。
であるからして、供給枠がある以上は、経済を停滞させるくらいなら使用すべきである。

結局、何の為に節電しているのだ、という話である。
『来るべき電力不足の夏に備えて今から節電の習慣をつける』というのが基本路線かな、とは思うが、便乗して半島勢力を挫くべくパチンコ店が槍玉に上がってたりして笑えるわけである。
いやまぁ、半島へのカネの流れとか、三角取引とかの問題があるので、是非そのセンで神田うのの旦那あたりを攻めてもらいたいと思うのだが、言いだしっぺの脳みそが右寄りなだけに、ただの便乗にしか見えないわけだ。他の業種においても、経営コスト削減の名目に都合よく使用されているところもあるようだ。

家計レベルにおいて、無駄をなくそう、という動きは否定しない。が、それを震災のプロットで語られることに、強い違和感を感じる。代替発電や原発の廃止などは、もっと長期で考えるべき視点である。現在のような災害後の非常時には非常時なりの考えがあって然るべきではないだろうか。

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・・・とか言っても受け入れられないだろう。『今は皆がひとつになるべきとき』というのも非常時の考え方として賛成であるから、節電ぐらいで異を唱えるのもどうか、という思いもある。丁度、うかいの庭にある春の紅葉のようなものか(野村紅葉)。
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