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プチ社長日記:『三つ子の魂フォエバー』の話

時間くっそ無いのに、シャーロックホームズのゲームを買ってやり始める。
通信主流の時代にあって、じっくり楽しめる据え置き買い切り御一人様仕様、もうこれはワイ仕様と言って過言ではない。
HDD16G?いいよいいよ、ワイはTV見ないし録画もないし、スカスカでござる。

ゲーム自体は簡単である。今のところ。まぁ、アクションでもないし。

ただ、無駄に英語版でプレイしており、ところどころ英語で躓くことによって、ほどほどの難易度に仕上がっているところが絶妙だ。

難点といえば、英語でやると「勉強してますから」というエクスキューズ成立により4時までやってしまい、朝8時半の会議(英語の会議なのだが)に遅刻しそうになるぐらいである。

という訳で、ワイ自身には激しくお勧めだが、通信で友達多くて英語も上級な人にとっては超絶クソゲーという評価の可能性も拭いきれないので自己責任で。

頑張れワイ、眠気に負けずロンドンに平和を取り戻せ! 豊島区民だけど。


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プチ社長日記:『今年のバレンタインは・・・』の話

おっさん4人でプロレスを観に行くことになりました。
ノアだけはガチ!!!
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プチ社長日記:『あけましておめでとうございました』の話

正月は仕事をしつつ過ごしました。

パズドラは学生の頃からの友人の協力もあってデータが復活しました。

白石一文さんの『快挙』を読みました。日常の何でもない生活を背景として人々の心の機微を書かせたら、この作者の右に出る人は多くないだろう。人生における快挙とは何かを問うくだりは、背中に寒いものが走るくらい鋭いものでした。

正月におせちを食べました。何年振りだろう、手作りおせちを食べたのは。

スキーブーツと板を新調しました。3本目の板。買いかえる度に長さが短くなるなぁ。

一年を振り返りました。出来たことに喜び、出来なかったことに嘆きました。この悔しさは新しい年の糧に。

概ね、良い年末年始だったと思います。






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プチ社長日記:『スマホ壊れました』の話

年の瀬も押し迫ったこの時期に僅か50cmほどの落下で画面にヒビが入り、操作不能に。
この時期なので1日でも連絡がつかないといろいろ不便で萎える。

補償で同型の新スマホにデータを移行し終え、やれやれと思って古い方のデータを消去した直後に、パズドラのアカウント引継ぎを忘れていたことに気付く。1400日余りのデータなんですけど。。。
サンタさんがいたら、パズドラのデータを返してほしいって、マジ願うレベル。

まぁ、ピークはとっくに過ぎてるんだけどね。
まさか転生ネプチューンでパズドラ・ライフが終わるとは思わなかったよ。

しょんぼりである。
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プチ社長日記:『気付けば・・・』の話

仕事の先輩と一緒に船舶免許を取得して以来、ちょいちょい船の練習をしている。
本日は勝鬨マリーナから船を借りて、東京湾一周である。
勝鬨から夢の島マリーナ経由で荒川に出て、そこから南下して海に出る。遥か左にディズニーランドが見える。
荒川を南下する際中、京葉線の鉄橋をくぐる。

私はリーマンショックの頃、幕張のプロジェクトに通っていた。
通っていた、と言っても平日は幕張のウィークリーに住んでおり、週末に行き来していた。
さざなみ号によく乗っていたが、荒川を渡る時、眼下にプレジャーボートで航行する人々を見て、羨ましく思ったものだ。
今、鉄橋を渡る列車を見て、自分が今、その位置にいることに気付くと、とても不思議な思いになる。

■京葉線
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因みに、船はレンタルである。思ったよりも安く借りられる(Sea Styleというヤマハのサービスを利用)。
あまりマリンスポーツに縁のない生活だった私だが、十分楽しめる。
何事もやってみなければ分からない。お声がけいただいた先輩に感謝である。


■東京湾
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・・・と、格好良く締めたいところだが、着岸時に流されてクラブ所属の他艇にこすってしまうのは、安定のクオリティである。今回はお咎めはなかったが、技術は真面目に身に付ける必要があるのね。。。
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プチ社長日記:『さすがに・・・』の話

仕事が無くて困っているパキスタン人達から、「何でもいいから仕事くれ。掃除夫でもパシリでも何でもいい」という熱いメッセをいただくのだが、髭のオッサンにウチ来られてもむさくて堪らんので、「オマエ日本語話せないから無理」という冷酷なメールを連ポスする3連休。
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プチ社長日記:『ウズベキスタン漫遊記#7』の話

目が覚めた。時計は7時を過ぎているのだが、緯度が高いのでまだ暗い。
ヒヴァのゲートまで行ってみる。吐く息は白い。
ゲートまで行ってみると、意外にも門は開いていた。
一部、微妙にライトアップされている。耳を澄ますと、そこかしこで箒で掃き清める音がする。
店は開いていないものの、徘徊するのはとても楽しい。
街のおおよその形を頭に入れると、明るくなってきた。

戻り一休みする。

宿は朝食がついている。おおよそ、どこの宿にも朝食がついている。タシケントやサマルカンド以外では朝から開いている店を見つけるのは難しい気がした。
シャワーを浴び、再びヒヴァ遺跡の方へ。

■ゲートの一つ
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遺跡としてのヒヴァは2重の城壁で囲まれている。随所に尖塔が建ち、オアシス都市のイメージそのままの、非常に美しい街だ。その美しさとは裏腹に、ついこの前の19世紀まで奴隷貿易で栄えていたという暗い過去を持つ。
奴隷としてこの街に連れてこられた者にとって、この街はどのように映ったのだろうか、、、そんなことを考えながら散策を続ける。
一つ困ったのが、中のレストランが殆ど休みだということだ。
遺跡を抜け、街中をさまよってみても、外食できるところが殆どない。仕方なくスタンドでコーヒーとサンドウィッチをもさもさと食べて済ませる。
一日中歩き回り、ヒヴァを堪能してから宿に戻り、タクシーを呼んでもらって空港まで行く。

■ヒヴァの町並み
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飛行機はロシア製のレシプロである。ジェットよりもレシプロが旅情が勝るので、私にとっては悪くない。
タシケントへの戻りはあっという間だ。もう相場が分かっているので、タクシーでもめることもなく、タシケントの宿に戻る。
翌日の飛行機は遅い時間なので、日本語教育センターなるものに足を運ぶ。およそ観光地ではないのだが、ちょっと仕事があったので、ここの学生達から情報を収集する。皆、非常に勤勉である。連れて帰って雇いたいくらいである。

学生達との時間は楽しかったが、夜のフライトでソウル、そして東京である。
ウズベキスタンという国は、スタン系の国の中でもサマルカンドに代表される観光資源が豊富であり、鉄道も整備されている。また再び訪問したい国の一つだ。



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プチ社長日記:『ウズベキスタン漫遊記#6』の話

ブハラでは一人で静かな正月を過ごした後、最終目的地のヒヴァへ向かう。
宿屋の女主人にヒヴァへの行き方を聞き、近くのバスターミナルへ向かう。
(イスラム世界だが、女性の社会進出はそれなりにあるようだ。)
バスターミナルと言っても、バスはなく、乗合のワゴン(というよりバン)が屯ってるだけである。
で、ヒヴァ行きの交渉をするのだが、そもそもヒヴァ行きは夕方まで出ないと言われる。

■バスターミナル
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ブハラは見どころの多い街だが、それでも2日も滞在すれば見て回れる規模である。
オッサン達がタクシーで行けというので、駄目元で交渉してみると、(ちょっと正確な値段を失念したが)タシケント⇔サマルカンドより安いので飛び乗ることにした。
ところが、このタクシー、あれよあれよと乗客が増え、運転手と子供入れて7人となった。
因みに車種は「ネクシア」という、プリウスを少し大きくしたような車だ。

イスラム圏なので女性を優先して助手席に乗せ、狭いタクシーで一路ヒヴァへ。
道は割と整備されていて、地平線の見える広大な土地を西へ驀進する。
途中の休憩はバグダッド・カフェを更に廃れさせたような掘立小屋での1回のみ。
だが、そこで見た夕日が沈む様は息をのむような美しさだった。

その後も移動は続く。狭い車内で体中が痛い。一体、いつになったら着くのだと不安になるが、ヒヴァについたのはとっぷり日も暮れてから数時間走った後だった。
ヒヴァの遺跡は街の外れにある。宿をとっていなかったのだが、街の中心には大きなショッピング・センターなどもあって安心する。中心街に宿泊してもよさそうだが、朝日に輝くヒヴァを見たくて、遺跡の方まで行く。
もともと遺跡のゲートまで行くのが約束だったからだ。
中心街でタクシーを降ろされ、別のタクシーに分乗するのだが、ここでちょっとしたトラブルが発生する。
先行したドライバーが分け前を多くとったのか、分乗後のドライバーがもう少し金をくれ、というのである。
冷静に考えたら安いのであるが、そこはウズベキスタン。2千円くらいでも支払は札束となるので、大金を支払った気でいる私は当然、抗議。
商売のルール無視は私の逆鱗ポイントだ。断固拒否し、運転手は英語が話せないので身振りで胴元を携帯で呼び出してもらい、約束が違うと断固抗議、抗議というより(私の英語力のせいで)罵詈雑言である。
胴元は非を認めて取り消したので、それ以上は追及しなかったが、ドライバーがまだ何かブツブツ言っている。
ブツブツ言っているのだが、英語でないので聞き取れない。憮然としたまま、交渉は終了したのだからと黙殺を続ける。

車は長い間、のろのろと走り続けた。そうこうする内に数少ない英語表記の標識でも旧市街(遺跡)は通り越したようだ。
・・・そこで私は悟った。これはちょっとやりすぎたかも知れん。

車は街を外れ、人気の少ない川沿いを走る。周囲は真っ暗で、川沿いであることも目を凝らさないとわからない。
もはや道も舗装されていないので速度はそれほどでもない。ドライバーは私より小柄だが、いざという時の為に、飛び降りも辞さずで身構えていると、一軒の家の前で停まった。
ドライバーは何かを話して車を降りて民家に入っていく。着いてこいという身振りはしなかったが、私も車を降り、いざという時の為にドライバー側に回り込んでドアの傍に立つ。
血気盛んな野郎共が出てきたら、鍵を抜き取って逃走し、追ってこれなくしてやろうという魂胆だ。
暗闇の中、民家の方にじっと目を凝らす。

ところが、出てきたのは先ほどの小柄なドライバーと女性である。
女性は流暢な英語で話しかけてきた。

「オールド・ヒヴァ(遺跡のある旧市街方面)はこの時間帯になると車道は閉鎖されていてゲートまで行けないのよ。それで、彼はホテルまで送ろうと思ったのだけど、どのホテルまで送って行けばいいか分からないから、友達の私の所に来たのよ。」
・・・要約すればこうである。

どうやら、彼は胴元から誤解を解かれた後は、私から追加料金を請求しようとしているのではなく、私の為に付近を走り回り、挙句、英語の話せる人間の所に連れてきてくれたのである。私なら閉鎖されている地点で客を降ろすのだが、彼はそれを不憫に思ったのか、旧市街の周りをぐるっと回ってくれていたのだ。

私は恥ずかしくなった。無論、用心に越したことはないから、間違っていたとも判じ難いが、黙殺せずに意思疎通を図ろうとしていれば、彼の意図くらいは汲めたと思う。

彼女経由で運転手に謝罪の言葉を述べると、彼にも笑顔が戻った。
私は、宿はまだ決めていないので、交通規制箇所の手前で良いと告げた。
送ってもらって着いたところは、30分ほど前に通ったところだった。
彼の善意に感謝をし、結局、当初に追加請求された額以上のチップを渡した。
チップというのは、こういう時に渡すべきものだ。「正直こそが最良の商売方法」というのが世界中のコンセンサスになる日が来ればいいと、心から思う。

さて、もうすでに夜の10時を回っていた。砂漠地帯の夜は、猛烈に冷える。と言っても川が凍るほどではない。
車両の通行は止められていたが、徒歩なら先へ進める。旧都市のゲート付近になら必ず宿はあるだろうと思ったが、案の定、2軒ほどあった。
安そうな方に飛び込む。「今晩、部屋はあるか?」と聞くと「当然だ」という表情である。
カウンターの後ろにキーボックスがあるが、その殆どにキーがある。客がいないのだ。
正月が観光シーズンだとすれば厳しいかな、と思っていたが、そもそもイスラムの正月はヒジュラ暦ベースなので、それほどでもないようだ。というか、閑散期のようですらある。
念のため、「お湯は出るか?」「wifiは使えるか?」も聞いてみた。両方Yesだ。申し分ない。
部屋に入ると旧市街の門が見える。
疲れていたのでシャワーも浴びず、そのまま眠り込む。



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プチ社長日記:『ウズベキスタン漫遊記#5』の話

だらだら書いている内に5月であり、すでに別の旅程でメキシコにまで行ってきた。

■ロシア製機関車
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・・・ウズベキスタンであるが、ブハラ駅到着後はタクシーの呼び込みを振り切り、バスで市街まで行く。確か15円相当だった記憶がある。宿は隊商が宿泊するイメージを模したもので、現地の食べ物を出してくれる。
小さな部屋だったが、小奇麗で使い勝手がよい。
街には新年だというのに静かなものである。彼らにとってはヒジュラ暦の正月やラマダン明けの方が重要なのだろう。寧ろ、ささやかながらXmasツリーのようなものを出しているのが不思議に思える。(何故か彼らは新年になってもクリスマスツリーを出している)。
観光は、メドレセあり、ミナレットあり、城砦ありので、十分楽しめる。

■中央アジア最古クラスの遺跡
ブハラ3.jpeg.jpg

丁度、現金が少なくなってきたので両替をする必要が出てきた。公定レートは1ドル=2600スムである。闇両替は禁止されているが、ここウズベキスタンでは闇両替の方が有利である。恒常的なインフレが背景にあることは間違いない。
最初のタクシーの中で持ち掛けられたレートは、おそらく嘘ではなく本当なのだろう。だが、ちょっと事情がみえてくると、馬鹿らしいレートであることは間違いない。
1ドル=4000スム以上で両替が成立する。向こうから持ち掛けられるより、こちらから持ち掛けた方が良い(違法だけど)と思った私は、ガイドブックに載っていた鋏職人の店で両替を持ち掛けた。ある程度、信用できる人間の方が良いので、まっとうな商売人を選んだつもりだ。
1ドル=4500スムで成立。100ドル渡すが、当然それだけの現金がないので、小僧がバイクに乗ってひとっ走り出かけていった。その間、主人の出してくれたコーヒーで談笑する。
彼も同元に両替を持ち掛けるのだろう。もう少し大きなロットだと、さらに有利なレートで交渉できると思われる。ただ、札でポケットが膨れ上がるのは間違いない。
案の定、私の100ドルも札束で返ってきた。


観光客も殆どおらず、中央の広場では暇を持て余したおじいちゃんたちがドミノをしている。
ドミノと言っても、並べて倒す奴ではない。
こういう正月も、捨てがたい。




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プチ社長日記:『ウズベキスタン漫遊記#5』の話

幾分か前回から間が開いてしまった。
最初は詳細に書き綴るつもりであったが、全部書き終える前に、間もなくメキシコ訪問に突入してしまう。

・・・サマルカンドに後ろ髪をひかれつつ、次なる目的地であるブハラとヒヴァに向かう。
どちらも『北斗の拳』で雑魚が断末魔として叫びそうな名前であるが、シルクロードの中継点として、歴史上、非常に有名な街である。

ブハラへは、念願の列車での旅となった。
機関車はソ連時代のものを塗り替えて使用しているのだろうか。無骨なフォルムがかっこいい。ただし客車は中国製のコンパートメントである。このタイプは世界中、至るところで使用されており、使い勝手は良いのだが、客車のバリエーションが少なくなるのは旅行者としては寂しいものである。
コンパートメントでは、遅めの休暇を取得したウズベキスタン人と一緒になった。
何故か彼はスターウォーズの新作海賊版を所持しており、一緒にiPadでみることになった。
ところが海賊版の為、画質が悪い上に、ロシア語吹き替えである。
解るかボケ。

でもそこは日本人なので、何となく見つつ、彼の故郷の話など聞いて過ごす。

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