有限会社Ayleeds社長日記。継接ぎだらけですが、世界一周旅行もやってます。

プチ社長日記:『アフリカ陸路縦断#6:ジンバブエ共和国(▲凜クトリアフォールズ)』の話

JUGEMテーマ:世界一周の旅


※ブログの日付が前後しますが、当内容は2017年夏のアフリカ訪問の書き起こしになります。南アフリカのケープタウンから陸路アフリカ縦断を目指すもので、『アフリカ縦断#5:ジンバブエ共和国(。贈覆肇屮薀錺茵法戮梁海に相当します。
私もそうですが、仕事を持つ人でも夏休みなどを利用し、分割してアフリカ縦断しようというものです。
今回は、モザンビークのマプトから直接北上せずに、ヨハネスブルグから再出発し、ヴィクトリアフォールズを見てザンビアのルサカから帰国するルートになります。


ブラワヨからの夜行列車に乗り、気付けばもう、夜明け。

【夜明け】
Z16.jpg

同室の黒人は夜明け前に到着した途中の駅で降り、私は終点のヴィクトリアフォールズに向かいます。途中ザンベジ川に沿って走るのですが、その圧倒的な景色には感動を覚えます。
駅近くになって列車が徐行するのですが、車窓から遥か遠くに水煙があがるのが既に見えて期待度が上がります。
※もしかしたらワザと徐行してくれているのかもしれません。

【ヴィクトリアフォールズ駅】
Z17.jpg
Z18.jpg

ヴィクトリアフォールズという街は、観光地化しているので至極安全です。印象的にはグアムに近いかな。海ではなくてザンベジ川ですけど。

駅の近くでは、ハイパーインフレ時代のジンバブエ紙幣を売りに来る少年たちがいますが、20ドルなど法外な値段で売ってくるので無視した方がいいでしょう。私は後に5ドルで全セットを購入しましたが、これが高いのかどうかは私にもわかりません。
まぁ、私はデノミ前のトルコ紙幣とか使っていた年寄りなので、旧ジンバブエ紙幣にそんな感慨はないですが、まぁ、お土産に。

そうそう、ジンバブエはハイパーインフレで有名で、日本でも高い値段を揶揄する時に「ジンバブエかよ!」とか言う人もいますが、今のジンバブエドルはドルと等価交換です。ブラワヨのスーパーマーケットで20ドルだけ両替しましたが、完全等価なのでドルをジンバブエドルに交換する酔狂な奴はいません。ドルが最強です。債務の棒引きを条件に、中国元も公用通貨として認められたのですが、元払いは中国人が出入りするホテルなどを除いて出来ないです。知らずに両替した私はスーパーのおばちゃんに笑われてしまいました。で、何が言いたかったかというと、「ジンバブエかよ!」というのは今や逆の意味になっていて、不用意に使うとオウンゴールになるよという、しょうもないことが言いたかったのです。

さて、駅からの一本道をてくてく歩いて滝を見に行きます。もう、全然遠い筈なのに滝の音が聞こえてきます。はやる足取りを抑えて国立公園に。(観光地なので、めちゃくちゃ高かったのを覚えています。)

【やべぇ】
Z22.jpg
【マジやべぇ】
Z21.jpg
【写真で伝えるのは無理です】
Z20.jpg
【でも載せます】
Z19.jpg

ベスト・シーズンは6〜8月とのこと。それより前だと水量が多すぎて、後だと少なすぎるからで、一般に滝は水量が多い方が迫力がありそうですが、もう水煙がすごくて8月でさえ視界が遮られます。おまけにめちゃ濡れます。すぐ乾きますが、一眼レフなど持って行く方は配慮が必要です。風向きや日差しの向きでは「驚きの白さ」で何も見えません。アタックの世界です。
(肉眼では見えても、写真にとったらホワイト・アウトしてたりするので油断なりません。)
もう、行くしかないです。その迫力たるや神秘のレベルで、おじいちゃんでなくても拝みたくなるレベルです。


堪能して公園を出た後、バオバブの樹(ビッグ・ツリーと呼ばれる)が生えている所へ向かいます。
ここは少し街の外れにあって、ここだけは治安で注意が必要と言われていましたが、一本道の入口に常時警官が立っているので安全に思えました。
ただ、ヒヒや鹿の野生動物は普通にいるので注意が必要です。特にヒヒがいるので、あまり食べ歩きはお勧めしません。一方で、一本道には途中売店もないので水は必携です。
途中、すれ違った黒人グループに「象に気を付けろよ」とアドバイスをもらいました。
確かに、大きな動物の糞もあったので、注意した方がいいです。

【ビッグツリーへ向かう道】
Z34.jpg

さすがに疲れも出てきたので、宿に向かいます。因みに、ヴィクトリア・フォールズに安宿はないです。というか、ここはリゾートなので奮発して贅沢するのが吉だと思います。私もザンベジ川沿いのホテルに投宿。夜行バスに夜行列車と連続で来たのでのんびり風呂に入って疲れをとります。フロントで夕方のヘリコプター・ライドを予約しようとするが、さすがに一杯で、翌日に予約を取ります。明日はザンビア側の街、リヴィングストンに泊まる予定なので、(滝に近い所に安宿はない)明日の宿と早朝のデビルズ・プールにも予約を入れます。その後、調子に乗ってプールにも入ります。疲れを取りたいのか疲れたいのか、自分でもよくわからなくなってきました。

【南アのビール】
Z32.jpg
【ジンバブエのビール】
Z33.jpg

久しぶりのリゾート気分満喫で上機嫌です。
・・・が、周りを見たら男一人は私だけでした。(気付かない振りしましたが。)


プチ社長日記:『アフリカ陸路縦断#5:ジンバブエ共和国(。贈覆肇屮薀錺茵法戮力

JUGEMテーマ:世界一周の旅



※ブログの日付が前後しますが、当内容は2017年夏のアフリカ訪問の書き起こしになります。南アフリカのケープタウンから陸路アフリカ縦断を目指すもので、『アフリカ縦断#4:ボツワナ共和国』の続きに相当します。
私もそうですが、仕事を持つ人でも夏休みなどを利用し、分割してアフリカ縦断しようというものです。
今回は、モザンビークのマプトから直接北上せずに、ヨハネスブルグから再出発し、ヴィクトリアフォールズを見てザンビアのルサカから帰国するルートになります。


ボツワナの夜にハボローネを出発し、ジンバブエ(旧ローデシア)のブラワヨに向かいます。
陽気なバススタッフが気を利かせてくれて最前列の座席をゲット。

【バスの風景】
Z1.jpg

ボツワナは比較的過ごしやすい国でした。やはり南アに近いのとダイアモンドで潤っているからでしょうか。
途中、休憩をはさんで、いよいよボツワナとジンバブエの国境に差し掛かります。
24時間空いている訳ではなく、ここで国境の開く夜明けを待ちます。

【国境で待機】
Z3.jpg

すると、一団がぞろぞろと車列を離れていきます。
トイレかな?何があるんだろうという好奇心で私もその一団を追いかけます。
すると、バスのスタッフの一人がダッシュで私を猛追してきました。

(`・ω・´)
「戻れ、奴らはBJだ。」

(・∀・)
「BJって何?」

(`・ω・´)
Border Jumpersだ。」


マジかよ!

こんな大っぴらに密入出国してるとはさすがに予想外でした。
車掌に連れられてバスに戻される途中にも、さらに一団が闇に消えていきます。
実にバスの約1/3は密入出国者でした。

【闇に消えゆくBJ達】
Z2.jpg

バスに戻ると、スタッフが私をネタに「こいつ、BJについていったんだぜ」と笑いを買っています。元から日本人の私は目立ってましたが、晴れてこれでみんなの人気者に。

さて、夜が明けたのでバスは動き始めます。
因みに、国境周辺ですが、山地なのでアフリカと言えども吐く息が白いほどに寒いです。

【ボツワナ・ジンバブエ緩衝地帯。遠く鉄塔が見えているのがジンバブエ側】
Z4.jpg

さて、いよいよジンバブエです。ビザは国境で取得しました。
・・・が、この検査にえらく時間がかかります。結局、3時間もかかりました。
バスの荷物を全部降ろしてチェックするのですが、非効率極まりない。
ふと気づくと、フェンスの外には我々の入国審査完了を待つBJ達が待っています。どうやら緩衝地帯を迂回して先回りしたようです。

【ジンバブエ側入国審査】
Z6.jpg

【フェンスの奥のBJ達】
Z7.jpg

ようやくバスが動き出し、やれやれと思っていると、また検問があります。
先述のとおり最前列に座っていた私は、バスのスタッフが警察官に金を渡している様子をずっと見ていました。何のことはない、半分嫌がらせで検問をして、お金を巻き上げているのです。そもそも1本道で複数回検問するのも謎です。だいぶゲンナリする状況です。

その時、ふと映画(Blood Diamond)やゲームでのお約束のセリフ「T.I.A.だな」(This is Africa.)をスタッフに言ってみたのですが、
(`・ω・´)
「T.I.A.って何だ?」
と逆に訊かれてバツの悪い思いをしました。

この後、ザンビアで日本にも精通しているアフリカ暦の長いアメリカ人にも聞いたのですが「T.I.A.」ってのは全然使われていない様です。最も、映画の舞台はシエラレオネの方だったので、アフリカ北部では知りませんが。

さて、結局お昼近くにようやくブラワヨに着きました。

【ブラワヨターミナル】
Z8.jpg
※因みに写真正面をそのまま進むと市場に出て、さらに進むと街の中心に出る近道となります。

【ブラワヨ市街】
Z9.jpg

首都でも観光地でもないせいか、外国人はあまりおらず、観光案内所も閉鎖されている状況でした。ただ、結構都会だったので、私はスマホの修理ができないか町中を歩いたのですが、サムスンやハーウェイはできても、私のソニー製品はパーツが無くて修理できず、涙をのみました。

ブラワヨからヴィクトリアフォールズまでは夜行列車が出ています。列車旅が好きな私は、チケットを取りに街の外れにある駅まで歩いていきます。火力発電所が目印になります。

【ブラワヨ駅周辺】
Z10.jpg

【ブラワヨ駅】
Z11.jpg
【時刻表。。列車すくなっ!】
Z13.jpg

そして駅の裏側に鉄道博物館があります。
博物館と言っても、古い車両を大量に並べているだけなのですが、結構規模が大きく、ノスタルジックな気分満載で楽しめます。

【鉄道博物館】
Z12.jpg

さて、町中にもどってウロウロした後、再び駅に戻ってきました。
ただ、ブラワヨ駅周辺、夜はほぼ真っ暗でちょっと危険です。
治安面もありますが、道路がところどころ陥没していて、落ちるとかなりの確率で怪我しそうです。ヒマですが、明るい内に駅に着くことを推奨します。どうせ街中もあまり見るものないですし。

【夜行に乗り込む】
Z14.jpg
駅の中もだいぶ暗いので、むしろ笑えます。食べられそうなものと水を買い込んで列車に乗り込みます。
コンパートメントにはすでに黒人の兄ちゃんが寝てたので、簡単な世間話などして、私も寝支度です。

明日には、ザンビアとの国境の街、そして三大瀑布に数えられるほど有名な「ヴィクトリアフォールズ」に到着です。

プチ社長日記:『アフリカ陸路縦断#4:ボツワナ共和国』の話

JUGEMテーマ:世界一周の旅



※ブログの日付が前後しますが、当内容は2017年夏のアフリカ訪問の書き起こしになります。南アフリカのケープタウンから陸路アフリカ縦断を目指すもので、『アフリカ縦断#3:モザンビーク共和国』の続きに相当します。
私もそうですが、仕事を持つ人でも夏休みなどを利用し、分割してアフリカ縦断しようというものです。
今回は、モザンビークのマプトから直接北上せずに、ヨハネスブルグから再出発し、ヴィクトリアフォールズを見てザンビアのルサカから帰国するルートになります。


夏休みになるや否や、シンガポールでストップ・オーバー後のヨハネスブルグである。
ヨハネスブルグは2回目なので、すんなりバウトレインでセントラル・バスターミナルまで移動し、ハボローネ行きのチケットをゲット。時間があったので周囲を散策したかったのだが、そこはヨハネスブルグ、平和ボケ日本からアフリカに降り立って感覚も調整できないまま、フル装備での単独徘徊は危険なので半径100mほどにし、後はサントン・シティまでバウトレインで戻って朝食などとる。

【バウトレインは便利】
B3.jpg

再びダウンタウンに戻ってバスでの出発となる。モザンビークの時と違って、大型バスでの移動で快適だ。
国境は歩いて越えて、並行して通関したバスに再度乗りこむオーソドックスなスタイルだ。
明るい内に到着したかったが、日もとっぷり暮れた21時ごろにバスターミナルに到着。

【南ア〜ボツワナは景色が良い】
B4.jpg

【ボツワナ国境】
B5.jpg

【ボツワナ国境】
B6.jpg

ボツワナは日本ではあまり知られておらず、「どこそれ?」とか言われてしまうのだが、日本の約2倍の国土面積を持ち、ダイアモンド輸出で経済も比較的安定した国家である。経済の安定と治安の良好さは全国どこでも強い相関を持つので、治安も問題ない。
後に出てくる「3人の丘」で称えられている敏腕の3政治家などのおかげで、平和裏に独立を達成している。

付近の状況を見ても、なるほどそう思われたので、もう遅かったがバスターミナルからビジネス地区に予約した宿まで歩くことにする。私が到着したのはガソリンスタンドだったが、バスが発車するバスターミナル近辺はちょっと怪しげな雰囲気だったので、迂回して鉄道のヤードをまたぎ、宿までトボトボ歩く。
途中、ちょっと近道しようと草原を進んでいたのだが、その際にすれ違った兄ちゃんが、「この辺、危ないから気を付けろよ」と言ってくれたのが寧ろ安全に思われて感動する。

ところが、「おぉ、そうする。ありがとよ!」と返事をした直後にすっころんでスマホを割るという事故が発生。
しかも保護シール無傷。おいコラ。
今にして思えば、「危ない」というのは、強盗の類ではなくて、足下のことだったのだろうか。。。

【夜のハボローネ】
B7.jpg

凹みながらも宿に到着し、仕事のメールを捌いたりしてる内に夜中になったので、大人しく眠る。

■ハボローネ
早起きして宿で朝食を取り、まずは昨夜あやしげな雰囲気を出していたバスターミナルに行く。
流石に朝は冷涼で爽やかな空気が辺りを包む。

【開発が進むハボローネのビジネス地区】
B8.jpg

次の目的地はジンバブエのブラワヨだ。首都のハラレをスルーするのは、ヴィクトリアフォールズを目指すためである。ブラワヨ行きのバスを探してウロウロしていると、こっちこっちと呼ばれて交渉する。
・・・どうやら夕方発のバスしかないらしい。

一旦保留して、鉄道駅の方へ向かう。

駅周辺は、ショッピングモールになっていて、新しい駅舎を建造中であるが、古い現役の方は首都駅の駅舎にしてはびっくりするほど小さい。
写真を撮ろうとすると、「撮るな」と中からおばちゃん駅員が出てきた。鉄道施設を写真に納めるなというのはよくあるルールなので、素直に謝罪し、これ幸いとばかりにいろいろ質問する。
できれば鉄道で国境を越えたいのだが、鉄道は夜20時発で、しかも国境手前までしか行かないらしい。そこから乗換えが発生するのだが、あまりにも待ち時間が長いので断念する。

【現役の駅舎】
B11.jpg

【建設中の新駅舎】
B12.jpg

仕方なくバスターミナルまで歩いて戻り、先ほどのバスの所まで行く。
朝から夕方までバスが停止しているというのも資産活用としてどうなのか、とか思うが、彼らにそんなこと説いても仕方ないので夕方まで待つことにする。
まぁ、ハボローネも見てみたいし。
(後で気付いたが、結局、国境が開く夜明けまで国境付近で待つ必要があるため、中途半端な時間には発車しない)

【陽気なバススタッフ】
B10.jpg

レシートみたいなチケットを購入した後、ハボローネ唯一の観光名所「3人の丘」に行く。
丘と言っても、ビジネス地区全体が丘になっているので、丘を登る感覚はない。2〜3ブロック歩いたところの、官庁ビルの前にある。
こちら、どうやらコマツが支援して建てたものらしく、中国色の強いアフリカにおいて、ちょっと誇らしい気分になる。入口で記帳する仕組みで、いろいろ親切な方が公園を管理している。

【3人の丘】
B14.jpg

【コマツGJ】
B15.jpg

ところが、どう時間を使っても20分もあれば観光は終了してしまう。

・・・困った。
ヒマである。

いろいろ聞くと、数キロ離れたところに巨大ショッピングモールがあるそうなのだが、惹かれない。
ヒマ潰しをしようにも、スマホ割れてるので操作できず、かといってSurfaceを持ち出すのも場所を選ぶ。
それならば駅周辺で貨物列車のヤード作業でも見てた方が楽しい(鉄道好き)ので、夕暮れまでぼんやり過ごす。

【ヒマだなぁ。。】
B16.jpg

時間が近づいてきたので、バスターミナルまで再度移動する。夜になると幾多のバスが出発するせいか、音楽がガンガン流れ、物売りの少年が走り回る異様な熱気に包まれている。昨夜見て危険と思ったが、そうでもないらしい。
パンやビスケットを買い込み、そそくさとバスに乗る。


プチ社長日記:『ザヘダーン(イラン)〜クエッタ(パキスタン)陸路越境』の話

JUGEMテーマ:世界一周の旅



今回の旅(2018年2月3日に日本を出国し、3月20日に無事帰国)の難関と思われるのが、イラン⇒パキスタンの国境越えである。

イランのザヘダーンから国境へ向かい、その後パキスタン側の国境にある町タフタンを経て、バルチスターン州の州都クエッタまで行く道のりだ。

念の為、書いておくが、当該領域の殆どは外務省の安全ページではLv.4の退避勧告領域にある。
くれぐれも自己責任で行動していただきたい。(Lv云々に関係なく、旅とは元々そういうものだとは思うが。)

【外務省HPより。捕まったら迷惑かけず、おとなしく死ぬ覚悟で】
D0.png

尚、越境に当たっては、外務省の安全レベルだけでなく、各国の該当するページ等も参考の上、最新情報を収集されることをお勧めする。
この他、今回の越境に際しては、当サイトを大いに参考にさせていただいた。
(当サイトには今回のフィードバックを送信予定である。)

因みに、一人の場合、英語が話せない方は行かない方がいいだろう。(正直、キツイ。)
ウルドゥー語も挨拶や簡単な会話くらいは身に付けた方が良いと思われる。
要は、「あなたの国の文化を尊敬していますよ」というのが伝わればいいと思う。(最後はキモチ。)
それなりに経験のある方向けのルートになるが、それでも行く価値はある。
(私はイランもパキスタンも今回が初めてではない。)

■ザヘダーンへ:1日目

イランのヤズドにいる頃に越境のタイミングを測っていたのだが、当初の想定(と言っても直前に決めているのだが)であったバムの城塞見学を盛込むのは厳しい状況であると判断し、一気にヤズドからザヘダーンまで夜行で向かうことに変更した。
ヤズドを18時38分発の夜行に乗るとバムには早朝4時頃、ザヘダーンには8時頃着くと駅員に聞いた(実際には9時半頃に到着したのだが)、バムへ早朝に着くのは構わないが、ザヘダーンに着く時間が問題だ。
【ヤズド駅】
01.JPG

越境に際しては、下記2点を重視していた。
.競悒澄璽鵑悗僚蒜颪魏麋鬚垢襦
△覆襪世荏瓩せ間に両替を済ませて国境に到着し、国境泊を回避する。

上記の内、,蓮▲競悒澄璽鵑暴蒜颪垢襪函▲曠謄襪当局への連絡義務を負い、結果、国境までイラン側の警備が付いてしまうので時間を消費する。
(もし、警備が必要と思われるなら構わないが、私は日中の移動ということもあり、そう思わなかった。)
△蓮∩瓩国境に到着すれば、その日のうちにパキスタン側のダルバンディーンまで移動できる為である。
どこの国でもほぼ共通して、国境に長居は無用だ。

両方とも前述のサイトに書いてあったからであるが、△篭饌療に何時頃まで行けば良いかは書いていない。
また、,砲弔い討蓮▲競悒澄璽鵑貿颪泙蕕困縫丱爐悗僚蒜颪魎めていた。

しかし、仮にバムに宿泊した場合、朝4時に街を出てもザヘダーンに着くのは8時だ(と思っていた)、これ以上遅くては△播日にダルバンディーンまで行くのは厳しい。ならばそのまま行ってしまおう、ということにし、列車の中でバム〜ザヘダーンの追加分料金を支払い(20万リヤド)、終点まで進むことにした。
結果、私がいたコンパートメントは、全員がザヘダーン行きとなった。
月夜の砂漠を進む列車からの眺めは素晴らしく、ふと雪原を走っているような錯覚さえ覚える。
この時は目的地変更が上手くいったと満足げに車窓を眺めていた。

■国境(タフタン)へ:2日目

結論から書くと、この夜行列車の目的地をバムからザヘダーンに延長したのが裏目に出た。
パキスタン側で国境から警備隊が出立するのは朝8時〜9時頃であるようだ(当地で8時頃、と聞かされた)。
私の場合は、トラックの着火プラグが古く、いろいろ手間取って10時発になったが、先客がいればともかく、8時頃に行って「では、お願いします」というのは通用しないように思えた。

その場合でも、国境の審査で1時間、ザヘダーンから国境までの移動を1時間とみると、朝6時にはザヘダーンにいないと間に合わないのである。
仮にザヘダーンに宿泊した場合も、イラン側の警備隊がそんな朝早くエスコートしてくれるかは疑わしい。
結果、車でキャンプしている方以外は、上記 ↓△鯲称するのは難しいと感じた。
バムに宿泊する場合は、国境で1日足止めを喰らうのは覚悟した方が良いだろう。

寧ろ、国境で1泊するのは覚悟の上で、バムなりザヘダーンなりで観光でもして美味しいものを食べてから国境に到着するのが正解だと思われる。
【ザヘダーン駅】
02.JPG

これらは当然、後になって判ったことなので、私はザヘダーン駅に到着後、先を急いですぐにタクシーと交渉した。

この辺まで来ると英語を話せるドライバーが少なくて苦労するが、逆に流暢に話せると「やたら観光客慣れしてるからボッてくるのではなかろうか」とジレンマに陥るのが自分でも面倒くさい。
ドライバーと交渉中、丁度英語ができる人がいたので仲介してもらい、両替商経由で60万リヤド(16ドル)となった。
後で国境の係員に聞くと20万リヤドでも来れると聞いたが、ヤズドの相場から換算しても悪くはないと感じたのと、
乗合いではなくて両替商経由で外国人相手なら仕方ないと自分を説得した。
安く旅するのが第一目的ではないのだ。

両替だが、タクシーの運転手が奮闘してくれて何件か当たってくれたのだが、どれもレートがよろしくない。イランでパキスタンルピーを入手するのは最小限にした方が無難ではあるので無理はせず、少量だけ両替する。
尚、国境でも両替できるのだが、レートはこちらもよろしくない。
ただ、イランのお金はここでほぼ全部換金した。

いろいろ街をさまよったが、両替も済んだのでいよいよ国境へ向かう。
一応、ここから外務省の安全情報的にはLv.4なのだが、道は見通しがよくてチェックポイントも複数あり、通行量もそれなりにあるので、危険は全く感じなかった。

【ザヘダーンからタフタンへ向かう】
03.JPG

イラン側国境では何故か観光事務所を開いているオッサンの営業の手伝い(宣伝してくれと頼まれる)をさせられたものの、特に問題なく出国。国境の施設も充実していると感じた。

一方、パキスタン側はセメントで固めた小屋みたいなのが入国管理局である。
何というか、国力の違いを如実に感じる。
内容については、簡単な質問に答えるだけで、特に問題はない。

で、「このオッサンに付いていけ」と言われるのでバイクで仲良く2ケツして、すぐそばの警備隊駐留所に連れていかれる。
この警備隊は「リーバイズ」と呼ばれている。
いよいよ出立かと思ったが、ここで、「ハイ、じゃあ明日までここで待ってね」と粗末な部屋に通される。
まだ12時前である。
ほぼ一日ここで過ごすのか、、と思うとゲンナリで、バムもすっ飛ばして急いで来たものの報われなかったが、これも経験である。
まして、飯も出してくれるのだ。コンセントは部屋の外にしかないけれど、まぁ、安全なだけ良しとする。

【リーバイズ詰所】
06.JPG

【ごはん(無料)】
05.JPG

【宿泊部屋】
04.JPG
※窓は破れており、床はほぼセメント。夏は相当量の水を持参した方がいいと思われる。

■タフタン〜ダルバンディーン:3日目
8時に出発と聞いていたが、前述のとおりピックアップトラックの調子が悪く、結局10時前に出発となった。

ピックアップトラックの荷台に乗り込むのであるが、本日の「荷物」は私だけである。
リーバイスの各管区で、バケツリレー形式に要警備対象者が運ばれる、という塩梅である。

【タフタンの街並み】
07.JPG

軍のチェックポイントも別にあるが、リーバイスのチェックポイント3カ所で車を代え、結局のべ4台でダルバンディーンに到着。
3月月初だったので、トラックの荷台は頗る気持ちがいい。

【軍のチェックポスト】
08.JPG

【リーバイズのチェックポスト】
18.jpg

【途中すれ違ったタフタン行きの列車。一応客車が連結されているが、乗れるかは不明。】
17.jpg

【よくこんな線路走るよな。。】
15.jpg

【リーバイズの主武装はAK-47】
13.jpg

【陽気な隊員】
20180305_110832019.jpg

基本、東に移動しているの午後には荷台への日差しに遮るものがなく、少々暑かったが、バスより快適で無料、そして警備付きなので文句のつけようがない。
因みに、実際には私以外に多少の管区間の物資が積まれており、水や、何故かテーブルセットなどが運ばれていた。

ダルバンディーンには指定のホテルに泊まることになる。(1000ルピー)
警護の人の隣室に泊まるのだが、何故かその分も負担してくれと頼まれる。
部屋は超低速ながらもwifiが使用でき、お湯も10分くらい我慢すれば出てくる。
事前に持っていた情報よりも遥かに使い勝手が良いので文句はない。
ただ、パキスタンにありがちなのだが、トイレは超絶汚い。
因みに私が今まで出会った最も汚いトイレも、前回のパキスタン(ギルギット)訪問時であった。

余談だが、警備の方はなかなか面倒見がよく、2時間に一回くらいドアをノックしては「大丈夫か?」と
聞いてくる。もう、ドアに「No problem.」と紙に書いて貼っておこうかと思うくらいだ。
そんな訳で、(安全ではないのだろうが)危険は全く感じなかった。

【一緒に宿泊するリーバイズ隊員。親切。】
24.jpg

■ダルバンディーン〜クエッタ:4日目
さて、4日目である。
宿での朝食はなかったが、事前に指定された8時半丁度に出発。
昨日と同じ、一日中ピックトラップの荷台で移動である。
ただ、各管区が細かいのか、やたら乗り換えが発生する。
途中から数えるのを諦めたが、10台以上である。

【チェックポストをひたすら通過する】
26.jpg

【写り悪いですが、そこかしこにプチ竜巻が。】
28.jpg

【西日はつらい】
23.jpg

乗り換えは基本的にリーバイスの詰め所で実施されるのだが、稀に、ただの道端で交代となる。
詰所では、だいたい名前その他の情報をノートに記入した後、チャーイや水を貰えたりする。
無線はあるものの、隣接する管区との連携が決して良くはないので、隣の管区からトラックが来るまでの間は雑談タイムである。

【雑談タイム】
27.jpg


稀に彼らの「お祈りタイム」になる。日没時は、詰所ではなくて道端の祈祷スペース(結構、多数存在)に寄ってのお祈りである。
ただ、彼らは交代制であるが、運ばれている私の方にはランチタイムはない。
トラックに揺られる2日間は水とビスケットだけで凌いでいたので、両方とも事前の購入を推奨する。
(国境のリーバイス詰所のすぐ隣にATMと店がある。頼めば一緒に連れ出してくれる。)

道中の景色は、砂漠、礫漠、山岳地帯と意外に変化に富み、見ていて飽きない。
荷台は一人のことが多いが、後半になるに従って人数が増えて荷台に一緒に乗ってきたりして、それもなかなか楽しいのである。

【砂漠地帯】
22.jpg

おそらく、タフタン周辺の危険は少ないと思われる。荷台に乗っていても、正直、あまりにも何もないので警備の必要性が疑問だったし、実際に警備もおじいちゃんがAK-47を抱えているだけだったりする。寧ろ杖にした方が良さそうである。
一方、山岳地帯を中心に、クエッタに近づくに従って多少、警備が本格的になる。
単に急いでるだけなのだが、猛追してくる自動車が近づいて来たときに、銃の安全装置に指をかける隊員もいた。
ダコイット対策という意味では、フンザ近辺と同様、山岳地帯の好戦的な部族が危険、ということかもしれないが(トライバル・ゾーンと呼ばれる)、リーバイス管区は結構地元の人間が多いようで、トラックに揺られながら「これ、俺の村だぜ」とか教えてくれるので、基本、危険は感じない。まぁ、でも、キ〇ガイは一定の確率でどこでもいるからね。用心に越したことはない。

山岳地帯の終盤であるムスタング管区を抜け、いよいよクエッタ管区である。
ここだけピックアップトラックではなく、何故か防弾仕様のレンジローバー(但し激ボロ)である。
目立つし遅いし、逆効果疑惑があるが、それも2台乗り継いでの移動である。

【防弾仕様レンジローバー】
30.jpg


ホテルについては、事実上、一択である(実際には2択)。
ブルームスターというホテルで、「地球の歩き方」にも出ている良心的な宿だった(過去形)。
尚、「地球の歩き方」のパキスタン編は08年度が最後に更新されておらず、事実上2007年以前の情報である。
それでも無いよりマシだが、インフレが激しいので料金は当てにならない。

このブルームスター、食わせものの宿で、料金3000ルピー(約3000円)も高いが、トイレットペーパーや石鹸を黙って渡しておきながら使用すると料金を請求されるシステムである。
宿につくと先客が揉めていたので、それを聞いて事前に事情を知ったので私は回避できたが、
何かとコスイのである。
ホテルからは出られないので、晩飯もここでとるしかないのだが、これも値段が高めで腹立たしい。

他の宿泊者3名(ドイツ/スェーデン/スイス)も同意していたが、指定宿泊所というのをいいことに、どうもバロチスターン州政府の一部とつるんでいる疑惑が絶えない宿である。
それも、悪化の一途を辿っているらしい。
3名の内2名は逆方向(イラン行き)であったが、残る1人はなんだかんだと足止めされているとのこと。
警備なしに宿からは一歩も出られないので、無論、連泊する意味など何もないのだが。。。

■クエッタ:5日目
さて、リーバイスの警備体制はまだ終わりではない。
クエッタにて役所から「NOC」という文書の発行を受けないといけないことになっている。
この申請の為、朝9時頃に比較的重装備の隊員が迎えに来てくれる。

【迎えに来てくれるリーバイズ隊員】
31.jpg

この日は、既にブルームスターに宿泊していたスェーデン男性(50歳・独身)と一緒に役所に出向く。
彼はイラン・パキスタンを車やヒッチハイクなどで、計10回は来ているということなので、いろいろと教えてもらう。
私はNOC申請だけだが、彼はイラン大使館でビザの発給を午前中に受けなければいけなかった。
実際に行ってみると、いろいろな部屋に通される。
そこでは挨拶はするものの、特に何もしない。ボケっと待っているだけである。
で、そうするとまた次の部屋に呼ばれて、挨拶である。
機上にパソコンはあるが、モニタにはクリケットの試合やゲームしか映っていない。
仕事は全て紙ベースである。

・・・遅い。非常に遅い。
あんな宿に2泊するのは御免だ。私は「できれば列車で、今日中には街を出たい」と伝え、スウェーデン人も大使館の件を何人にも伝えていた。
しかし、一向に進まない。
スウェーデン人によると「前回は30分で終わったよ」という手続きは、我々の足下を見透かしたかのように、遅い。

途中、役人たちと一緒にスウェーデン人を囲んで彼の身の上話になったが、「結婚式の2日前に彼女に逃げられて以来、彼女のことが忘れられずいまだに独身。彼女の行方は不明。」という衝撃の告白に、パキスタン人役人と私の泳いだ視線が交錯する瞬間こそ熱かったが、それ以外は「ひま」の2文字である。

結局、NOCが渡されたのは5時間半後の15時過ぎである。
NOCを見ると、「翌日に列車でカラチ方面に行くから、管区にいる皆の衆、よろしくな」という内容とサインだけである。
おい、ちょっと待て、翌日ってなんだよ。
「いや、今日、街を出るって言ったよね?」
「もう、今日は列車ないよ。次は17時。」
「じゃあ、17時に乗るよ。」
「暗くなったら出歩いたらダメって書いてるだろ。」
「17時は全然明るいじゃん。」
「ダメ。」
「じゃあ、列車を諦めてバスで行くから、ここ(記載内容)変更してよ。」
「ダメ。」
である。因みに17時より前の列車は11時だけだが、バスは頻発だ。

・・・もうね、俺はテロリストじゃないけど、役所ごと爆破したい。
一日中ゲームやってテレビとスマホ見てる生産性ミニマムな役人連中を、別に税金払ってる訳でもないけど、血祭りにあげたい!!
・・・そう思う瞬間だ。

正直、「私が帰った後、どうぞテロリストの皆さん、爆破してください、応援します!」
と抱いた気持ちは、今でもちょっぴり残っている。

【決して見返されなさそうな書類群】
20180306_104709138.jpg

【PCはクリケット観戦用。何もしない役人。】
20180306_115941867.jpg

可愛そうなのは、彼女に結婚式2日前に逃げられたスウェーデン男性(50歳)である。
それだけでも可哀そうだが、彼のNOCも「翌日にイラン方面行くから(以下略)」と書いてある。
いやいや、お前らのせいでビザ取得は明日にずれ込んだので、明日は無理だろ、明後日だろ、と一緒になって詰め寄ると、「OK、OK」とか言って、「明後日」に書き換えた紙を再出力した(サインもない)紙をポン、と寄こしてくる。

この瞬間、「お前、一瞬で出来るやんけ!!」とキレかかる私を、彼女に結婚式(中略)スウェーデン男性(50歳)が「いいから、ケンジ。ハウス!ハウス!!」という目で静止するので思いとどまる。

パキスタン、という国は、変にメンツを気に掛けるところがある国だ。
「名誉殺人」という言葉があるのも、お国柄か。
役人に恥をかかすのはタブー、ということらしい。

しかし、彼は良くても、私としてはブルームスターにもう一泊するのは業腹である。
実は、もう一つの選択肢があるということを、別管区のリーバイスから聞いていた。
ホテル・セレナ。
このラブホみたいな名前のホテルも候補らしいのだが、料金が非常に高く、また、例の理由もあってかクエッタ管区の連中はブルームスター一点張りということらしい。

というか、NOCには「宿泊所ブルームスター」って印字されているし。
癒着の温床にならん方がおかしい。


迎えに来てくれたリーバイス隊長格の人に、「ホテル・セレナも見てみたい」と申し出る。
幸い、(前略)スウェーデン男性(50歳)も「ダメ元でイラン大使館に寄りたい」というのだが、彼によるとセレナはイラン大使館のすぐ隣らしい。

なので私も連れてってもらったのだが、、、私はこのホテルを一目見て気に入ってしまった。
高らかに「ここに泊まります」と申請する。
16,000ルピー(約16,000円)だが、物価の安いパキスタンと言えども、カラチの高級ホテルは20,000ルピーはザラである。
朝食は勿論、飲み物、ラウンジの食べ物込みでこれはお得だ。
もともと私は仕事の為に、1週間に1度は中級以上のホテルに泊まることにしている。
日本だと一泊5万以上は優にするクラスなので、文句はない。
一番貧乏そうな恰好をし、ブルームスターの料金に文句を言っていた私がイキナリ高級ホテルに泊まると宣言したのでリーバイズ隊長は驚いていた。

隊長は「明日、9時に迎えに来る。」と言い残し、私も念も押したのだが、もはやこの時点で、私はこの隊長を信じていなかった。

「列車の出る11時までは来ないだろうな。」そう思ったが、「では、明日。」と言って別れた。

※リーバイスの名誉の為に書いておくが、私の知る(ごく狭い)範囲では、クエッタ管区の一部メンバ以外は(適当なところも含めて)良い人ばかりである。

■バロチスターン州脱出:6日目
セレナは、設備は申し分なく、スタッフもプロの仕事として及第点で満足であった。
(もともとホスピタリティ溢れる国民性だが、仕事になると突然ダメになるという私の印象である。)

朝食とチェックアウトを済ませ、ロビーで待っていると、案の定、今日は迎えが来ない。
11時に間に合わなければ、NOCの再交付で本日もクエッタ泊である。
またブルームスターに泊まらせる気なのだろうか。。。

ホテルスタッフに催促の電話を入れてもらったら、「本日は忙しくてすぐには出動できない」とのこと。
・・・やれやれ。

NOCには、「適当な護衛なしに(バロチスターン州を)出歩いてはいけない」旨が書かれている。
この「適当な」を最大限軽く解釈し、クエッタ市内は一応Lv.3であることを心の盾に、一人で駅に向かうことにする。
念の為、ホテルのマネージャ格の人に「あと20分待って来なかったら、俺は行くから」と言って了承をもらった会話をこっそり録画させていただいた上で、きっかり20分後には、静止するセキュリティを「いいから、いいから」と制止の上ゲートを出て、すぐにトゥクトゥクに乗って駅まで行く。

【ホテルセレナのセキュリティを抜ける】
32.jpg

【クエッタ駅】
33.jpg

・・・ここは自己責任だが、本当に危ないかどうかは、ある程度経験のある旅行者ならわかるものだと思う。
因みに、外務省の安全ページでは日本は危険指定されていないが、私の評価ではLv1指定だ。

駅には、(我々を護衛してくれていたのとは別の)リーバイス隊員がおり、こちらから積極的に挨拶をしに行く。
「なんで護衛がいないんだ?」とか聞かれることはなく、一応、NOCを見せたが、それ以前から早速世話を焼いてくれて、列車のチケットも取ってもらった。
パキスタンは特急列車(グリーンライン)は事前の予約が必須だ。今回は急行だったが、指定座席をとってもらった(警備要員の為に、確保している枠があるとのこと)。おまけにチャーイも奢ってくれた。
最後に「FacebookのID教えてくれ」と来たので、即OKで今は友達欄に出てくる。ありがとう、イムラン。

【クエッタ駅構内】
35.jpg

【チケットを取ってくれている】
36.jpg

【バロチスターン州の駅】
39.jpg

【列車】
40.jpg

列車は定刻どおりクエッタ駅を出発。
これで晴れて自由の身となった。
安堵すると共に、世話してくれたリーバイス隊員達に感謝しながら、流れゆく車窓を見やる。

プチ社長日記:『アルツァフ共和国(ナゴルノ・カラバフ) 2018年』の話

JUGEMテーマ:世界一周の旅



2018年2月3日に日本を出国し、3月20日に無事帰国しました。
今回の出張(旅)の目的は、陸路でイスタンブール〜カラチを見て回ることだったので、
当初は単純にトルコ⇒イラン⇒パキスタンを軸に想定していたのですが、
それを発展させる形で、イスタンブールに着く前にUAE、エジプト、チュニジア、レバノンの4ヵ国の状況を見て回り、イスタンブールに着いてからトルコ⇒グルジア⇒アルメニア⇒イラン⇒パキスタンに変更しました。
因みに、アルメニアは2017年に日本人はビザが不要になっています。
(付け加えると、レバノンも不要です。)

人間、欲が出るもので、ここまでくるとコーカサス3国の内、アゼルバイジャンを経由できないのが気になってきます。
だが、アゼルバイジャンはアンカラでのビザ申請時に週末挟んで5日かかるとのことであったので見送りました。
それでも、アゼルバイジャンと引き換えに行ける素敵な場所があります。

その名は『アルツァフ共和国』。
貴方の地図には載っていない筈です。
安心してください。私の地図にも載っていません。

2017年の『憲法改正』で呼称を『アルツァフ共和国』に統一しましたが、ナゴルノ・カラバフと言った方が今でも通りがよく、そう言った時点で「あぁ、あそこね」と気づく方も多いと思います。

平たく言うと、私が以前に出張訪問した『沿ドニエストル共和国』と同じ、未承認国家ですね。
地図で言うとこの辺りです。

【アルツァフ共和国の場所】


『アブハジア』がロシアに承認されたのに比べ、『アルツァフ共和国』は『沿ドニエストル共和国』と『アブハジア』でお互いに承認しあっているものの、その他の国からはガン無視されています。

・・・素晴らしい。この仲間内で胴上げしあいっこして大気圏突破を狙う気概が天晴れで、思わず胸が熱くなります。
因みに『独立』に至った経緯ですが、元々ここはアルメニア教会のキリスト教徒が多い地域であったものを、イスラム教圏のアゼルバイジャンに吸収された(もともとは自治共和国だった)のがそもそものマチガイ。
まぁ、間違えたのはソ連なんですけどね。(アルメニアにするかアゼルバイジャンにするかで翻弄されてた模様。)

国旗をみていただければ解るとおり、アルメニア教会のキリスト教徒がアルメニアへの帰属を訴えてアゼルバイジャンから『独立』を宣言したのが『アルツァフ共和国』。
で、『独立』に当たってはもともと当該領域に住んでいたムスリム(アゼリー人)を追い出している為、アゼリー人は難民となってしまいました。何しとんじゃコラ。
【アルメニア国旗】
Armenia.svg.png
【アルツァフ国旗】
Artsakh.svg.png
・・・これ以上の詳しい説明はウィキペディアに譲りますが、結果、アルメニアとアゼルバイジャンは鋭く対立しています。が、流石に全面戦争に突入するのは避けたいのか、アルメニア自体は『アルツァフ共和国』を承認していません。
・・・とは言うものの、軍隊も駐留していますし、まぁ、アルメニアの一部(自治共和国)として事実上の『独立』状態にある地域です。

因みに、アルメニアには夜行列車で入国したのですが、入国検査官に
「アゼルバイジャンには行ったのかね?」と聞かれました。
「行ってません。行くと何か問題あるんですか?」と聞くと「いや、問題はないよ。」とのことでした。
後になって先達のブログで見たのですが、お互い対立している以上、アゼルバイジャンもアルメニアも旅行者の感想などを気にしている様です。
(そう言えば、パキスタン/インドでも同様の事象が発生してました。)

【ジョージア(グルジア)〜アルメニア国際列車】
train.JPG

さて、『アルツァフ共和国』への『ビザ』の取得ですが、参考にしたのはこの先達によるブログです。
私の場合で情報を更新すると(2018年2月)、
  悒咼供抓慙△亮耕骸爾2階から1階に移動
 ¬曚辰討い襪函悒咼供戮貼られ、スタンプも押印される
です。
△蓮結構重要で、これをされると当該パスポートではアゼルバイジャンには入国できません。
私のパスポートは既に9年目に突入したので特に問題ない(間もなく更新)ですが、
アゼルバイジャンに渡航を希望される方は気を付けてください。
今までは「別紙で貰ってスタンプ押印もなし」、と聞いてましたが、ここは変更になってるかも知れませんのでご注意を。先にアゼルバイジャンに行った方がいいかもです。
尚、申請用紙には写真を貼り付ける箇所がありますが、持参しなくて大丈夫です。その場で撮影してくれます。
一般的な内容の他は、領域内での訪問先を記載するくらいです。

【エレバンのカスケード広場。奥にある奇怪なマンションの傍に領事館がある。】
erewan00.jpeg.jpg
【『アルツァフ共和国領事館』】
erewan2.JPG
【『アルツァフ共和国ビザ』】
visa2.JPG

因みにですが、『アルツァフ共和国』には『ズアラ』という温泉が湧いている場所があるのですが、
2月のせいか、やんわりと「やめた方が良い」というアドバイスを貰いました。(もともとぬるいそうです。)
温泉好きの私としては、ガン無視で行こうかとも思いましたが、日程的にも見送りました。

さて、行き方ですが、アルメニアの首都エレバンにあるキリキア・ターミナルから乗合いバスに乗ります。

【キリキア・ターミナル】
erewan0.JPG


朝9時半くらいにバスターミナルに到着し、私で丁度一杯になったのか9時40分に出発。
基本的にはアルメニア領内を走り、途中、休憩を挟みながらも『国境』を15時前に通過。
ここからはアゼルバイジャン領内となり、ゴリス経由で『アルツァフ共和国』の『首都』である『ステパナケルト』に到着します。
16時位には着いたかと思います。

道中は季節柄、雪山の眺めが美しく、見ごたえがあります。
エレバンを出てしばらくは南下するので、右側の座席に座っていると(運が良ければ)アララト山を遥拝することができます。
ノアの方舟伝説の山ですが、なるほどの貫禄でした。
(バスでイランに向かう方も、途中までの道程は同じです。)

【飛ばす運転手】
erewan3.JPG
【ゴリスの街】
goris.JPG

尚、『国境』の旗ですが、よくよく見るとアルメニアの旗に白いテープか布を貼り付けているだけで草生えます。
そこは手を抜いたらアカンやろ。

【テープ疑惑】
nagoruno1.JPG

宿は安宿街の方で適当に探して取りましたが、旅行者の間で有名な「ノープロブレムおやじ」(※)には結局遭遇できませんでした。残念。

街自体はそんなに大きくないので、主要どころは歩いて見てまわれます。
『アルツァフ共和国』イチオシの「我らの山」は皆が行くところです。
北海道土産の巨大版みたいな、見た目アレですが、夜はライトアップもされます。

【我らの山】
nagorno3.JPG

こちらへはバスターミナルからメインストリートを南方へ進むのですが、
逆に北方へ進むと『官庁街』に出ます。
未承認国家の運営に興味がある方は、この辺の方が寧ろ散策してて楽しいかと思います。

勿論、警察は機能しており、広場に常にパトカーが停車し、夜には不審車を取り調べている光景にも出くわしました。
物価はアルメニアより気持ち高い程度ですが、それでも安いので、居心地は良いです。

【ステパナケルト中心街】
nagoruno3.JPG

街の外れには夜にも輝き続ける大きな十字架があり、ここがアルメニア教会の街だという主張をしています。

【アルメニア教会の街】

nagoruno4.JPG

一方で、モスクは荒廃しており、追い出されたムスリムのアゼリー人を思うと胸が痛みますが、このような場所はパルチザン自治区はじめ、他にもたくさんあります。
あまり第三者が介入して改善に向かうとも思えない問題なのですが、それぞれの妥協点が早く見つかれば良いなと思います。


※ノープロブレムおやじ:基本的に何が起こっても「ノープロブレム」と答える、旅行者に愛される宿屋の経営者。

プチ社長日記:『アフリカ陸路縦断#3:モザンビーク共和国』の話

■モザンビークへ
早寝なので早起きとなり、幸い朝食はついていた
(基本的に朝開いている店がないせいか、南部アフリカの宿は高級ホテルを除きデフォルト朝食が付いている)
ので、朝食後散策に出る。
散策と言っても特になく、比較的新しいショッピングモールが賑っている程度である。
【スワジランドのショッピングモール】
DSC_2835.JPG

【スワジランド王国なので、王様の像(国民の人気はイマイチ)】
DSC_2833.JPG
市場で昼飯になるようなものを買い込み、バスターミナルへ向かう。
アフリカ縦断計画第1回目の旅程としての最終目的地は、モザンビーク共和国の首都、マプトである。
エッフェル塔のエッフェルさんが設計したと言われる、マプト駅の駅舎が最大観光スポットだ。
無論、読んでわかるとおり、大したことはない。
エッフェルさんの偉大さを知るには、エッフェル塔を見に行く方が確実だ。
だが、それがいい。

マンジーニまでの移動で思いのほか時間を消費したので、満を持して午前中(と言っても11時過ぎていたが)にバスターミナルに向かう。
【ターミナル傍のマーケット】
DSC_2837.JPG

ところが、先ほども言った「満員になると発車」システムの為、4時間弱ほど待たされる羽目に。
先を急ぐ方は、いっそ早朝にバスに乗るべしだと知る。午前中だから大丈夫、というのは甘かったようだ。
最初のバスは7時に出たとのこと。
中途半端な時間だった為、「マプトに行く客」ではなく、「マンジーニで用を済ました帰りの客」
を待つ羽目になってしまったようだ。
結局、16時近くの発車になってしまった。「暗くなるまでに、目的地の宿にチェックインする」という目標を掲げていたのに、
全然思うようにならないなぁ、一人ボヤく。
マンジーニ〜マプトは地図で見るとそんなに離れていない。が、そう簡単にいかないのがアフリカ、というところか。
スワジランドが割と高地にある為、坂道かつ蛇行もあってなかなか進まず、5時間はかかった。
国境はいつも通り歩いて越えるタイプであるが、そこから見た夕日の美しさは格別であったのを覚えている。
【国境】
DSC_2856.JPG

因みに、今回の旅行で唯一、ビザが必要なのがモザンビークである。
品川からちょっと歩いた雑居ビルに大使館は入っている。
普通、ビザの発行には「見開き2ページ」の査証欄が必要なのだが、何故かモザンビークは「見開き4ページ」である。
スタンプは散らして押してくるので、モザンビーク入国後に国境でジンバブエなどのビザを申請する場合、
都合「見開き6ページ」が空白である必要があるので、それなりに査証欄が埋まっていたら増補してから
出発することをお勧めする。
私のパスポートも増補したが、お盆前のピーク時でも増補はすぐに申請できる(申請後、2時間待たされますが)。
【モザンビークの普通の街】
DSC_2868.JPG

マプトに着くころには日もとっぷり暮れていた。
ターミナルに着いたのだが、モザンビークの通貨を持っていなかったので、ミニバスの運転手と交渉し、
そのまま宿まで送ってもらうことにした。
モザンビークの街の治安は良くないと聞いていたが、確かに裏通りなどは厳しいものがある。
よく見ると暗がりにも人が沢山いるので意外に安全なのかも知れないが、
土地勘のないままに出歩くのは避けた方が良さそうだ。

第1回遠征の宿泊は今晩が最終日なので、事前に日本で予約していたのが奏功した。
結局、移動だけで1日を費やした計算である。

翌日は、早起きして街にでかける。
向かう先はマプト駅である。
昨夜の不穏な空気とは打って変わって、初冬の冷涼な空気が気持ちいい。
挨拶をしてくれる人も多く、物売りも別段しつこくないので、「要らないよ」と言えば
すぐに引き下がってくれる。
【有名なマプト駅】
DSC_2879.JPG
【内部は普通】
DSC_2874.JPG

ただ、モザンビーク、特にマプトは警察が腐敗しており、ネットで有名な名だたる旅人たちも
お金を取られたりしている。
警察の腐敗度は、その国の成熟度を測る負のバロメーターの一つだが、急速に内戦の過去から
立ち上がるモザンビークではまだ統制が取れていないようだ。
せめて、外国人のパスポート不携帯が罪に問われないようにすれば、少し状況は良くなると思うのだが。。。
※警察の手口は.僖好檗璽噺せろ ▲僖好檗璽箸鯤屬靴討曚靴韻譴亢發鮟个察,任△襦
パスポートを見せなければ、罪に問われるので、「見逃してほしければ金を出せ」となる。
私も警察らしき人間を見たら、道路の反対側に渡るなど、不審者よりも警察を警戒しながら歩く。

マプトは大きな街だが、見るべきものは街の中心に集中している。
駅はデザインが美しく、気合を入れた観光地化していないのが却ってよい。
町並みも道幅も広く、港湾の方では大きな吊り橋が建設中である。

内戦前には日本のビジネスマンも来ていたのだろう。
ナショナルのエアコンなどの広告が残っている。
残念ながら内戦で撤退したその間隙を突く形で、
今や完全中国な経済である。いたるところでハーウェイであり、
スマホも日本製を扱っている店など絶無に近い。
かろうじて自動車が踏みとどまっているレベルである。


その他もアイアンハウスなどを見て回り、その後は宿に戻って飛行機の時間まで仕事をして過ごす。
当時は、アフリカ縦断第二回遠征はマプトから開始するものだと思っていたので、
北上するバス路線を調べたりで時間を費やしてしまった。
垣間見たに過ぎないが、北部はリゾート化の計画も進めているようで、一部のサーファーには知られた
ビーチもあるらしい。
政府も観光資源に気付き、力を入れ始めたようである。。。。
・・・が、あの国旗、どうにかなりませんかね?

いや、思い入れたっぷりなのかも知れませんが、
国旗にカラシニコフですからね。しかも配置が、「ペンは剣よりも強し」ではなくて「銃、最強!」になっております。
この、疾走する中2感を受け容れる方でないと、この国旗見てリゾートに来る人は少ないと思うんだけどなぁ。。。






プチ社長日記:『アフリカ陸路縦断#2:スワジランド王国』の話

■スワジランド王国へ
スワジランド王国へはミニバスで約7時間を要した。

※「地球の歩き方」に書いてある所要時間は、この路線に限らず
短めに書いてあるところが多いです(おそらくバス運用会社側の言い値の時間を書いている)。
なべて1.5倍は見ておいた方がいいです。
いずれにせよ、余裕のある日程を組まないと、立てた計画は即座に破たんすると思われます。
加えて、道路事情(悪路か否か)にも左右されるので、ヨーロッパと異なり地図上の目分量で、「だいたい、このくらいは移動できるだろ」
という目算が狂いがちです。
ベストは「計画を立てずに行く」ですが、やはり仕事をしているとそうもいきません。

7時間の道のりだったが、国立公園の中を通過するので景色もよく、陽気な同乗者にも恵まれ楽しく過ごせた。
順調に進んでいたが、途中で車両がエンジントラブルを起こしてしまったのも、一興。
まぁ、このくらいのトラブルは付き物と割り切った方が精神衛生上良いです。

オーバーヒートで、ファンベルトの異常が原因とのこと。おそらくベルトが緩いのだろう。
適した工具がない為、運転手が必死で他の車を停めようとする。
これが存外停まってくれるもので、1時間に5台は停まってくれる。南アフリカの人はなべて優しいなぁと、ちょっと感動。
一部の客は、停まってくれたバスの方に乗ってしまったが、運転手は根気よく車を停めては、
ぴったりある工具の有無を聞いている。
一方で残った乗客は呑気なもので、最初こそ私も車を停める役を買って出たのだが、
そのうち
「お前、直せるか?」
「トヨタじゃないから無理だな。トヨタでも直せないけどね」
とかの駄噺などして、今思うと全く役に立ってなかったですね。大変申し訳ございません。
・・・とかやってると運転手がエンジンを直してしまう。運転手ゴイスー。
【エンジントラブル】
DSC_2812.JPG
【私が停めたトラックに奪取する運転手(働き者)】
DSC_2817.JPG

当初、首都ムババーネを目指していたのですが、私以外に首都を目指すものは無く、
皆さん最大都市であるマンジーニ行きでしたので、空気を読んで追従。
私がムババーネに固執しなかったので、皆さんも喜ぶ。
【国境】
DSC_2819.JPG
【バスターミナル】
DSC_2820.JPG

最大都市と言っても、私が着いた夜20時には店も閉まり、秋(5月)の虫が五月蠅い只の田舎です。
最寄りと思われる宿へ向かい畑の脇をトボトボ歩いていると、「お兄さん、遊んでいかない?」的な女性が3名ほどいましたが、それ以外は特に何もなく、南半球の星空が美しい街です。


因みにですが、近隣のモザンビーク、ボツワナなど含め、周辺はエイズ罹患率が相当高く、10年以上前のWHOの調査で
余裕の10%越えです。今やもっと高いとも言われています。
標本数など、詳しいことは知りませんが「平均値」でソレということは、プロにおいては推して知るべしですね。
くわばらくわばら。

宿は難なく見つかり、サントンの豪華ホテルとは比べ物にならない、トイレに便座もない宿でしたが、
腰を落ち着けられた喜びが勝ります。
さっそく、空腹を満たそうと宿の方に「近隣のどこか食べられる場所」を聞きだし、
そのバーで地ビールで一人祝杯。
ところがそのバーも22時で閉店とかで、以降は特にすることもなく、宿に帰っておとなしく寝ることにしました。
【サイベベ。美味。】
DSC_2826.JPG

プチ社長日記:『アフリカ陸路縦断#1:南アフリカ」』の話

■口上
2017年5月のアフリカ縦断計画の第1回旅程の回想です。

4月に書いたケープタウンの話から随分、日が経ってしまいました。
実はこれを書いているのは、ケープタウンを嚆矢とするアフリカ縦断計画の第2回旅程を終えた
機上であります。
古新聞かと思われますが、沢木耕太郎氏の「深夜特急」も松尾芭蕉の「奥の細道」も
旅が終わってから記述されたと言いますし、ご了承願えればと。

場所柄、ちょっとガイドブックぽくなっておりますが、少しでも私の経験が後続のお役に立てればとの
思いによります。
(私自身も、先達の記事を参照にすることが多いので。)

■南アフリカ
ケープタウンは一部を除き治安は安定している印象です。
その一部とは駅と旧城砦跡周辺なんですが、私が訪れたときは城砦跡でイベントが開かれており、
休日の家族ずれでにぎわっていました。
DSC_2752.JPG
函館の五稜郭に似た城砦には歴史館があり、アムネスティのような人権団体がアパルトヘイトを軸に人種差別反対・
解放の歴史を展示しているのであるが、アフリカへの進出著しい中国による資本なのか、
何故かアンバランスに日本のネガティブキャンペーンになってしまっているのは非常に残念でした。
南京大虐殺(当然、30万人説)の展示とか、アパルトヘイトと関係ないと思うんですけど。

ケープタウンのバスターミナルは駅に隣接しており、長距離バス会社ではインターケープ社とグレイハウンド社が有名です。
私はグレイハウンド社のURLにアクセスできず、インターケープ社で予約を購入することにしました。
ネットで購入しても、クレジットカードの確認の為に一度窓口に行く必要があるのは両社共通のルールになります。
尚、この時に国境越えの場合はパスポートの有効期間等も確認されます。
バスは大型でトイレもついており、割と快適でした。
【インターケープのバス】
DSC_2756.JPG

ただ真っすぐ続く単調な道ではあるが、アフリカの広大さを垣間見れたようで嬉しくなる。
DSC_2761.JPG

約20時間後、ヨハネスブルグへ到着。
ただ、現地でヨハネスブルグと発音されることはなく、英語読みのジョハネスバーグ、
もしくは略称のジョー・バーグと呼ばれています。

・・・ヨハネスブルグの一時の治安は悪さは確かに凄まじかったらしい。
有名なポンテ・タワーという、円筒形のタワーマンションはギャングや薬の売人に勝手に占拠され、
円筒形の中空部分をなす吹き抜けは、彼らが投棄するゴミで5階部分まで埋まったといいます。見てないから知らんけど。
【バスの中から見たポンテ・タワー】
DSC_2803.JPG
【割と普通のビルでした】
DSC_2804.JPG

確かに、南アフリカ最大の都市であるにも関わらず、廃墟ビル、もしくは不法占拠(※)と思われるビルが多く見受けられます。
※明らかにオフィスビルの作りであるにも関わらず、人が住んでいるのでそう思っているだけで、
現在は(ポンテ・タワーのように)権利関係が整理されているのかも知れない。

ただ、メキシコもそうだが、犯罪の多くはギャング同士の抗争であったりするので、
過去10年において、この都市での日本人の殺人被害者は無く、十分気を付けていれば日中の散策程度は問題ない印象だ。
実際に散策したが、普通の活気ある街である。
【ヨハネスブルグのダウンタウン】
DSC_2771.JPG

一時、2ちゃんねの掲示板で「ヨハネスブルグのガイドライン」というガイドラインシリーズとでも呼ばれる掲示板が
立っており、そこは面白おかしく誇張された表現が成されていたが、(読み物としては楽しいが)
旅の参考になるようなものはないと思われる。
ガイドブックの代表格「地球の歩き方」でも、ヨハネスブルグに関しては、
その看板を投げ捨てて「歩くな」というスタンスであり、地図も載せない徹底ぶりである。
只、この辺はガイドブックなのだから、もう少し最近のデータを掲載した上で、
リスクを取る/取らないは読者に委ねる形式にするなどして、ガイドブックとしての矜持を守れないものかと思う。

かくいう私も、宿は郊外のサントン・シティにとったので、ヨハネスブルグが安全だと言うつもりもない。
一般に言われるほど、悪くはないと思います、という話である。
少なくとも、『北斗の拳』に出てくるような、モヒカンバイク野郎が『ヒャッハー』とか叫んでいるような街ではない。

ヨハネスブルグは過去の荒んだ時代に、企業を中心に中心部から郊外に拠点を移してきたそうで、
その一つがサントン・シティとのこと。
綺麗で巨大なショッピング・モールや高級ホテルが並び、漂う雰囲気からしてもう、安全である。
【サントン・シティの街並み】
DSC_2779.JPG
【ネルソン・マンデラ スクウェア】
DSC_2781.JPG

※ヨハネスブルグに来られる方は、少なくとも最初の1泊目はこのエリアにした方が良いかと思います。
空港からのアクセスも申し分ないです。
因みに、ここのショッピング・モールであるマンデラ・シティで昼飯を食べたのだが、
パスタにあれこれつけると普通に1500円ぐらいします。
ヨハネスブルグからバスで他の街や国に行かれる方は、バスターミナル(パークステーション)が
ダウンタウンにあるので躊躇されることもと多いかと思います。
ただし、バスターミナル建屋そのものは警備が行き届いているので安心だということは、先達もネットに記載している
通り。問題はターミナルへの行き方、ですね。
ガイドブックには、「バスターミナルの外ではなく、敷地の中までタクシーで送ってもらえ」とか
「着いたらホテルに迎えに来てもらえ、一歩も外に出るな」というような内容が書かれています。
しかし、空港⇒サントンシティ⇒パークステーションはハウトレインという新しい列車でつながれており、
ハウトレインの駅とパークステーションは50mほど歩くだけなので問題ありません(保証はしませんが)。
先ほど挙げた長距離バス会社などはその建物から出発しているので、街を散策しないならほぼ大丈夫です。

一方で、私はスワジランド狙いでしたので、ミニバス(ワゴン)の停留所に向かいます。
バスターミナルの裏手から出て、100mほどです。
【チケット購入】
DSC_2800.JPG
ここはちょっと物騒な雰囲気ですが、旅慣れた方なら何の問題もないレベルです。
ヨハネスブルグ発のミニバスですが、これがなかなか充実していて、近郊へ出るバスの他、
ボツワナ、モザンビーク、レソト行き等があり、見ているとわくわくします。
基本的にミニバスは「満員になると発車」というシステムなので、多少待ちますが、私の乗っているスワジランド行は
1時間ほどで発車できました。

プチ社長日記:『誕生日は南アフリカでぼっちです』の話

4月最後の日、つまり今年で言うと43歳最後の日は南アフリカのケープタウンで過ごしております。

ケープタウンというと私の記憶の中では「世界一周すごろくゲーム」が最古でありまして(TV番組です)、あまり普段の生活に出てこない地名ではあります。
因みにですが、南アフリカには首都が3つありまして、ケープタウンは立法府が置かれております。
行政府はプレトリア、司法府はブルームフォンテンで、最大人口と誇るヨハネスブルグは首都ではありません。
この辺の分立は、遷都問題が起こる日本でも参考になるかと。

さて、ケープタウン、東京⇒シンガポール⇒ヨハネスブルグ⇒ケープタウンで乗り継ぎ2回です。コードシェア便とは言え、南アフリカ航空の便で来たので、これが最短かと思います。
例によって飛行機に乗ってからガイドブック(ある場合)を読むので、東京より寒いと知って驚愕です。そりゃそうだわな。季節逆だし。どうもケープタウンは年間を通じても平均気温だと東京よりも低そうです。夏の1月でも20度、一方、東京の夏は25度となっています。
上空から見ると、もう白人居住区と黒人のそれがはっきりわかります。
空港近くはカラードと呼ばれる有色人種(≒黒人の方々)が住まわれているのですが、フィリピンのスクォーター(貧民街)を思い出します。
私にとってスクォーターは仲間のいる楽しい場所でしたが、こちらはどうか分かりません。

宿は写真のあるウォーターフロント傍にとりました。無駄にexpediaのゴールド会員なので、激安だったのが理由です。
実は写真の風景、現地に行ってから気付いたのですが映画「ブラッド・ダイヤモンド」で今わの際にダニー・アーチャー(ディカプリオ)が女性記者であるマディー(役者名失念)に電話をかけるシーンがあるのですが、そのマディーがいる場所ですね。
・・・って言ってもわかる人少数でしょうけど。
アフリカ慣れしてる記者がここでお茶するかどうかはともかく、「安全なアフリカ」を象徴するシーンではあります。
酒飲んで一人歩きしても問題なし。女性にもお勧めできる場所です。

※もうじき4月終わるので、ここで一旦、中断。

プチ社長日記:『君は沿ドニエストル共和国を知っているか』の話

※2018/4/9 追記 
写真追加しました。


いや、俺もよく知らないんだけどね。
だから、とりあえず行ってみようと思って。

沿ドニエストル共和国。
2016年7月現在、貴方の世界地図にその国の名前はない筈だ。
因みにGoogle Mapにも華麗にスルーされている。
まともな国で此処を承認しているところはない。

ところが、軍隊、警察、通貨、陸運局(車のナンバー見て知った)等々、
国家としての機能を一揃え有している。それも、なかなかのレベルでだ。
1992年のトランスリニア戦争では、独立直後のモルドバ軍と戦って停戦に持ち込んでいる。
現在の「国境」(日本政府の立場では国ではないので「」表記。以下、同じ。)が、
ドニエストル川よりもキシナウ側にせり出している所を見ると、ロシアの支援を得ていたとはいえ、
かなりの善戦だった模様で、歴史博物館の誇らしげな展示物からも窺うことができる。

【戦没者祈念公園】
D9.jpg

D10.jpg

モルドバの首都キシナウでのホテルの店員(めちゃくちゃ親切だった)から得た最新情報、先人達のブログ、そして幼稚園児並みのロシア語という僅かな手持ち武器をひっさげ、いざキシナウのバスターミナルへ。
バスターミナルは駅から結構歩くところにあるが、鉄道駅よりも断然、こちら界隈の方が賑わっている。

【バスターミナル周辺】
D1.jpg

沿ドニエストルの「首都」、ティラスポリ行きのバスは頻発している。
よしよし。慌てるこたぁない、ホットドッグや飲料を購入して悠然と乗り場へ行き、
バスを発見する。バスと言ってもワゴンなのだが。
スタッフにチケット売り場を教えてもらい(ターミナルビルの中ではなく、駐車場の隅にある。)、
チケット購入。36.5レイ。

【バス、たくさん出てます】
D2.jpg
【バス発見】
D3.jpg

この辺の鉄道の客車、乗り合いバス(ワゴン)に共通しているのは、冷房が無いことである。
そのくせ、極寒の冬に備えて窓は大抵、はめ込み式であかないということだ。
寒暖の差が激しく、夕方になると虫が一斉に鳴きだし、晩秋の趣さえ漂う当地方であるが、さすがに日中は暑い。

最初は3人しか乗客のいなかったワゴンであるが、最後にはほぼ全員着席に。
一人東洋人の私の隣だけが最後まで空席であった。
(そう言うの、うっすら傷つくからまじでやめてほしい。。。)

とは言え、彼らの警戒心もむべなるかな。
過半が沿ドニエストルの住人なのだ。私はどう見ても、全力でよそ者です。なんか、すみません。

未承認国家、というのは我々の興味(妄想)を掻き立てる土地だ。
まぁ、昨年訪問したパレスチナも同じ位置づけなのだが。

疑問はいろいろあり、キチンと時間をとって調べたいところではあるが、
旅行者から見れば犯罪者引渡協定辺りが気になる。国が未承認なので、調印は無いと思われるのが、
本当にないなら無法地帯になってしまうので、その辺はよくわからない。

パレスチナのように壁(イスラエルは柵と主張しているが)で囲まれている訳ではないので、
ティラスポリで犯罪を犯してもバスで「国境」通過するまでの100分間、もしくは自力で川を渡れば数分で「出国」である。
私が彼の地で身寄りの無い誰かを殺害し、後の調査で犯人が私と特定されても、沿ドニエストルの警察を
警察と認める国はなく、結果、完全犯罪とは言わないものの、うっかり再訪でもしない限り
拘束から逃れられるのではあるまいか、、などの妄想をぼんやり考えて過ごす。

・・・待てよ。
逆も真なり。
私が誰かに彼の地で殺害されたとして、沿ドニエストル警察は何をしてくれるだろうか?
モルドバ警察が調べに来てくれる?
・・・否、立入ることすらできないのではないだろうか。
沿ドニエストル警察の調査結果をもとに、モルドバ警察が各国に照会を依頼する?
せいぜいその位だ。よっぽどの案件でない限り、泣き寝入りしかなさそうだ。
と言うことは、どちらというと危険なのは私の方では??

実態はともかく、未承認国家でトラブルに遭うと、基本は自力解決、ということを肝に銘じておいた方がいいだろう。
まぁ、単独旅行者はなべて自力解決の世界なのだけれど。
警察こそが旅人にとってもっとも厄介で危険なケースは、ままあるのが実情だ。

さて、そんな妄想をよそに、目に映るのはトランス地方の美しい風景である。
女性的な稜線の台地に、ひまわりやトウモロコシ畑が広がる。
ひまわり畑には思わずレンズを向ける。
ただ、ひまわり畑を有難がるのは日本人位らしく、タクシーで「ひまわり畑に行ってくれ」というと
「何故、そんなところへ行くのか?」と運転手から質問攻めにあったという話を聞いたことがある。

話を戻すと、ルーマニア、モルドバは農村風景が有名である。なるほど見ごたえがある。

ただ、その長閑さは、国境が近づくと変わってくる。

まず、モルドバ側の検問所を通過する。モルドバ兵士が駐留しているが、モルドバは沿ドニエストルを建前上、相手にしていないので
スルーできる。バスも減速しないので、気を付けていないと見過ごしてしまう。

一方、沿ドニエストル側では、しっかり入国審査を受けることになる。
結論から言えば、ロシア語は不要だ。少なくとも日帰りでは。
パスポートにスタンプは押されず、イスラエル等でも見られるような入国カード制なので、
後でパスポート上のミスマッチを指摘されることはない(「入国」履歴は残らない)。
国境自体は歩いて越え、先回りして待機している同じバスに乗るという、ありふれたパターンで難なく突破である。
ちょっと拍子抜けである。

【国境】


バスはそのまま市街地に入り、鉄道の駅前ロータリーが終点だ。
駅には両替所があり、特に悪くないレートで交換している。
ただ、駅前の売店は何故かモルドバ・レイで買い物できるので、レストランなどで食事をしないなら、
ここで飲料を買うだけで十分かもしれない。

【市場駅】
D4.jpg

沿ドニエストルの紙幣は、ここでしか使用できない。
まぁ、地域振興券みないなものなので、必要最小限の両替が鉄則だ。
10ドル両替したが、物価が安いのでビール1杯飲んで食事してコーヒー飲んでもお釣りがくる。
キシナウでも、キシナウビールは100円ちょい相当で飲めるので、物価だけ見るとこの辺は天国である。

【地域振興券疑惑】
D6.jpg


事前にgoogle mapをダウンロードしただけなので、特に観光名所などがわかる訳ではない。
が、通りの広さや街のつくりから、大体この辺かな、という方向へ歩く。
まぁ、分からなくても根性出せばティラスポリはほぼ歩ききれそうな街であるが。

途中の喫茶店でコーヒーを啜り、街を歩くと、旅行代理店をよく見かける。
・・・ふと思ったのだが、未承認国家の国民はどうやって海外旅行をするのだろうか?
こればかりは、仮に沿ドニエストルがパスポートを発行していても、受け入れる国はない(厳密には)。
ロシアがパスポートを発行するとも思えないので、おそらく、モルドバとして発行しているのだろう。
だとすれば、沿ドニエストル国民には、忸怩たる思いに違いない。
【代理店】
D5.jpg

途中で立ち寄ったレストランでピザとビールを腹に詰める。
レストランで流れる曲がcoldplayである。至って普通の田舎のレストランだ。

【キシナウビールは飲みやすい】
D7.jpg

その後ものんびりと歩き続け、やはりというか、
ドニエストル川近くに、この国の中心である国会議事堂は建っていた。

【久々に見る、レーニン像】
D14.jpg

沿ドニエストルは、「現代に生きるソ連」として紹介されている。
確かに見た目だけで言うと、議事堂前にはレーニン像が堂々とそびえており、
国章や国旗は「槌と鎌」のお馴染みソ連マークである。
因みに、ここまで立派(?)なレーニン像は今や珍しい。
(この数日後、ベラルーシのミンスクで更に立派なレーニン像を見ることになるのだが)

【どう見てもソ連です。ありがとうございました。】
D15.jpg

道の名前は「レーニン通り」「10月25日通り」(※十月革命の記念日)など、
まんまソ連である。
では、社会主義ゴリゴリかと思いきや、どうもそうではないらしい。
未承認国家の地位を利用してロシアからタダ同然で天然ガスを輸入し、それを
売却しているという。この利権を握っているのが一部の財閥層というから、
レーニンが知ったら激怒間違いなしの腐敗っぷりである。
ただ、さすがにロシアもタダ同然で天然ガスを売るのは
やめようということで、今は供給を絞っているという。
たちどころに沿ドニエストルの財政はひっ迫し、今は公務員に給料の遅配が出ているというから
もはや待ったなしである。

※2018/4/9 追記 
このタダ同然の天然ガスで発電した電力で、仮想通貨のマイニングやるそうです。環境に悪いことこの上ない。。。


公務員の給料遅配は、治安悪化に直結するが、今のところ街は比較的おだやかで、
一人で歩いていても危険をまったく感じない。
ドニエストル川では、のんびりと水泳を楽しむ家族連れも見られる。

【ドニエストル川(対岸は軍事施設なので要注意)】
D8.jpg

極めて長閑な「国」である。
ロシアが水を向ければ、真っ先にモルドバからロシアに併合を希望しそうな「国」であるが、
今のところそのような気配はない。
一種の火薬庫的な位置づけであるが、今は静かだ。

【街は穏やか】


レーニン像を背にして通りを渡り、沿ドニエストルの「独立」記念歴史博物館といった趣の建物に入る。
戦没者の慰霊碑の裏側にある、外観は何てことない建物だ。
ロシア語で挨拶したせいか、女性の館員が無性に親切に英露混合で説明してくれる。
あまりの熱量にこちらも真剣に聞いていたので、出る頃にはだいぶ疲れてしまった。

【記念歴史博物館】
D11.jpg

D12.jpg

【お土産にいかが?】
D13.jpg

この地を歩くと、「国家とは何か」というものを考えさせられる。
熱心に説明してくれた彼女を思い出すと、「幻想の共同体」と言ってしまえるほど、
単純なものではないように思える。
方向性としては同じなのかもしれないが、幻想というよりもっと熱量のある何かが、
その共同体の核となっている、そんな気がしてくる。


※上記の様に、政情は不安定であるものの、今のところ街自体はおだやかなので
機会があれば来訪をお勧めする。ただし、その際は最新の情報を以て各自で判断されたい。

JUGEMテーマ:世界一周の旅