プチ社長日記:『斜陽』の話

・・・やってもうた。
なんで正月早々、手に取った本が『斜陽』なのか。
気付いて、正月っぽくないって、気付いてミー。

太宰治の文章は、人によって好き嫌いが別れる、というより、読み手のその時の気分や境遇で受け止められ方が異なる、稀有な文章と思う。
滅びゆくものの美しさや、退廃的な中にきらりと光る恍惚とした魅力も、嵌る時は嵌るが、そうでない時は全くそうでない。自分の調子に対してのバロメータ的な位置づけであろうか。
初めて読んだときはいつか忘れたが、おそらく他の太宰作品と同じく18歳の頃と思われる。
太宰の持つ、サイコクラッシャー的なパワーに当てられる年代である。

・・・まぁ、ね。あるよね。そういう時代。思い返すと恥ずかしいけど。

今、割と突き放して、醒めた目で読めるのは、我が身の老いのなせるわざか。
だからと言って「余裕だぜ」と思うかというとそうではなく、ここまでの境地に至り39歳でこの世を去る潔さなど、年齢を重ねても読者の読後に苦みをもたらすのは作品自体の素晴らしさ故、ということだと思う。はい。

ただ、正月に読むのはお勧めしないけどね。

プチ社長日記:『最近読んだ本など』の話

『光のない海』
熱海の温泉宿で一人、朝方まで読むほど「読ませる」内容の一冊。
白石一文氏らしい、運命に弄ばれ苦しむ人々を通じて、孤独について掘り下げていく内容が素晴らしい。
山本周五郎賞受賞作『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』と同様、孤独を埋めるが為に過ちの関係を持つ男女を描写し、必死に他者との繋がりのありようを模索し、空虚の先へ進もうとする気迫の作品である。

『みんなちがって、みんなダメ』
カリフ主義復活を奉ずる中田考氏の一冊。
「イスラームとは何か」というイスラームの説明本は世に多いが、「イスラーム的視点で、今の領域国家支配の現代を解釈するとどうなるか」という視点が中心となった作品は寡聞にして知らず、それ故に極めて面白く読ませていただいた。
思えば、私の少年時代などはイスラームというのは遠い世界の話の様に捉えられていたが、21世紀が「アフリカの世紀」ならば、今後もイスラームの勢力は増大の一途となることは間違いないと言えるだろう。
従い、当該視座を踏まえることは重要であることは間違いない。
無論、多神教を是とする大部分の日本人にとって、一神教的な価値観に抵抗はあろう。
実は私もその一人だ。

「母も篤子も、京介も美千代も、淳子も宇崎も、そして私自身も、あと数十年もすれば、そういう人間が存在していたことでさえ定かではなくなってしまう。歴史上に名前を刻むことのできた者以外のすべての人間が、いずれは存在の有無さえ確認不可能な黒々とした闇の中へと飲み込まれてしまうのだ」(「光のない海」)


『みんなちがって、みんなダメ』の視座によると、これは何も悲しむべきことではなく、「当然のこと」ということで平然と受け容れられる。ここまで達観することは、正直、私には難しい。(それは私が『バカ』だからだろう)

それができない私のような者は、どうしても「一瞬の光」のようなものを求めて生きていくのだと思う。それで絶望することはあっても、最後にはこの価値観を受け容れざるをえない時が来ると思う。
たとえ回り道であっても、私も「存在の有無さえ確認不可能な黒々とした闇の中へと飲み込まれてしまう」を喜んで受け容れられる日が、いつか来ますように。






プチ社長日記:『NEVER LET ME GO』の話

言わずと知れたノーベル文学賞作家カズオ イシグロさんの本である。
邦題は「わたしを離さないで」。

ネタバレになるので控えるが、舞台設定は「え?」という荒唐無稽じみたところがあるものの、
主人公の淡々とした述懐でそれを押さえ込み、誰もが皆、
一度は考える死に対する姿勢を抽出して描いたところは、さすがの一言。
ただ、ちょっと強引な気も否定できない。
氏の作品の中では賛否分かれるとのことだが、それも頷ける部分はある。

因みに、これ、どうやって邦訳するのだろうと思って書店で邦訳を一部立ち読みしたことがあるが、
割と直訳的にならざるを得ないのか、「まぁ、そうなるわな」という微妙な感想を禁じえなかった。

故に、原文で読んで正解、、、だと言えるとカッコイイところだが、
私の英語力では読むのにえらく時間がかかるのである。
一文一文は平易なのだが、先の舞台設定の特殊さから、それを把握するまではちょっと漂流してしまった。

上記は個人の問題なので、私が解決するしかないのだが。。。
・・・なお、現在、レバノンからトルコに飛び、イスタンブールからアンカラに入ったところである。
読後の感想の味わいよりも、読破の達成感と荷物が軽くなることの喜びが勝るところを見ると、
まだまだ修行が足りないようである。

プチ社長日記:『あの会社はこうして潰れた』の話

日経「企業調査マンの目」の連載。
連載当初から読んでいたので知っている記事も多いが、改めて纏め読みしてみると
倒産企業の陥りやすいパターンが解って興味深い。

ただ、やはり記事になるだけあって、耳目を集める倒産理由が多い。
読み物として避けて通れない点ではあり、著者(帝国データバンク)もそういったネタを選んでいるのであろうが、
大企業はともかく中小も含めると、私の感覚では「それなりに大過なく経営していても、時代の流れに乗れずにひっそりと倒産」というケースが最も多い。

今でもベンチャー界隈を渉猟すると、カネや女性をめぐって、せっかく上手くいきかけた事業を
棒に振って「おいおい」と思うケースもあり、それは出資などしてなければ
見世物としては最高に面白い。

でも、最近潰れる社歴のある企業を見ていると、気づいた時には手遅れで、
「下手にあがくと死期を早めるだけ」のパターンもあり、寂しい気分になる。

そういうケースでは、経営側も割切っている部分もあるので、まぁ「おつかれさまでしたね」というようにしている。
・・・そういうものなんだと言い聞かせている。自分でも。


プチ社長日記:『坑夫 』の話

漱石はほぼ全作品に目を通しているが、当作品はこれまで未読だった。
岩波文庫版がたまたま手に入らなかったことが理由の一つだが、やはり避けていたと思う。

漱石が高踏派に分類されることはまずないものの、その対極の世界観を綴った作品は、異色の存在だ。
ただ、環境が変わることにより、自己の内面を深く掘り下げられるという機会は、普通に生きていても遭遇する事態であるので、本作はその状況を描写したと考えれば、位置づけも難しくない。
そういう意味では、『硝子戸の内』に近いとさえ言えると考える。

プチ社長日記:読後メモ『彼が通る不思議なコースを私も』の話

今年になってから文庫版第1刷というので、白石一文の最新作ではなかろうか。
山本周五郎賞受賞作『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』に作風は近い。
(装幀にどこまで関わっているか分からないが、カバー写真の雰囲気も近しい)


『この胸に〜』では現実的な氏の作風の中でも、(亡くした子の声が聞こえるという)不思議な出来事の起こる設定ではあったが、それは主人公の胸の内(=個の枠)に秘められており、我々凡人も稀に接する「不思議なこと」で片づけられるレベルであった。本作では更に進んで不思議な『能力』として定義され、荒唐無稽とも言える設定が最初気になったが、最後のエンディングで個の枠に大きく寄り戻すことで、バランスを保っている。

賛否別れる設定かもしれないが、それは所詮は舞台設定の話であって、氏の言いたいことは他作品のようにはっきりと主張しているので、読み応えのある作品。

プチ社長日記:『働かないふたり』の話

気付いたら5巻まで出ていたか。。。
人生において有益な情報は全くないが、ただひたすら馬鹿馬鹿しくて好きな漫画である。
特に、現在のように働いてない時に読むと格別。

まぁ、働いてない人って、あまりいないけど。。。

プチ社長日記:『ストレッチ』の話

まだ1巻しか出ていないが、意外と良かったので。
ストレッチのハウツー本などみると、イラストでやり様を描いているものはあるが、これはそれにストーリーを持たせた形。
ハウツー本なら読むのが苦痛でも、こちらなら難なく読める点が良い。
ただ、2巻以降はどうするんだろ。。

プチ社長日記:『Yコンビネーター』の話

ITベンチャーに投資する団体である「Yコンビネーター」のルポ、というべき本。

開発場所を提供してベンチャーを囲うわけではなく(だから、インキュベータとは名乗っていない)、一定期限をつけ、デモと週一の夕食会の場を中心に投資先を見ていく主催者側と、見られている側(ベンチャー)の双方について活動内容や思考の変遷が記載されていて、結果、IT投資に興味がある方とITベンチャーを立ち上げようとしている方の双方にも読ませる内容となっている。

あまり期待していなかったが、予想以上に現場感が伝わったのは、作者自身が「フリーパス」と言っているほど、出入の自由を主催者側に認めさせたからであろう。これは作者と主催者の信頼関係のなせるワザである。

ただ、読後感としては、やはり『シリコンバレーだから』というのはあって、この内容を敷衍して日本だとどうこう、というのは厳しいかと。

仕事で日本でもいろいろ話を聞くが、ここまでスピーディに集金できる仕組みは、やはりない。

キャンプファイアー??いや、それはちょっと。。。

プチ社長日記:『かばんはハンカチの上に置きなさい』の話

本書のタイトルは、『営業カバンは汚れているであろうから、(靴を脱いで上がる)客先ではハンカチを敷いた上にカバンを置くべし』という営業上の小技から来ている。これらの小技集としての前半と、作者の営業を通した成長や思いを書く後半に分かれる。

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昔、私が子供だった頃、つまり30年近く前だったのだが、出入りの三和銀行の方が、同じように家に来るときはハンカチの上に大きな営業カバンを置いていた。ポマードのようなもので髪をキッチリ七・三に分ける髪型に黒縁メガネで、大人というのは変な格好をするものだと思っていた。
今にして思えば結構若かったのかも知れない。今の私より若いだろう。だが、少年には大人の年齢は解らないものである。

その他にも郵便局の人なんかもハンカチを敷いていた。別に私の母親が人一倍綺麗好きで、強要していた訳ではない。

・・・そんな風に昔のことを思い出すと、もしかしたら昔の営業マンの中には少なからぬ割合でハンカチの上にカバンを置いていたのかもしれない。実家周辺だけかもしれないが。
最初、このくだりを読んで、作者の川田氏は非常に気が利くなぁ、と感嘆していたのであるが、それはこのよな気配りを私達が忘れ去ってしまっただけなのではないか。

営業、という仕事の本質が変わらない以上、このような小技(気配り)は昔から存在していて、書籍であれネットであれ、そのあたりのノウハウが共有されてなかった為、一部が廃れてしまったのではないか。 そう考えると非常に勿体無いなぁ、と思う。

・・・話が逸れてしまったが、本書はこのカテゴリの本にありがちな、小技マニュアルのようなものだけではなく、それらを身につけるに至った『プロフェッショナルとしての営業』となっていくエピソード集でもある為、読ませる内容となっている。お勧め。
因みに作者の川田氏は元リクルート社員であるとのこと。元リクというのは本当にいろんな人がいるな。