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プチ社長日記:『働かないふたり』の話

気付いたら5巻まで出ていたか。。。
人生において有益な情報は全くないが、ただひたすら馬鹿馬鹿しくて好きな漫画である。
特に、現在のように働いてない時に読むと格別。

まぁ、働いてない人って、あまりいないけど。。。
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プチ社長日記:『イスラエル漫遊記#3』の話

エルサレム2日目も早起きである。朝イチで神殿エリアに見学に行く。お目当ては『岩のドーム』だ。
この場所もユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地なのであるが、今はムスリムしか建物内部には入れないことになっている。
私は例によってジャージにパンジャービ(寝起きだから)、サンダルという出で立ちである。そして手ぶら。かつてトルコでムスリムに間違われることがしばしばあり、モスクのムスリム専用入口に何度か案内された私ではあるが、ここは流石に厳格である。
周囲に誰もいないので試しに『入っちゃダメっすか?』と聞いてみたが、『禁じられてるから、ダメだよ』とやんわり諭される。
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【岩のドーム】

因みに、イランではモスクの敷地内は裸足が鉄則である。サンダルとか履いてると音速で怒られる。
イスラムに敬意を表してドーム周囲の敷地内を裸足でブラブラしてたのだが、今度はイスラエル側の警備員(というか、警備兵)が飛んできて、『何か宗教的な意味があるのか!?』などと問うてくる。
そういう訳ではないと釈明をし、言われるままにサンダルを履くが、その後も『何か祈祷をしているのか』などと聞いてくる。
敷地内では朝の祈りであろうか、小学生たちが『アッラーフ アクバル!』(神は偉大なり!)を連呼していたので大丈夫だと思っていたのだが、どうやらここは『観光地』であって『祈りの場』ではないということだろうか?
確かに入り口の看板に『あからさまな宗教的振る舞いはするな』と書いてあったのを思い出した。
パンジャービがアラブのクルタと似ているのも裏目に出たようだ。『心配させて申し訳ないが、宗教的なことをしにきたのではなく、美しい建築を見に来たのだ』と説明し、相手も『そうか』と返事をしたが、どうやらまだ疑っているらしい。
あまり余計なことを言うと墓穴を掘りそうだったので、ただひたすらニコニコして切り抜ける。
もっとも、朝イチで入ったので周囲に他の観光客がほとんどいないせいもあったのかもしれない。私にだけ厳しい訳ではなく、短パンで入ってきたヨーロッパ人と思しき二人も速攻で注意されていた。
本来キリスト教もそうなのだが、イスラムでは肌の露出を特に嫌う。せっかく入ったのに、追い返されるのかなと心配で見ていたが、彼らはケープのようなものを腰に巻くという荒技で『短パン・バリデーション』をかいくぐっていた。

宿に戻って朝食をとり、旧市街北側のサマルカンド門からアラブバスに乗り、ベツレヘムへ向かう。
パレスチナ自治区ではあるが、キリスト生誕の観光地でもあり、外務省安全ページで見る限り、治安は悪くないようだ。
バスで1時間ほどでチェックポイントにつく。歩いてチェックポイントを通過するのであるが、やはり目にするとパレスチナ分断政策の凄まじさを思い知る。
エルサレムから「バスで1時間ほど」と書いたように、イスラエル領土だけで無く、イスラエル領域外の入植地を囲む形で建設が進められている。つまり、第1次中東戦争の停戦ラインでパレスチナ側とされた領域も壁の内部に取り込まれており、事実上の領土拡大を進めている。

この分離壁であるが、中東版万里の長城とでもいうべきか、遥か彼方まで壁が連なっているので圧倒される。しかもベルリンの壁よりも遥かに高い。随所にある管理棟が、まるで刑務所の中にいるような気分にさせる。
因みにこの分離壁、イスラエル側は「壁じゃなくてフェンス(柵)でござる」と主張しているが、「んな訳ねぇだろ」という言葉しか出ない、めちゃくちゃ立派な壁である。
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【分離壁(イスラエル側):見難いが写真右端の方まで壁は続く】

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【チェックポイント:パレスチナに出る時は、この金網の通路を通る】

もっとも、チェックポイントと言っても手ぶら同然の私は難なく出入りできた。特にパレスチナに入るときはノーチェックに等しい。
パレスチナ側に入るや否やタクシー運転手が群がってきた。正直、街の中央まで何キロあるかも調べずにきたのであるが、すでにチェックポイントがガイドブックの地図の圏外であることから3キロは固かった。
あまりにもしつこいドライバーが10NISで良いと言ってきたので(1キロ=11NISなのでありえない)試しに車に乗ってみると壁のペイントを見に行こうと激しく誘ってきた。
まぁ、こんなことだろうとは思っていたが、私は街に出たかったので、15NISから交渉開始したが、結局まとまらず車を降りた。
今度は違うタクシーの運転手と交渉したが、今度も10NISで良いといってきた。しかし、本来5人乗れる車だとか何とか言っている。
どうやら相乗り前提で、その分、私が負担しろみたいなノリである。条件と値段がはっきり定まらないうちに走り出したので、飛び降りる。
40過ぎのおっさんがするような事ではないが、金額の多寡よりもだまそうとする気持ちが嫌なのだ。
後ろから『ミスター、ミスター!30NIS!』などと叫んでくるが、さすがに振り返る気もない。

憮然としていたが、ふと駐車場脇にスイカを食べている3人組がいた。なんか信じられないくらいデカいスイカである。1切れ分けてくれたのでありがたく一緒にムシャムシャやってると、さらにもう1切れ、さらにもう1つどうだ?とドンドン勧めてくる。
さすがに食いきれないと辞退したが、旅行者に優しい彼らと話して、タクシーの値段交渉で荒んだ気持ちも和らいできた。

スイカを喰って元気が出たので、歩いて向かうことにする。

いささか遠回りしてしまったが、壁に描かれたパレスチナ人の落書きをみながら進むのは存外、楽しかった。
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【分離壁(パレスチナ側)】

こちらは物価がイスラエル側より少し安く、コーラ1缶3NISである。イスラエル側だと5NIS。500mlペットボトルだと旧市街では8NIS、新市街のスーパーなら7NIS弱で買える。
1NIS≒30円なので、イスラエル側だと日本より高いが、パレスチナ側だと安い感じだ。
因みにイスラエル側のマクドナルドだと、一番小さなセットで40NIS(1200円)くらいするので堪らない。
普通に食べると1800円くらいするのである。まぁ、wifi欲しさに入ってしまうのが悲しいところではあるが。

ようやく辿り着いたので、ベツレヘムの降誕教会を見学する。文字通りキリストが生まれた場所の教会である。
私は幼稚園がミッション系だったので(照)、ミサなどでは馬小屋で生まれて3博士がひれ伏すような絵を見慣れていた。しかしいざその場所に来てみると、思い切り地下なのである。
尤も、マリアがナザレで受胎告知を受け、ナザレで育つキリストが何故にベツレヘムに生まれたかということについては、若干あやしいとのこと。
ヨセフが人口調査のためにベツレヘムに来ていたとのことだが。。。

降誕教会の他の場所は改修工事中だったこともあり、すぐそばにある、マリアがキリストに授乳していた時に奇跡が起こったとかいう教会も見学すると、特にみるべきものも残らない小さな街である。
ただ、パレスチナ人の街という意味ではその暮らしぶりが伺えて興味深いので散策を続ける。

因みに、中央広場の近くにスターバックスがあった。
イスラエル側でも見なかったのに、パレスチナで見るとは不思議だな、と思ったが、やはり偽物くさい。そもそもロゴが旧式である。
さっそくwifi電波を拾ってスタバの公式ページで確認すると、イスラエルには一軒もスタバがないことになっている。
「最寄りのお店はアンマンです」と表示されている。それ、ヨルダンですがな。
見ると不細工ではあるがノベルティも頑張って作っている。努力だけは認めてあげたくなったので、15NISしたがカプチーノを頼む。
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【パレスチナのスタバ(偽物)】

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【スタバ(偽物)グッズ。買っておけばよかったな。。】

その後、歩いてチェックポイントまで戻り、またエルサレムの宿に戻る。

■■■■
朝起きて、今日の予定を考える。東のエリコか南の死海か、北のナザレ方面か。。。(紅海沿いのエイラットは、次回陸路での越境の時に確実に通過するので、今回は対象外)
問題は、シャパットである。
シャバットというのはユダヤの休日で、金曜夕方から土曜夕方までが休みとなっている。
日本の週末感覚と違い、一部の路線を除き公共交通も止まるのである。そんなアホな、なんだかんだといって動くだろう、と高をくくっていたが、本当に止まるという。
死海エリアには、スパなどを除き大した宿泊施設もないので、日帰りを考えていたが、そうなると夕方までに帰ってくるのが厳しい。
結局、北方のナザレにした。アラブ人色の強いエリアだと、アラブ系のバス会社などはシャバット中も営業しているらしい、というのも理由の一つだ。

今回はベツレヘムの時とは違い、セントラルバスステーションからバスにのる。トルコのオトガルのようなだだっ広いバスターミナルを想像していたが、近代的なビルで、バスは3階から発車、到着は2階という作りである。
このバス停がまた激混みである。チケット売り場が3カ所(常に1カ所は閉じている)、インフォメーションも2カ所しか窓口がない。看板めいたものもないので、結局、フロアの端から見て回って自分の目的地行のバスを探すのである。
尚、あとで行った観光案内所ではこれらの情報をすべて教えてくれるので、多少遠回りでも観光案内所経由をお勧めする。

ナザレに向かう道は、エズレル平野を突っ切るので途中はほとんど平らである。最後の方にマゲット山のエリアを通る。
何てことはない呑気な景色なのであるが、この山(ハル)こそ、ハル・マゲドンの舞台だそうである。


バスは予定よりも早くナザレに到着する。この時、同じバスに乗っていたらしい日本人が話しかけてくれる。
彼もイスラエル5日目だそうだが、彼にとっては私が初めて見た日本人だそうである。とりあえず2人でシャバット中の交通事情なども確かめにインフォメーションに行こうそうしよう、ということになり、そこに向かう。
会って数分しか経たない我らではあるが、二人でイスラエル美人を讃えあっている内にすぐ打ち解けた。男同士が仲良くなるのは得てして下世話ネタである。

ナザレでは存外良いホテルに巡り合えたので、ホテルでやっつけ仕事などこなし、夕方になってから晩飯がてらに受胎告知教会の下見に行った。
もう夜だったし、お祈りの時間だったので観光客は入れないルールであったのだが、ぼんやり建物を見上げていると、管理人のジイさんが話しかけてきた。
「自分はキリスト教徒ではないので、この時間に入るのは不適切だから、明日くるよ」と告げたのだが、管理人は「まぁ、入りなさい」と言うので、「ではちょっとだけ」と入れてもらった。

本当いうと、一人で静かに見学したかったのだが、ジイさんがやたら熱心に説明をしてくれる。さすがに管理人だけあって知識が豊富である。
一気に語られても覚えきれないのだが、断るのも悪いので真剣に聞いていた。そのうち、ジイさんが周囲の絵を説明して回るのに手を握ってきた。
何となく違和感はあったのだが、こんな田舎で10年以上も管理人をやっていたら人恋しくなるのかな、まぁ教会だし大丈夫だろう、と思っていた。
そのうち、いろいろ案内してくれるのだが、私の腰に手を回したり、挙句の果てには尻を触ってくるようになった。
・・・イカン、これはガチでホ○である。

・・・LGBTだとかダイバーシティとか言われる昨今、フェイスブックの写真を虹色にしちゃったりしている御仁もおられるかもしれない。
個人的には「LGBTを受容=ダイバーシティ」とは思わないが、そういう生き方や価値観があってもいいと思う。現にそういう友人もいるし。
とは言え、そのターゲットが自分に向いた時、じゃあ一緒に掘った掘られたするかというとそんな訳はない。
日本人ならその辺は空気を読んで「チガイマスヨ!」と悟ってくれのかも知れないが、相手が外国人だと難しい。
とりあえず1周すれば終わりだ。それまでは耐えしのごうと思い、彼から体を離すべく、あれはどうなってるんだとか、いろいろ大振りな仕草をしたり、注文をつけたりしてみる。
たとえば、教会の正面の扉を開けてくれないかと言うと即座に開けてくれるのである。それどころか、「いや、ここ絶対入っちゃいけないでしょ。」という所にまで案内してくれる。
健気に尽くす老人を見ると哀れな気分にもなる。ところが、彼も隙をみては私の体を触ってくるし、手を自分の股間の方に持っていこうとするから質が悪い。
終始、笑顔をキープしつつも、お互いに激しく攻防を繰り広げながら、ようやく敷地を一周めぐることができた。
最後に、管理人室でコーヒーを飲んで行けと散々勧めてくる。私も暗くなったから帰ると言ってゆずらない。
ちょうどよいタイミングで彼の携帯が鳴ったので、この機を逃してはならぬと「じゃあ、かえるねー!」と言って逃げるように去る。
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【近代的な受胎告知教会内部】

外国を旅行していると、特にアジア人男性は同性愛者に狙われるのはよく聞く話であるし、私も誘われたのは何回かあったが、まさか40過ぎて教会で働く人に迫られると思っていなかった。
幸い、明日は管理人が休みだということは会話の中で確認済である。明日改めて、清らかな心で見学することに心を決める。

■■■■
ナザレは、見るべきものがそんなに多くはない。ティベリヤの方まで精力的に見て回る気も起きず、チェックアウトまでは部屋で仕事などし、その後もシャバット明けでバスが動く19時までのんびりすごす。
実は受胎告知の場所としては、有名な受胎告知教会の他に、ギリシア正教側が主張する場所もある。
そこも教会になっているのであるが、地下から水が湧き出ており、冷涼な空気が威厳を与える良い場所であった。
昨日、ゆっくり見て回れなかったので、受胎告知教会を再度見学し、公園で昼寝をしてもまだ時間が余っていたので、残りはビールなど煽りつつバスを待つ。
シャバットは旅行者にも休息を求めるようである。

■■■■
ナザレから帰ってきてからはエルサレムの新市街の方に宿をとった。料金が安いのと、バスターミナルに近いのが魅力だったからだ。
朝起きて、死海方面に出かけるつもりだったが、何となく気が向かないので、結局旧市街の方に足が向き、友人に頼まれたヘロデ門の紋章の写真を撮りに行く。
途中、ヘロデ門とダマスカス門の間に、小さな洞窟の入り口があるのに気付いた。もともと地下の石切り場だったらしいのだが、朝早くて誰もいないので入ってみることにする。
これが思ったよりも遥かに奥が深く、広い空間で、最奥部では湧水がわいていた。
旧市街の地下にこのような空間があるのはとても興味深かった。まぁ、途中の空間はフリーメーソンの集会に使われていたらしいが。
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【正式名称はゼデキアの洞窟】

宿に戻ってゴロゴロしていたが、気が進まないながらも、イスラエルに行って死海に入らないのもなー、というそれだけの理由で死海に向かう。
とりあえずチャプっとつかって帰ってこられれば良いやと、最寄りのエレン・ゲティというところを目指す。
バスは満員で、立って行くことになった。家族連れも多いので、みんな死海に行くものだと勝手に思い込んでいたが、他に降りる人間も乗ってくる人間もいなかったので、あっさりと乗り過ごしてしまった。
まぁ、いいやと思って次のビーチがあるエン・ボケックに目的地を変更する。
(結果、マサダ城砦を通ることになったので、僥倖とばかりに見学する。)

結局、死海は15時過ぎに着いた。帰りの最終バスが19時頃と聞かされていたので急いだが、パブリック・ビーチには着替え場所とシャワーが整備されており、さらりと泳ぐことができた。
尤も、あまりにも塩分濃度が高いので、そんなに長く浸かっているものではない。ほんの5分泳いだだけで手の指がシワシワになる。
まぁ、おっさんが一人浮いたところで、楽しくも何ともないよな、と今更ながら思い至り、さっさとエルサレムへの帰路に就く。因みにこの死海だが、近年はエステその他で汲み上げが激しいこともあり、水位の低下が激しい。古い地図だと一つの湖のようになっているが、今や完全に2つに分かれてしまっている(水路で無理やりつないでいるように見えた)。海抜マイナス400mという、世界で一番低いところにある湖も、このままでは無くなりかねない。
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【いつもより多めに浮いております】

帰りのバスは、偶然にも運転手が同じ人物だったことを除き、行きとは打って変わって、私の他には4人しか乗客がいなかった。
死海からの帰りも、パレスチナ自治区を通る。
行きは気付かなかったが、ときおりバラックの集落を目にして、はっとする。殆どは小さい集落なのだが、一度、丘の斜面一面がそのようなバラックで埋め尽くされたのを見た。
疲れてウトウトしていたのでわが目を疑った程である。そのバラックの集落の傍では、放牧されているヤギと牧童を見た。ベトウィン族だろうか?
ベツレヘムで見たパレスチナとは比較にならない貧困の深淵を垣間見た気がしてドキリとする。こちらは物見遊山で死海で泳いだ帰りだと言うのに。

一旦、宿に戻ってから、晩飯を買いに行こうと広場の方へ行くと、広場の出入り口に柵が張られ、警官が見張っていた。
過激なユダヤ主義者がゲイ・パレードで障害を加えた事件は知っていたのですぐに状況は呑み込めたが、反イスラエル(反ユダヤ)の集会である。
旅行者としてはこの手の場所に近づかないのが鉄則であるので引き返し、ピタを買いに行くことにする。
ピタというのはパン生地みたいなもので、具をいろいろ選べるのである。生地が厚いタコスと言った方がしっくりくる。
これがえらく美味い上にハーフサイズだと11NISしかしないのだ。凄く素敵な食べ物を見つけたと喜んでいたが、後で見るとガイドブックにもバッチリ書いてあった。

スーパーで買ったコーラを飲みつつ、ピタを食べながら街を歩く。日曜の夜だが街は賑やかだ。
この数日を振り返っていると、イスラエルの旧市街や聖墳墓教会などを見て無邪気に感動していたが、徐々に熱が引いていくのを感じていた。
ベツレヘムは勿論、ナザレやエルサレムでも、パレスチナの旗を多く見た(日本はパレスチナを国家として承認していないが、所謂『国旗』に相当)。
一方で、ユダヤ正統派の真夏の日差しのなかでも黒ずくめのロングジャケット姿に異様な印象を持つのも否めなかった。
それは、例えばヨーロッパを旅していて列車の中で旅行者同士での会話が始められた時に、ポーランド人やセルビア人がいた場合に感じられる空気の『濁り』のようなものとは異質のものだと思った。
(おそらく私が気付かないだけで、日本人に対してもそういう『濁り』のようなものはあるのかもしれない。私が日本人である限り、『日本人がいない場合』というものに遭遇しないので解らないだけだ。)

・・・疎外されている人間が疎外されていることに気付かないことはない。
一方で、国を持たぬことはロヒンギャ族を見ても解るように言いようのない不幸なことである為、イスラエル人の言い分も理解はできる。とはいえ同時に、そのために住む場所を追われている人々がいるのも事実だ。
そう思うと、いろいろと旅行者を気遣ってくれるイスラエル警官でさえも、チベットでの中国武装警察のように思えてきてしまう。
・・・この問題は、当分解決をみない。日本人には真に理解することすら難しい深いものなのだろう、きっと。

すっかり憂鬱な気分になっていた私は、もういちどスーパーに戻り、ビールを買ってから帰ることにする。

■■■■
翌日は、イスラエル博物館で死海文書などを見てからエルサレムを後にし、テルアビブに戻って一泊した。
テルアビブではカルメル市場近くのパスタ屋でビールやコーヒーを飲んで半日をぼんやり過ごした。

因みに、イスラエル人にとって「イスラエルの首都」はエルサレムであるが、アメリカや日本はこれを認めていないので、我々にとっての「イスラエルの首都」はテルアビブのままである。こういった歪みが随所に見られるのが、この国の特徴だ。

今回の宿は共有スペースにコーヒーディスペンサーもあり気に入っていたが、飛行機が早いので5時半には立ち去る。
ずっと晴天続きだったが、最終日になって初めて曇りとなり、時折、雨滴が顔に当たる。

飛行場では自動チェックイン機で簡単に手続きを済ませられたので、そのままゲートに向かったが、どうやらチェックインカウンター横のセキュリティーエリアに気付かず、すっ飛ばしてしまったらしい。
パスポートにセキュリティー確認済の黄色いシールが貼っていないのを咎められる。いや、普通に進んできただけなんですけど。(だったらセルフ・チェックインの意味ないがな。。)

係員がすっ飛んで来て、「ちょっと来い」と言われ、私だけゲートの列から出され、カウンターの前に呼ばれる。
そこから猛烈な質問攻めである。入国より出国の時が何故に厳しいのかは謎ではあるが、これまでのイスラム諸国への入国理由などを中心に細かく聞かれる。荷物も、全て一つ一つ入念にチェックしている。
さすがに、洗濯物は袋から出さなかったが、袋を上から入念に触り、金属等が入っていないかを調べている。
私としては、「これは○日目に履いたパンツで、これは○日と○日に履いたパンツであります!」と熱弁を振ってやろうと身構えていたので少し残念な気持ちになる。

入国履歴については、下手にリサーチの話などするとこじれてしまうので、全て「一人で観光」で押し通し(嘘ではない)、検査に協力的であることをアピールする為、終始笑顔をキープ。
これが奏功したのか不明だが、人によっては数時間にも及ぶこともあるらしい検査を私は15分ほどでクリアし、黄色いシールを貼ってもらった。

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【恐怖:免税なのに日本より高い1カートン】

■■■■
以上が、今回のイスラエル旅行であった。もともと(一般的に持たれている印象よりは)安全な地域ではあるが、無事に帰ってこられて何よりである。

いつもながら、旅先では多くの人に助けてもらう。今回も例外ではない。
ほんの数名から親切を受けただけで、その国の国民の気質を語るのは危険だが、少なくとも私にとってイスラエル人はなべて親切であった。
(ちょっと列車の改札口でまごついているだけで、いろんな人が「こうするんだ!」と身振りで教えてくれたりする)

だから、私も日本で困っている外国人を見かけると、必ず声をかけるようにしている。
言葉が解らなくて、結局、何の役にも立たないこともあるが、それでも気持ちは伝わる(と思っている)。

私が旅先で得る最大の収穫とは、実はこの点なのかもしれない。

※参考:wikipedia「パレスチナ問題」




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プチ社長日記:『イスラエル漫遊記#2』の話

テルアビブはテルアビブ・ヤッフォと言われるように、ヤッフォという南の古い町からスピンアウトしたテルアビブという街が、
今やヤッフォを吸収して都市圏を形成しているそうだ。なので、南の方が建物は古い。
街ができてから100年が過ぎているので、再開発も行われている。
ショッピングモールなどでのセキュリティ・チェックが厳しいことを除けば、スペイン辺りのタンジールなどに雰囲気は似ているように思った。

空港から最寄りの駅まで鉄道を使い、そこからは歩いて宿まで行くことにした。途中でテルアビブ美術館に寄る。
重い荷物を預かってくれて、室温・湿度調整が完璧で、基本的にwifiが使えてコーヒーや酒を静かに飲める場所、、、ということで美術館は旅行者の味方だ(と勝手に思っている)。
ここは展示物も素晴らしい。現代美術展示が非常に充実している他、お国柄シャガールの作品が豊富なのが面白かった。建物自体は、少しヘルシンキ美術館に似てるかな、という感じだ。


美術館.JPG
【テルアビブ美術館】

宿に着き、一休みしてからヤッフォ方面へと散策する。
テルアビブは地中海に面している。因みにイスラエルはこのほかに死海、紅海に面している。海岸沿いは一大マリン・リゾート状態である。
さらに海岸線沿いに歩くと、右手に小さな岩が見られる。
ガイドブックによると「アンドロメダが縛られていた伝説のある岩」とある。
・・・いやはや、これはないだろう、ないわ、というのが感想である。
ご存知とは思うが、アンドロメダ伝説というのは、ギリシャ神話の一話である。

***
余りにも怖い形相故、見るものを石にさせる蛇女メデューサ。鏡の盾を使ってメデューサ自身を投影させ、それを倒したのが英雄ペルセウスである(自分の姿見て石になるメデューサもどうかと思うが)。
その英雄が神馬ペガサスで帰還する最中、嵐の海で岩に括り付けられたカワイコちゃん(アンドロメダ)を発見!
見ると彼女はくじら(化け物)に食われそうになっている。・・・なんでこんなことになったかというと、お姉ちゃんのカシオペアが、「妹のアンドロメダは女神より可愛いのよ」とか余計なことを言って神の不評を買ったからなのであるのだが(それで差し出されるのがなんでカシオペアでなくてアンドロメダやねん、とも思うが)。
・・・で、その危機一髪のアンドロメダに対して、「結婚してくれたら助けるけど、どうよ?」と相手の弱みに付け込む提案を呑ませ、袋に入れていたメデューサの首をくじらに投げつけ、哀れくじらは石化して海に沈む。。。そんで結婚、よかったね、という話である(化け物が化け物の首見て石化するのもどうかと思うが)。
***

私が天文部部長だったのは25年以上前の話なので、細かい所の記憶は微妙だが、まぁ、そんな話である。
因みにこの話、カシオペア、ペルセウス、くじら、アンドロメダ、ペガサスは星座になっている。ペルセウスは恒星アルゴルがメデューサの首にあたるので、厳密にはメデューサも星座になっている。

話が長くなったが、問題は「アンドロメダをくじらに差し出す為に、岩に縛り付けた」という部分であり、その岩とは怪物(くじら)の棲む洞窟の前だった筈である。
ところが、陸側には洞窟らしきものは何もない。すぐそばのビーチでは女の子がビーチバレーをしている。怪物が棲んでいる気配は全くない。
それどころか、くじらの棲家と思われる場所にはバースタンドがあり、私がそこでビールを煽っていると何故か店員がつまみを出してくれたり一杯余計に驕ってくれたりしたので、すっかり上機嫌である。
あれがアンドロメダの岩なんて、いくら何でもこじつけ過ぎだろ、と苦笑いだが、上機嫌なのでどうでも良くなった。
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【海辺のバー(奥に見えるのがアンドロメダの岩)】

■■■■
2日目は早起きしてエルサレムに移動する。鉄道好きとしては、バスに比べてあからさまに不便であっても鉄道を利用したいところ。
結局、期間を通じて3回鉄道を利用したのだが、イスラエルの窓口係の人は、毎回親切であった。プラットフォームや発車時間まで丁寧に教えてくれる。
そもそも人種が交じってる国なので、外国人に対して慣れているのかもしれない。
イスラエル人の殆どは複数語を操るという。ヘブライ語とアラブ語が王道だが、標識などは英語標記もある。4番手にロシア語、といったところか。英語は大概通じる。
ホームで列車を待っていると、北欧でお世話になった列車がやってきた。この「正面衝突ドンと来い!」みたいな、いや、むしろ「正面衝突したいんでしょ?ねぇ?」という独特の面構えの車両は一度みたら忘れない。
(この列車に限らず、イスラエルはノルウェーから多数の車両を輸入しているという。)

車窓は、なだらかな平地から山がちな景色を映したりと、なかなか見せるものであった。
ただ、エルサレムの駅が不便極まりないのである。そも3線しかない小さい駅のくせに、バスの停留所がわかりづらい。市中央に行くには駐車場を突っ切った坂の上の停留所なのである。そこには当然客待ちのタクシーが待っている。
一応、メーターの設置が義務付けられているが悪徳ドライバーが多いのは世の常である。断固としてバスを待とうと思っていたが、中国人男性1名とフランス人女性2名がタクシーの相乗りを提案してきたので乗ることにする。結果、64NIS(1NIS≒30円)だったので、一人当たり16NISとなった。初乗り1キロ=11NISと聞いていたので、トータルでは正直解らんが、一人分だと悪くない値段だ。
エルサレム終点.JPG
【エルサレム駅(左が乗ってきた列車)】

新市街から旧市街の方へ歩を進めてくいると、旧市街の城壁が見えてきた。立派な城壁で、この辺の土地の景観を象徴する、ピンクがかった白っぽい石(エルサレム石)でできている。あぁ、やっと来たかと心が躍る瞬間だ。
城壁を眺めつつ、ヤッフォ門から旧市街へと入る。
門から入るとすぐのところに、宿を見つける。

■■■■
午後から旧市街の見どころを見学する。
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【ダビデ塔からの旧市街の様子】

狙いは『ダビデ塔』『聖墳墓教会』『嘆きの壁』である。どれも超一級の観光スポットであるが、この中ではやはり『聖墳墓教会』が圧巻である。ヴァチカンには何度か行ったことがあるが、それはキリストの弟子ペテロが葬られている場所である。一方で、本家ともいえるキリストの墓参り(?)をしていないのは何となく順序が逆な気がしてちょっと引っかかっていたのである。その願いが叶うのだ。
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【聖墳墓教会入口】

キリストの眠る『聖墳墓教会』であるが、ここは磔刑の場所であり、死後の清めの場所でもあり、埋葬の場所でもある。埋葬と言っても彼は死後復活し、その40日後に昇天したと信じられているので、その通りならば亡骸はないはずなのだが。。。
それはともかく、キリスト教徒にとってはここほど見どころがある場所はない。何しろフランス南部トゥールーズに本拠を持つアルビジョワ十字軍や巡礼団なども訪れるほどの魅力である。当時の旅行は命がけなので、途中でバンバン倒れて死んでいく記述が残っている。それにも拘わらず、引き寄せるものが、ここにはある。
去年、私もトゥールーズを訪問し、その後バスと鉄道でイスタンブールまではやってきた。シリアとイラクでアラビア半島の入口が塞がった状態なので今は断念せざるを得ないが、平和になった暁には十字軍にならってイスタンブール〜エルサレム間の陸路を完結したいと願っている。無論、彼らのように徒歩ではないが。

それほどの場所ではあるが、教会自体は驚くほど普通サイズである。寧ろ小さい。ルネサンス芸術で煌びやかなヴァチカンとは比較にならない。ただ、地下が発展しているのが素晴らしい。テルアビブと違って内陸にあるせいだろう。空気が乾燥しているので、日差しは刺すような強さで厳しい暑さだが、日陰に入ると驚くほど涼しい。教会内部、それもキリストの墳墓の場所に入ると鳥肌がたったが、それは温度差だけではないだろう。キリスト教徒ですらない私ではあるが、周囲の人々の祈りの真摯さと歴史に心が打たれる。

幸い、時間がよかったのか、すんなりと棺のあるところまで入ることができた。先に入ったおばさんに目で促されるままに、私も跪く。かつての巡礼者のように艱難辛苦を乗り越えてここに跪いた人々の気持ちを思うと、申し訳ないようないたたまれない気持ちもするが、その場所に自分もいることの喜びが勝る。

■■■■
旧市街の良い場所に宿がとれた為、半日でエルサレム旧市街の多くを見て回れたことに気をよくして部屋で寛いでいると、酔っぱらった男が部屋を間違って入ってきた。なんと日本人である。イスラエルで最初に見た初めての日本人が彼であった。躊躇なくドアを開ける彼の鷹揚さと、鍵を締めない私のいい加減さの邂逅が織りなす奇跡の出会いではあったが、話をしたところ彼はこの宿のヘビーユーザーであるそうな。困ったことがあれば聞いてくれと爽やかに去って行った。
夜中にもう一度、『嘆きの壁』を見学してから眠りにつく。

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プチ社長日記:『イスラエル漫遊記#1』の話

アタテュルク空港(トルコ)にきている。
朝の4時だというのに24時間空港だけあって普通に免税店も営業している。結構、街の中心部に近いのに24時間空港とは至って羨ましい。
まぁ、時間が時間なのでよくよく見ると、ベンチや床の隅っこで寝ている人間がゴロゴロいるのだが。

成田は昨日の22時半のフライトだった。
成田には23時までに離陸しないといけない(23時を超えると朝まで待たないといけない)ルールがあるので、
ちょっと不安ではあったが、空港は夏休みだというのにガラガラで、寧ろ前倒しでの離陸となった。

良い時間のフライトだったので、特に映画を見ることもなく、目覚めるとすでに機はウラル山脈南部に差し掛かっていた。
座席の航路図ではちょうどドネツク上空を経て、クリミア半島上を通過することになっている。かつてマレーシア機が撃墜された場所である。
「どうすんのかな?」と思って眺めていたものの、やはり機は大きく南を迂回することになった。
競争に鎬を削る航空会社としては、燃料代が勝敗を左右する筈である。とはいえ安全には替えられない。
こんなとこにも紛争コストがかかっているかと思うとしょんぼりである。
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【さすがに迂回】

トルコでの乗り換えは2時間待ちである。朝の8時にイスラエルのテルアビブにつく。
イスタンブール発テルアビブ。。。昨今、ISとクルド人の双方に対して強硬姿勢を打ち出したトルコに対して、
彼らがテロによりダメージを与えるには格好の路線ではある。
いきおい、怪しそうな人間が周囲にいないか見渡すのだが、ジャージにパンジャービ(パジャマの語源になった、インドの貫頭衣)を着てる私が、
どう見ても一番アヤシイので安心だ。


■■■
イスラエルへの入国は、拍子抜けするほどあっさりしており、簡単に入国カードが渡された。
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【入国カード】

入国カードといっても名刺くらいの大きさの紙である。代わりにスタンプはパスポートに押されない。
イスラエルに行ったことのある方には、このスタンプ問題は常識ではあるが、今年になって少し制度が変わっている。

そも、イスラエルの存在を認めないアラブ諸国の一部では、パスポートにイスラエル入国の痕跡があると、
「おまえ何イスラエルとか行ってんだコラ」と入国を認めないという事実がある。

かつてはイスラエルでも普通にスタンプが押されていたのだが、これでは当該国に行く予定のある人間は困るので、
イスラエルでは入出国の際に「パスポートにスタンプ押さないで!」と頼むと別紙に押してくれるというWスタンダート的なルールを便宜で適用してくれていたのだ。
これが今年から一律入国カード制に変わったのである。

ただ、これでアラブ諸国の入出国に問題がないかといえば、そういうこともない。
たとえば、ペトラ遺跡を見るためにヨルダンに入国すると、当然ながらヨルダン側に「陸路入国」のスタンプがつく。
どの場所から入国されたかも記されてしまうので、バレるというのである。
私は陸路での国境越えの旅が大好きなのだが、今回はイスラエル一国にとどまることにしたのは、上記理由による。
実際にヨルダンやエジプト側の陸路入国スタンプで断られたという日本人の意見を聞いたことはないのだが、用心にこしたことはない(※)。
まぁそれでも厳密に言うと、日本の入出国のスタンプが日付入りで残るので、空白期間からイスラエル滞在が炙り出される可能性はあるが、
さすがにそこまではすまい、という詰めの甘さは残るのだが。

※検査官はプロなので、パスポートをざっと見るとどこに行ったかはすぐ読み解いてしまうようだ。
実際、イスラエルの出国時検査では、私のパスポートをざっと見ただけで、モロッコなどのイスラム諸国の入国を完全に押さえていた。


もっとも、イスラエルの入国履歴があると入国させてくれないアラブ諸国とは、イラク・シリア・イエメン・レバノン・スーダンである。
イラク・シリアなどは「そもそも当分は行けないっしょ」となるので、殆どの人は気にしなくて良いだろう。
ただ、スーダンに入国できないのは痛い。
私の「死ぬまでにやりたいことリスト」の中に確実に入る「アフリカ縦断」において、アフリカ大陸北東にあるスーダンは要の場所なのだ。
アフリカの西側を縦断するのは治安や疫病リスクが高い。一般的には東側ルートになるのだが、そうなるとスーダンはルートから外せない。

今回、イスラエルからヨルダンやエジプトに陸路で抜けたとしても、私のパスポートはあと5年で失効する。
そうなれば証拠は消えうせるし、無理にやるなら故意にパスポート紛失届を出して再発行でもよいだろう(非常に面倒だが)。
でも、「あと5年以内にアフリカをブチ抜いてやるぜ!」と自分を奮い立たせるために、今回はイスラエル一国のみの訪問とし、
その分、(次回来るときは短日程でも大丈夫なように)主要なところは押さえようという目論見だ。
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【外務省安全ページより:何だかんだ言って割と安全!?】



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プチ社長日記:『あちゃー』の話

国際線乗り過ごしてもうた。わっはっは。
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プチ社長日記:『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』の話


前々から高評価を耳にしていたので、先日、UA-Linksの廣岡社長と一緒に行ってきた。

ダイアログ・イン・ザ・ダークとは、「完全に光を遮断した空間の中へ、グループを組んで入り、暗闇のエキスパートであるアテンド(視覚障害者)のサポートのもと、中を探検し、様々なシーンを体験するソーシャル・エンターテイメント」というものである。

【ダイアログ・イン・ザ・ダークのサイト】
【同ビジネスワークショップ】
気になったのは、エンターテイメントと銘打つ割には、グーグル・トヨタなどの名だたる企業が研修・商品開発に利用している点だ。

商品開発に利用、というのは、視覚障害者を有する方へのマーケティングという意味で理解できるが、研修となるとちょっと想像がつきにくいので、これは体験せねば、と思っていたのである。

*****
研修、評価、或は採用といった対人間の領域(人事)においては、巷にはいろんな書籍があふれているが、感情的な議論ばかりが先行し、実は有効な手立てというのは少ない、というのが実情だと思っている。

以前、統計家の西内啓氏が「研修に関してはランダム化比較実験が実施しやすい領域であるが、あまり実施されていない」という旨の指摘をされていた。
単純に言うと、社員から2つのグループをランダムに抽出し、「○○トレーニング」というものを受講したグループと、同じ時間だけ別なこと(野球など)をしていたグループで、その後の評価指標(営業成績など)からそのトレーニングの有効性を判断するといった試みだ。

プログラミングといった技術的なものであるならば、前後でテストを実施しても良いだろう。そう言ったものはトレーニングの評価をしやすい。
だが、モチベーションや管理スキルといった領域においては、そのトレーニングが本当に(コストに見合うだけ)有効かどうかは評価が難しく、悩みどころである。
高い研修料を企業が負担するより、みんなで野球やってる方が、チームビルディング的には良くて営業成績が上昇するという結果がでてもおかしくない。

特にモチベーションや管理スキルといった項目は、評価指標が設定しにくいし、「モチベーションが高い人間が営業成績が高い」といった効果指標としての前提が正しいかどうかも確認する必要がある。無能なのに無駄にモチベーションが高くて、いろいろ引き受ける割には成果が惨憺たるものばかりであったりする社員をどう扱うか、またそのような社員ほど会社にしがみつく傾向が高くて整理しづらい、といったデメリットがある可能性なども確認する必要があるからだ。
またターゲットとする「モチベーションの高さ」も、ある程度確認・設定しておく必要もあるだろう。企業にとって必要な社員のモチベーションというものが、「全員、松岡修造レベル」なのか「とりあえず鬱病とかで会社休まないレベル」なのかでは有効なアプローチが異なる可能性もある。
以上のことを考えただけでも、有効な研修(人材育成)と評価というのを考えるのが難しいのは当然だ。

それ故に、多くの企業で英語能力を評価として重視するのは、「その英語をビジネスに活かそう」というより、単純に英語研修を粛々とこなし高スコアをとる人間の営業成績が良いということに有意の関係が認められるからに過ぎない。

採用ということに至っては、さらに有効な手立てがなく、結局、上記の理由から英語やSPIで採用するのが一番コストをかけずに手堅かったりするのである。
マッキンゼーだろうがボスコンであろうが、採用に厳しいと言われているところでも「必ず5%以上は不適格な人間が交ざる」(某人事担当者談)ということは個人の感覚レベルでも指摘されているところである。

*****

ダイアログ・イン・ザ・ダークの話に戻るが、「研修として有効か否か」の結論としては、残念ながら個人として受けた今回のプログラムに関する限り「よくわからない」(評価できない)と言ったものである。文字通りエンターテイメントという表現が正しいように思う。研修用プログラムではないのでここは当然なのだと思うが。

ただ、個人の気付きとしては以下のものがある。
※できれば参加して体験することをお勧めする。

^徹任離好肇譽垢六廚辰燭曚病腓くない
⇒自分だけが暗闇に取り残されると強烈なストレスに感じるのだろうが、グループ全員が同じ境遇にいると、(最初はともかく)あまりストレスに感じない。動き回るときは足下が気になるが、立ち止まったり座ったりするときは、寧ろ心地いいくらいである。
こういう小さなストレスを克服していくのを積み重ねるのが、ストレス耐性強化への早道だったりするので、この点は研修と言う意味では良いかもしれない。

他の感覚が鋭くなる(気がする)
⇒聴覚・触覚に頼るところ大であるので、当然意識はそちらに集中する。
真っ暗闇でお金をやりとりするシチュエーションがあるのだが、普段は意識しない紙幣の視覚障害者用の凸凹に集中する事になり、結果、何円札かが解るようになるのはちょっとした驚きだ。
また、飲食を伴うシチュエーションでは嗅覚・味覚も刺激される。この辺りはプログラムが上手く組まれていると感心する。飲食や家具などのデザインと言った職業では、こういう感覚を磨くことは大事かもしれない。ただし、結局は「見た目がイチバン大事だね」という検証結果となる可能性があるので、研修と言う意味ではこの効用をどう評価すべきなのかは、何ともいえない。

チームビルディングによい(かも)
⇒完全な暗闇の中をグループで行動するので、適時自分の状況を声に出して伝えなどする。結果、他人同士でも会話がなされる。また、後続のグループでは「電車ゴッコ」スタイルで進行していたのだが(全く見えないのだが、そういう会話は聞こえた)、これは触覚重視スタイルと言えようか。いずれにせよ、何らかの方法で自分の存在をアピールすることになるが、これが通常と違って(良い発言してやろう的な)ワザとらしくなく純粋に必要性に迫られる点が、寧ろハードルが低くて良いと感じた。
進行自体も、ガイド役のアテンド(視覚障害者)から出される、ちょっとした課題をクリアしていく形式となっているので、所謂ワークショップスタイル研修と同じ効果は期待できそうである。

上記の ↓だけでも何らかの有意性が認められているのならば、なるほど大企業が利用するのはむべなるかな、と言うのが感想だ。
体験としては面白かったので、一度参加されることをお勧めする。

尚、月並みな感想であるが、やはりアテンド(視覚障害者)の方々の暗闇での卓越した空間把握能力には驚かされる。
普通に会話しているだけなのに現在のグループの陣形などが解る。アテンド以外の協力スタッフ(同じく視覚障害者)も暗闇で普通にお茶とか淹れてくれるのだが、あまりにも手際が良いので、実は赤外線暗視装置でも付けてるのではと疑うほどである。いや、ホントに。





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プチ社長日記:『次の廃語辞典の最有力候補:ニッキィ』の話

日経の記事を読んでると、たまに目にするくだらない記事に限ってニッキィがどうとか書いてある。(下記)

■ニッキィとは 日経を日ごろからよく読んでいる女性の愛称です。日本経済新聞社は毎週、経済通、世の中通を目指す読者を本社に招いています。詳しくはhttp://www.nikkei4946.com/nikkey/をご覧ください。

正直、活動自体は悪くないと思うのだが、そんな愛称を他で聞いたことがない。
経済通、世の中通を目指す読者が「為替はどうして動くの?」とか質問するものだろうか?
リンク先を辿って動画を見ると、そういう質問をして「周囲にアピールしちゃおう」的なアナウンスが流れている。
いいからやめておけ。

いずれにせよ、もうちょっとマシなネーミングはなかったのだろうか?
まぁ、私もその手のセンスは無い方なのだが。

*****
清水義範氏の名作短編集『ことばの国』の『廃語辞典』は廃語を丁寧に解説したものである。中でも私の一番のお気に入りは『E電』である。『国電』に代わる名称として公募され、なぜか『ぱっとサイゼリア』の宣伝(ファミレスの宣伝ではない)の小林亜星氏などが選んだ用語だが、そもそも『イイ電車』に由来している(エクスペディアではEnjoyなどと書いているが、当時の報道で私も『イイ電車』と聞いた記憶があり、最低のセンスだな、と呟いたのを覚えている)というマヌケな由来から、見事なくらい定着しなかった。そりゃそうだ。定着しなくてホント良かったと胸をなでおろし、日本人の言葉のセンスの正しさに光明を見る思いである。

今、もし私が『廃語辞典』の改版を依頼される立場だとしたら、是非推したいのが『オーストリー』である。
かつてオーストリア駐日大使館商務部が「Austria」の日本語表音表記を「オーストリー」へと変更すると突如宣言。これについては私も過去のブログで書いた記憶がある。
当時から、その変更の理由が『だって、オーストラリアと間違われやすいから』という中学生レベルである点に香ばしさを感じていたが、各報道機関はこれを見事に黙殺。音速の廃語化を遂げている。(しかもオーストリア通商部のサイトのリンクが今はもう切れている。なかったことになっているようである。)
いや良かった。胸をなでおろし、日本人の(以下略)。

そして今、私が次の廃語候補として挙げるのがニッキィである。
これからも生暖かく見守りたいと思う。つーか、もう廃語でいいんじゃないか、これ。





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プチ社長日記:『大阪』の話

所用のために大阪に行くことになったのであるが、その際に長堀にあるUA Links廣岡社長のオフィスを訪ねた。
まったく予期していなかったのだが、ShareWisの辻川社長にもお会いできたのは重畳であった。
前者(社?)は『就活美人』イベント実施直後であり、ぼちぼちマスコミに取り上げられ始めて将来が楽しみな会社である。後者の方は、私の知見のない領域ではあるが、教育関連のベンチャーであり、東洋経済などにも取り上げられる勢いのある会社である。
このほかにも大阪にはロック・オン社など、上場して間のない会社も多く、IoT関連でも盛り上がっているようだ。

かくいう私も、今後は少し来阪の機会が増えそうである。
若くて元気な会社のそばに身を置きたいところではあるが、ちょっと事情が違う。

会社も年をとる。「会社の平均寿命は30年」とよくいわれる。
実際には8割方最初の数年で潰れるので、平均値ではないと思う。そもそもこの話は私が学生時代によく言われたことで、起業しやすくなった分、うまくいかないケースも最近は多くなって、ますます寿命としては短くなっているハズである。当時の解釈でも、詳細は失念したが、「立ち上げ期を乗り切った会社」が、一部の伝統芸で売る会社(和菓子屋など)でもない限り、30年が寿命、というハナシだったと思う。
まぁ、法人といっても、中身は個人の集合体なので、30年というのは人間(個人)の世代と一致して納得感のある数字ではある。

一方で、伝統系以外でも30年以上の社歴の会社は、勿論あまたある。とはいえ、ソニーがメカトロではなく金融の会社であるように、ニコンがカメラの会社というより半導体ステッパーの会社であるように、換骨奪胎とも言おうか、ひとつの花形業態でもっているのはやはりそのくらいのスパンではなかろうか。まぁ、mixiやgreeみたいに、あっという間にSNS屋がゲーム屋になってたりもするが。

今回、社歴30年超の会社の話を聞くのがメインの用事ではあったのだが、さすがに全体としての技術や環境も創業期とは異なっており、閉塞感はいなめず、まさに正念場という感じである。コンパクトに纏めていれば、お得意の撤退もできようが、社歴が長いといろいろとしがらみもあり、簡単にはいかない。
一方で可能性もだいぶある。市場としては拡大しようがないが、需要がある限り、私のできる範囲で協力できればよいなと思う。

いずれにせよ、今回は時間がないが、関西にもう少し頻度を上げて来るということは、なんやかんやと理由をつけて旧友たちとゆっくり酒が飲める機会も増えるということである。そういうのも含めて楽しみである。ずいぶんお預けしちゃってるからな!!


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プチ社長日記:『雌伏の時?』の話

去年9月下旬、つまり北欧から帰国するや否や始まった案件が終了しました。
フェーズ的には縮小局面にあったので、「ガンダムVSガンダム」での高コスト機が先落ちしないといけないルール同様、私は先落ちするのがセオリーなんですが、詰めまで見られなかったのが唯一の心残り。
因みに、この前、最新版の「ガンダムVSガンダム」をやったら愛機グフカスがコスト1500になっており、非常に複雑な心境になりました。

話がそれたが、案件終了にあたり、なんかスタバ(日比谷シャンテ店)の店員達が寄せ書きくれたりと、なぜか1日平均5杯ほど飲んでいたスタバの方々に暖かく見送られたのが嬉しかったですな。

因みに、タリーズの三田店でも同様の売上貢献をしていたのだが、これほどまでのレベルではなかったな。
これまで「コーヒーが美味いのはタリーズの方」と公言していたが、態度を改める瞬間だ。スタバ最高。

今回は「最後まで鉄火場」でもなかったので体力的には余裕なんですが、とりあえず、弊社経理、関連会社の決算報告、投資先の状況確認、株のポートフォリオ見直し、不動産あれこれ 等々を片付けるので数週間はやることがあるようなので、海外逃亡(+仕事)はもう暫くおあずけのようです。

ふがー。

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プチ社長日記:『統計学が最強の学問である』の話

先日、著者の西内さんのお話を聞く機会があったので、礼儀として事前に急いで読んだのだが、予想外の名著であったので。
因みに、本人自身も(私より8歳も)若いのに、非常に話がうまく、聡明な印象を受けた。

タイトルこそ大袈裟であり、そもそも学問は『最強』を競うものじゃないだろ、という思いはあるものの、統計学が政治・経済をはじめとしたほぼあらゆる領域にそって今や必須の教養であることは疑いない。データがあるのにそれを分析することなく、経験や勘、専門家(とされる)人の意見を聞くのは時間のムダと喝破する姿勢は非常に好感が持てる。
元フライト・アテンダントとかが書いている、個人の経験を基にした、ちょっと考えたら『因果関係逆だろ』と小学生でもわかるような『エリートのなり方』指南のような嘘本をよんでる時間があれば、是非、この本を読むべきだと激しく思う。(『○○が人類を滅ぼす』系も同じ。)

私の本業であるIT領域も、当然のことながら統計学の影響を強く受けており、『ビッグデータ』関連のトピックを目にしない日はないくらいだ。
当然、この領域にも本書は切り込んで来るのであるが、主旨は非常に明快である。
ビッグなデータをビッグなまま解析することを考えるより以前に、有用な統計学に基づくワザはいくつもあることを指摘し、(基本的な統計学の知識・手法を踏まえた上で)僅か0コンマ数パーセントの誤差を埋めることによるメリット(またはBIによる経営判断の修正)を受けることができないなら、「これからはExadataですよ」なんていうセールスは、まったくもってクライアントの為にならない、というものである。

この点は我々も真摯に向き合う必要がある。まぁ、私自身はビッグデータやってないけど。

また統計学をその発展の歴史にそって眺め、様々な考え方(視点)を簡潔にまとめあげる後半も非常に読ませる内容となっている。
・・・という訳で、私の中では良書なのでお勧めである。

特に『アルシェール』のようなバイアスに満ちた『集計』と糞のような『分析』しかできないマーケティング会社を立ち上げたりするNTTドコモの人間には激しくお勧めしておく。


れびゅー | permalink | comments(0) | -
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