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プチ社長日記:『さすがに・・・』の話

仕事が無くて困っているパキスタン人達から、「何でもいいから仕事くれ。掃除夫でもパシリでも何でもいい」という熱いメッセをいただくのだが、髭のオッサンにウチ来られてもむさくて堪らんので、「オマエ日本語話せないから無理」という冷酷なメールを連ポスする3連休。
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プチ社長日記:『』の話

ルーマニア〜ベラルーシ 建設予定地
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プチ社長日記:『ウズベキスタン漫遊記#5』の話

だらだら書いている内に5月であり、すでに別の旅程でメキシコにまで行ってきた。

・・・ウズベキスタンであるが、ブハラ駅到着後はタクシーの呼び込みを振り切り、バスで市街まで行く。確か15円相当だった記憶がある。宿は隊商が宿泊するイメージを模したもので、現地の食べ物を出してくれる。
小さな部屋だったが、小奇麗で使い勝手がよい。
街には新年だというのに静かなものである。彼らにとってはヒジュラ暦の正月やラマダン明けの方が重要なのだろう。寧ろ、ささやかながらXmasツリーのようなものを出しているのが不思議に思える。(何故か彼らは新年になってもクリスマスツリーを出している)。
観光は、メドレセあり、ミナレットあり、城砦ありので、十分楽しめる。

丁度、現金が少なくなってきたので両替をする必要が出てきた。公定レートは1ドル=2600スムである。闇両替は禁止されているが、ここウズベキスタンでは闇両替の方が有利である。恒常的なインフレが背景にあることは間違いない。
最初のタクシーの中で持ち掛けられたレートは、おそらく嘘ではなく本当なのだろう。だが、ちょっと事情がみえてくると、馬鹿らしいレートであることは間違いない。
1ドル=4000スム以上で両替が成立する。向こうから持ち掛けられるより、こちらから持ち掛けた方が良い(違法だけど)と思った私は、ガイドブックに載っていた鋏職人の店で両替を持ち掛けた。ある程度、信用できる人間の方が良いので、まっとうな商売人を選んだつもりだ。
1ドル=4500スムで成立。100ドル渡すが、当然それだけの現金がないので、小僧がバイクに乗ってひとっ走り出かけていった。その間、主人の出してくれたコーヒーで談笑する。
彼も同元に両替を持ち掛けるのだろう。もう少し大きなロットだと、さらに有利なレートで交渉できると思われる。ただ、札でポケットが膨れ上がるのは間違いない。
案の定、私の100ドルも札束で返ってきた。


観光客も殆どおらず、中央の広場では暇を持て余したおじいちゃんたちがドミノをしている。
ドミノと言っても、並べて倒す奴ではない。
こういう正月も、捨てがたい。




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プチ社長日記:『ウズベキスタン漫遊記#5』の話

幾分か前回から間が開いてしまった。
最初は詳細に書き綴るつもりであったが、全部書き終える前に、間もなくメキシコ訪問に突入してしまう。

・・・サマルカンドに後ろ髪をひかれつつ、次なる目的地であるブハラとヒヴァに向かう。
どちらも『北斗の拳』で雑魚が断末魔として叫びそうな名前であるが、シルクロードの中継点として、歴史上、非常に有名な街である。

ブハラへは、念願の列車での旅となった。
機関車はソ連時代のものを塗り替えて使用しているのだろうか。無骨なフォルムがかっこいい。ただし客車は中国製のコンパートメントである。このタイプは世界中、至るところで使用されており、使い勝手は良いのだが、客車のバリエーションが少なくなるのは旅行者としては寂しいものである。
コンパートメントでは、遅めの休暇を取得したウズベキスタン人と一緒になった。
何故か彼はスターウォーズの新作海賊版を所持しており、一緒にiPadでみることになった。
ところが海賊版の為、画質が悪い上に、ロシア語吹き替えである。
解るかボケ。

でもそこは日本人なので、何となく見つつ、彼の故郷の話など聞いて過ごす。

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プチ社長日記:『ウズベキスタン漫遊記#4』の話

サマルカンドはまず天文台を訪問した後、タクシーを捕まえて街の中心部へ向かう。観光客慣れしたタクシーを拾うとボラれる確率が高いので、通行人に相場を聞いていたところ、その通行人が親切にも交渉もしてくれて安心して乗ることができた。が、この運転手があまりにもマイペースで、どうやら買出しに出た子供を迎えに行く途中だったらしく、途中から大量の食糧を抱え込んだ2人の子供が乗ってきて、そのまま仲良く運転手の家まで行ってしまう。
私としても早く目的地に着きたいので、何故か荷卸しを手伝うのである。何をやっているのだ私は。

日本の感覚からすればタダ同然のタクシー代には他にも理由がある。通常、外国人を乗せるときは貸切に勝手になる(その分、勝手に割高になる)と思ってよいが、地元の人間にとってタクシーは相乗り前提のようなのだ。
私が乗っていても気にせず道端で止まり、行く方向か同じだと乗せてしまう。ご多分に漏れず若い女性が乗ってきた。パキスタンだとまず男女の同乗はないが、ウズベキスタンはその辺はおおらかなのだろう。挨拶をすると返してくれるし、レギスタン広場で私が降りる時もにこやかに送り出してくれた。

そして、いよいよ念願かなってレギスタン広場である。
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しかし年末だからか、人がまばらである。
警備の兵士も暇そうだ。だが私一人興奮度MAXである。
1時間ほどメドレセを見つつ広場をうろうろしている内、話しかけてきた兵士に、ミナレットには登れないのかと聞くと、普通は登れないが、、と歯切れが悪い。
こういうのは心得ているので、いくらだと聞くと50ドルだと言う。ふざけんなと言い、こっちも暇なので粘り強く話をして10ドルで手打ちである。
実は、ここの上に登れることは確信に近かった。パネル写真などで屋根からと思われるアングルの写真を見ていたからだ。無論、本来は開放していないので、屋根の上には照明のケーブルやらなんやらで雑然としている。宗教施設の屋根に上るのは、ミラノで大聖堂の屋根に上って以来かもしれん。

屋根に上ると遠くにかつてイスラム世界で最大を誇ったビビハニム・モスクが見える。
あぁ、俺はこれが見たかったのだと、旅の疲れが吹き飛ぶ一瞬だ。


サマルカンドは「青の都」と呼ばれる。青色のモスクと抜けるような青さの空の色に由来しているそうだ。
正直、空の青さはピンとこなかったが、朝の散歩において夜明けを待つときに納得させられた。

・・・特別に早起きをした訳ではない。前にも書いたが冬のウズベキスタンの朝は暗い。私はここでも運がよく、ティムール廟の近くの安宿に転がり込んでいたのだが、朝食までに時間があったので散歩にでかけることにした。大晦日の早朝だからだろうか、レギスタン広場には人影もない。
イスタンブールなどもそうだが、モスクは夜通しライトアップされることが多い。イスラームの国々の街ではそのモスクが映え、夜景はなべて美しい。
しかし、レギスタン広場のそれは格別だった。
ようよう明けゆく空の碧とモスクドームの青とが溶け合って息をのむような美しさであった。
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サマルカンドではしばらく滞在した。イスラーム建築だけでなく、町全体に活気があり、なるほど古来通商で栄えた街だけのことはあると納得した。

サマルカンドから次へは、ブハラを目指すことにした。タシケントで列車に乗り損ねたので、今度こそはと鉄道で移動することにする。少し前までロシア領だったので、駅の建築もまんまロシア風である。
平たくいうと、無骨で無駄にデカく、寒々しい。だが、それがいい。






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プチ社長日記:『ウズベキスタン漫遊記#3』の話

まだ未明に目が覚める。未明と言っても冬のウズベキスタンは7時過ぎまで真っ暗だ。
昨日の寝しなに、まずは当初の目的通りサマルカンドに行くことに決定した。東のキルギスや北のカザフスタンを目指すことも考えたが、キルギスへの片道陸路・片道空路での往復では良いチケットがとれず、かと言ってカザフスタンは首都まで遠く、片道の陸路もおぼつかない。

なので、今回はウズベキスタンをじっくり見ることにした。
サマルカンドへは8時に特急が出ており、それなら昼には到着する予定だ。宿を探す必要から、早めに到着したかったので丁度良い。
ウズベキスタンを旅する時にネックになるのが、『レギストラーツィア』である。要は『登録』なのだが、宿泊先で一筆を書いてもらう必要がある。おそらく夜行だと車掌にでも書いてもらうのだろう。この書類が揃っていないと出国の際にトラブルになるという。おまけに税関申請も厳しく、持ち込み/持ち出しの外貨はキッチリ揃えないとこれまたトラブルになるらしい。まぁ後者はキッチリ数えれば良いだけだが、前者は私の様な個人旅行者には足かせになる。

何しろ年末年始である。イスラム圏なのでヒジュラ暦上の正月を重視するのかも知れないが、休暇で宿がとれないケースも考えられる。普通なら駅やそこらで野宿すればすむ話だが、それが無理となると心理的に重しがかかるのである。
エクスペディアで探してみると、サマルカンド以外では宿がとれない。
ただ、パキスタン同様、宿が予約でいっぱいと言うより、単純にエクスペディアに登録している宿が少ないだけの可能性もある。
迷ってても仕方ない。とにかく気持ち余裕を持たせて移動することとし、駅へ向かう。

タシケント駅につき、いざ構内に入ろうとすると、セキュリティチェックがある。単純なセキュリティチェックだと思っていたが、切符もチェックを受けている。
いやな予感がしたが、持っていないのでその旨告げたが、案の定、制止され「切符を買って来い」と言われる。
で、切符の売り場に行くと華麗にクローズである。
8時から営業らしいが、列車は7時台である。どうやら前日に切符をおさえておく必要があったらしい。
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【閉まっとるがな。。。】
旅の予定が狂うのは当たり前だ。嘆いていも仕方ないので地下鉄でバスターミナルのある駅に向かう。

ウズベキスタンの地下鉄は、まんまロシア地下鉄である。それも17年くらい前に旅行した時の「古き良き」ロシア地下鉄そのまんまで感動する。
なべて海外の地下鉄は薄暗いが、天井の高さもあって極めて暗い。しかし、よくよく見ると宮殿のような装飾もあって美しいのが特徴。そして入線してくる列車は古く、鋼鉄製の車両だ。車両が重いせいか、轟音で入線してくるのは迫力がある。
ロシア同様、ウズベキスタンも地下鉄の写真撮影はご法度なのだが、こっそり撮影したりなどする。
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さて、駅に到着後、地上にあがりバスターミナルを探す。どうやら駅のロータリーが乗り場のようだ。
所謂バスの車両はなく、スズキなどのバンが数台と、自動車が数台だ。
外国人の私にいっぱい群がってくるが、何しろ相場がわからない。一応、駅員に相場を聞いたのだが、彼も知らないという。ただ、傍にいたおっさんが、一人乗りだと外国人は60ドルくらいだという。
「外国人は」という表現は気になったが、まぁ多少上乗せされるのは仕方ない。インドなどでは美術館の入館料で3倍近い値段を外国人には請求されるケースもある。
相乗りは望むところなので、群がるオッサンたちに値段を聞く(黙ってるとすぐに車に連れて行こうとするのはどの国も同じだ)。無論、答えない。「幾らならいいんだ?」お約束の会話である。
「10ドルだ」というとみんな爆笑である。どうやら安すぎたらしい。誰一人のってこない。でもここで慌てて30ドルという必要もない。いろいろ聞いて回った結果、18ドルで手打ちとなった。
車には若い男と、老婆と老人が既に乗っていた。幸い、若い男は英語が話せたので道すがらいろいろ教えてくれる。最初、ガイド料を請求するのではと警戒していたが、どうやら学生らしい。鞄には贋物っぽい化粧品が大量に入っていたので、土産と言うよりは商売もしているのかもしれないが、どうやら私から金をとる気配はないらしい。逆に4時間も密室にいるとなんだかんだと仲良くなるもので、リンゴを奢ってくれたりした。(タシケント〜サマルカンド間はリンゴの産地らしい。ぼそっと「リンゴって(ロシア語で)ヤーブラカだよね」と言うと喜んで車を止めて買い与えてくれたのである。おそらく相手は20代で、こっちは40代なのだが、多分、相手は私を年下と見てるのかもしれない。日本人が若く見えるのは、パキスタンや中央アジアでは際立っているようだ。いや、これはホントであって、日本人の『彼は老けて見える』とかいうレベルをはるかに超越して連中は老けて見えるのである。)

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【タシケント⇔サマルカンド道路。ひたすら荒涼とした風景だが、よく整備されている。】

そして15時前にはサマルカンドに到着した。残ったメンバはまだ先があるようで、市の中心の少し北、天文台の辺りで降ろしてくれた。さっきまでガイドと警戒していたくせに、何となくその男の分の足しにとお釣りをあげて車を降りる。

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プチ社長日記:『ウズベキスタン漫遊記#2』の話

タシケント空港には夜遅くに到着した。初日の宿は羽田からエクスペディアで予約したホテルだ。簡単にエクスペディアで予約できる辺り、パキスタンと違って訪問が楽なのが窺える。

夜の空港から市街へは、タクシーしか足がない。例によって運転手が大量に群がってくる。空港から市街地までの相場は5ドル程度と聞いていたのだが、話がなかなか纏まらず、深夜ということもありやむなく8ドルで手打ちをする。
因みに、ウズベキスタンに正規のタクシーはないと思ってよい。行燈はついていて、それっぽい電話番号が車体に書いてある場合でも、メーターのない白タクだ。料金表も、無論ない。(だいたいイスラム圏は商店でも正札がないケースが殆どだ。)
ただし、買い手と売り手がいるので市場となり、結果相場が形成される。その相場を知ることが旅行者には難しいが、勉強料として多少ボラれたりしつつ、相場を知ることが楽しみでもあったりする。寧ろ、無理にでも楽しまないと何処にも行けない。

タシケントは、200万人余りがが住む大都市だ。世田谷区と渋谷区で110万よりちょっと大きいくらいかな。地震で一度壊滅的な打撃を受け、その後、ソ連・ロシア時代にロシア風街づくりが行われた。ロシア風と言うと、「大したことのない通りでも片側3車線は当たり前の、だだっ広く空間を使ったマッチョな街づくり」といったイメージがあるが、まさにそれである。
運転手の助手席には、まさに助手といった風貌の男が座っている。
車が走り出すやいなや、『ビジネスの話をしないか』といってダッシュボードを開けると、そこには札束がギッチリ詰まっている。何のことはない、両替話である。

・・・イランで100ドル両替しようものなら、札束が返ってくる。それと同じで、ウズベキスタンでも100ドル両替したら札束でポケットが溢れる。経済制裁でクレジットカードが使えず、国際バンクカードも使えない(つまり、ドル紙幣で持ち込むしかない)イラン(当時)に比べると、両方通用するウズベキスタンでは慌てる必要がない。もっとも、ここ一番で通用するのはやはり世界最強通貨のドルだが。とはいえ、地方の飯屋はウズベキスタン・スムなので両替は必須だ。
相場もわからん内に多額を両替するのはアホである。ましてや旧札・新札の混ざっている経済圏だと、額面は同じでも旧札は割高に請求される(価値が低い)などと不当な扱いを受けるケースもある。
適当にうっちゃっておいたが、どうやらこの助手の方が運転手の親分格らしい、『静かにしろ、疲れてるんだ』とピシャリと言ってもひるまない。商売人は嫌いではないので話くらいは聞いてやる。
そうこうする内に宿についた。『何ドルだっけ?』とすっとぼけると先方は10ドルを要求してきた。
(内心笑いをこらえつつ)激昂したフリをすると、『8ドルだった』と訂正してきた。そこで『お前はルールを破った。イスラムで重要な、ビジネスのルールをだ。2ドル分をズルをしたので、私もそうさせてもらう』と言って6ドルを投げつける。これは私がよくやる手だ。相手の様子を見つつなので、お勧めはしないが。
ただ、これで先方が追っかけてくるようなら、相場と乖離している証拠だ。今回のようにそうしなかったり、小声で礼を言われたりする場合は、相場付近だと思っている。
チェック・インを済ませて、ホテルで少額を両替しようと40ドルを渡すと、両画商の女性に『十分、多いですよ』と言われる。別に物価がべらぼうに安い訳ではない。正直に、『この国に来たばかりで、理由がわからない』と告げると、
レートがオフィシャル・レートだからだと言う。因みに1ドル=約2800スムであり、絶賛スム安傾向が続いている。
一方で、この国で闇両替は違法である。ところが、どうやら事実上、野放しのようである。因みにさっきのタクシーの助手席の男は3000スムを提案してきて、旧札だと決めてかかったが、結果からするとそうでもなかったみたいだ。

せっかくの女性の忠告を聞き入れ、少額だけ両替する。もう遅い上に、外は寒く(内陸なので寒暖の差が激しく、昼夜それぞれ日本の±5度といったところ)人影がないところを見ると、おとなしく寝るのが得策のようだ。部屋に入って今後のプランを考えて寝るとする。


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プチ社長日記:『ウズベキスタン漫遊記#1』

昨年12月29日から1月4日まで、年末年始の休みを目いっぱい使用してウズベキスタンに。
この時期は「年末年始の予定は?」というお約束の会話がなされる季節なので、以下のような会話を数回くりかえす羽目に。

「年末年始の予定は?」
「・・・とりあえずウズベキスタンに行こうかと」
「なんで?」
「飛行機で」
「そういうの、いいからっ!」
「・・・んー。今回はいつもと違って、期間が短いからね。ルートをそれて、純粋に覗いてみたいところに行こうかと。昨今、中央アジアはビザのトルクメニスタン以外は緩和がなされつつあって、アクセスが飛躍的に容易になったこともあるし、ほら、安倍首相も今年に中央アジア歴訪したとおり、日本にとっても市場的に重要な地位になりつつあるんだ。加えて天然ガスなどの天然資源も豊富だし、再南下を目論むロシア、一帯一路的にアメリカとの直接対決を避けて西に食指を伸ばす中国との思惑が交錯してて、政治的にも今後熱くなる。それに俺は歴史好きなので、シルクロードの要衝サマルカンド観ずして死ねない。サマルカンドはね、別名『青の都市』と言われてて、俺の一番好きな色である、、」

「・・・もういい。わかった」
「人の話は最後まで聞けって、昔、習わなかったか?」

・・・最後はぶった切られたが、だいたい上記の理由で今回はウズベキスタンをチョイス。
今回は休みの期間が短かいので、1日も無駄にできない。ビザを事前に準備すべく調べてみると、大使館は泉岳寺付近になる。この前のパキスタン大使館の割と近くだ。

【ビザ取得】
仕事を中抜けして、品川駅から歩いて大使館へ。途中、泉岳寺わきのほっそい歩道を歩いていく。
大使館は、バングラデシュ大使館のような感じで、普通にインターホンを押して家に入っていく感じ。

PCからダウンロードした用紙とパスポートを提出する。
誠実そうな係の男性が対応してくれる。
書類の提出を終え、引き換え券を待っていたのだが、「そんなものはない」と言われて少々驚く。
引取りの際は別の身分証明書が必要かとも聞いたが、それも不要で、ビザ代の振込通知のレシートだけ持って来れば良いとのこと。

申請者が少ないのだろうか?
当惑した私を一瞥し、お前の顔みたら本人かどうかなんて解るだろ、なんでそんな事を聞くんだという係の方の反応が新鮮で、俄然ウズベキスタン行が楽しみになる。

帰りに泉岳寺にお参りする。実は初めて泉岳寺。そんでもって泉岳寺と言えば赤穂浪士。
如何に主君の敵とはいえ、47人の集団私刑なんて近代国家なら絶対に認められない暴挙だが、日本人はこの手の話が好きだよね。
私も日本人なので右にならえである。ただし、浅野氏の墓もいれると計48のお墓である。
1基につき30秒でも24分かかる。最初は丁寧にお参りしてたが、さすがに48はしんどい。講談に出てくるようなような有名人ならともかく、無名のその他(それも享年がめちゃくちゃ若い)の墓には「童貞で死んで、さぞ無念でしょうな。お察しいたします」くらいしか出てこない。
仕事抜け出して何やってるんだ俺は。

そんな感じでビザさえとれば、準備はほぼ完了である。

【出発】
28日は仕事納めである。先輩方といつものように遅くまで飲んだくれる。20時くらいから飲んでたかな?気付けば27時である。
いつもなら先輩方に最後までお付き合いさせていただくのが喜びであるが、朝早い便なので残念ながらお暇する。

タクシーで帰ってきてから、おもむろに荷造り。と言っても、いつものリュックにいつもの装備。下着類は捨ててくる覚悟で古いのを突っ込み、『地球の歩き方』を機内で読めるよう最後に詰めれば完了である。パキスタンと違って最新刊があることから、それなりに訪問者もいるのだろう。(パキスタン編は8年ほど更新が中断されている)

故意に事前情報を持たないようにしているが、周辺国のビザ状況と治安だけは確認するのも自分のお約束。見るとキルギス(旧キルギスタン)とカザフスタンはビザが不要である。現地で雰囲気みながら、機会があれば訪問を狙うこととする。

そのまま寝ずに羽田まで向かう。韓国ではGMPからINCに空港の変更があるので、酔いの抜けきらない顔で入国・出国手続きをすることになったが、便数が少ないので仕方がない。そもそも、いつもどおりの最安値クラスのチケットなので贅沢は言えない。

近代的な仁川空港の搭乗エリアにおいて、黒の革ジャン姿のムサい男の比率が高い地味目な一角がウズベキスタン行き便のゲートである。あぁ落ち着く。ひと眠りしたら夜のタシケントである。

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プチ社長日記:『ラーメン蔦のジレンマ』の話

ミシュラン星付きラーメンで有名な蔦が姉妹店閉店。本店の巣鴨も閉店を考えているそうな。

http://ameblo.jp/yuki-onishi/entry-12106236341.html

確かに小さい店なので、並んでる奴がマンションの入り口塞ぐし、最近は良くなったものの、ちょっと前は並んだ奴が飲んだ缶ビールの空き缶をそのままにしたりとマナーの悪い客も多く、近隣住民の気持ちもわかる。
(巣鴨本店は私の近所)

ただ、いつも思うのだが
1杯4,000円くらいにすれば即、問題解決なんじゃないの?

並んでいる人間が1,000人いようが2人だろうが、客足が途切れない限りは店側にとって機会損失はゼロ。一方で収益は跳ね上がる。
ロンドンやNYだと不味くて1,500円とかザラにある。4,000円したっていいじゃないの。
『ラーメンは安くあるべし』とか思っているかもしれん(確かに、店長のブログを読む限りは、気骨のある方のようだが。。)、『安い』のは消費者にとっては嬉しいが、『2時間待たされる』のが嬉しいと思うか?

本当に良い商品ならば、5,000円でも食べたい人間はいるだろう。
無論、必ずしもそうとは言えないが、ラーメンに5,000円出す人間は舌が肥えている確率が高いと思われ、そういう人間に評価されて初めて本物ではなかろうか?
またそういう人間は近所にゴミをそのままになどしない(そもそも行列がなくなれば、そこでゴミを捨てない)と思われる。

『ラーメンは安くあるべし』と本気で思っているなら、まずは単価を上げて得た収益で弟子を育て店舗を拡張し、供給力を高めてから徐々に安くしていけばいい。

店長が良き職人であるのは疑いない。
だが、良き経営者とは思わない。
良き経営者であるならば、需給バランスを考え、真に最適な価格を設定すべきだ。

ただ、それだけのことだよ。


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プチ社長日記:『3連休』の話

仕事に、仕事、そして仕事と、仕事で充実した3連休であった。
それを3連休と呼んでいいかは別として。
まだ作ってない契約書あるけど、まぁいいや、寝ちまおう。
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